その23 新居は魔界の玉座でしたが、いま命のやり取りしてるのは別の世界の勇者です
「さあ、けんたろう。お前との新婚生活が始まるわけだが……」
「えっ、新婚……?」
魔王《ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世》が、たおやかに微笑んだ。地鳴りを伴うその微笑は、もはや災害指定でもされそうな破壊力である。
けんたろうの背筋が凍る。
「……新居はこちらだ」
そう言って、彼女が示したのは、魔界のど真ん中、灼熱の地獄と深淵の海が交わる場所にそびえる《王宮ディストピア・カンタレッラ》であった。
黒曜石と人骨で組まれたバロック建築。
空には常に雷鳴、地にはマグマの泡。
カーテンは魂の叫びで織られたという伝説付き。
「……ここで、暮らすの?」
「そう。安心しろ。お前は何もせずとも良いのだ。掃除、洗濯、食事、風呂の湯加減に至るまで――」
魔王がぱちんと指を鳴らすと、空間に裂け目が生まれ、そこから出てきたのは……。
ドドォン!!!
「……グ、グレーターデーモン……じゃないですかぁぁぁぁ!!?」
4メートルはあろうかという大悪魔。両腕には岩のような筋肉、目からは絶えず緑の炎、そして口元には、なぜか可愛いエプロン。
「オカエリナサイ、ケンタロウサマ」
声が、地響きみたいで怖い!!
「こわいいいいいいい!!!」
けんたろうは全力で部屋の隅へ逃げ込んだ。けど逃げ場はない。だってここ、地獄の中心だもん。
魔王は、そんなけんたろうを見て「ふふ……可愛い♥」と微笑む。
(魔王様……あなたの可愛いの定義、おかしいです……)
~~~川~~~
一方その頃、人間界・ソソザの村の広場では、凄絶なる戦いが最終局面を迎えていた。
「これで終わりだあああぁぁ!!」
勇者リリィの剣が閃き、魔王軍総司令官・ハドうーの胸を真っ二つに裂いた。
「グッ……」
ハドうーの身体が弾けるように倒れ、黒い血が地面に滴った。
「やった!」
「やりましたわ、勇者様!」
「さすが……!」
仲間たちは歓声を上げ、村人も拍手喝采。
リリィは剣を納め、深く息を吐いた。
だが、そのとき――
ハドうーの右拳が唸る。爪が、漆黒の刃となって伸び、リリィの腹を――貫いた。
「なっ!?」
リリィの目が見開かれる。
「……ふふふ……甘いな……」
地響きのような声が地面の底から響く。
倒れたはずのハドうーの身体が、ゆっくりと起き上がる。
胸には深い傷。だがその隣、異様に鼓動を刻むもうひとつの心臓が、脈打っていた。
「俺は魔族……心臓は2つある……!
1個潰された程度で……死ぬかぁあああああああ!!!」
(中間管理職で酷使してるがな!)
「ぐ……ぁ……!!」
リリィが、がくりと膝をついた。
「勇者様ッ!!!」
「リリィィィィィィィ!!」
仲間たちの叫び。
地面に崩れ落ちるリリィの身体から、赤がにじんだ。
──どうなる勇者!?
──生死の境をさまようリリィの運命は!?
──ハドうー、ここからまさかの大逆転なるか!?
──けんたろうは、魔界で安らぎの新生活を送れるのか!?(無理です)




