その22 魔剣アルケラトス
「……け、けけけけ、ケーキ入刀?」
けんたろうは、喉をゴクリと鳴らした。額には冷や汗。手には、今にも震え出しそうなコップ。中身はコーラ。いつものやつだ。
「そうだ。結婚式では、ケーキ入刀という儀式を行うのだろう?」
魔王《ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世》は、玉座に腰掛けたまま美しくも恐ろしく微笑んだ。
「それでな……その儀式、この魔剣アルケラトスで行おうと思っている」
雷鳴のような魔力がドゴォンと走り、空間がビリビリ揺れる。
出された魔剣は、光と闇を同時にまとう禁忌の一振り。見るからにケーキ向きではない。切ったらケーキどころか、テーブルごと次元の狭間に消えそうだ。
「……ふ、普通の包丁とかじゃ、ダメですかね?」
けんたろうの声は震えていた。
魔王は真顔で答えた。
「何を言う、愛の誓いを封じるには、次元断絶レベルの魔力が必要だろう?」
「いや、必要じゃないし怖いし!!」
───
一方その頃、人間世界では――
「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
勇者リリィが雄叫びを上げ、ハドうーの放つ地獄の呪文に真正面から斬りかかっていた。
「ベヂラゴソ!!!」
魔王軍最上級呪文。それは天地を揺るがす黒き炎。
空が割れ、地が悲鳴を上げる。
しかしリリィは止まらない。剣に炎をまとわせ、さらに突っ込む。
「くっ……っ!」
ハドうーは苦悶の表情。思った以上にこの勇者、ゲスだけど、めちゃくちゃ強い!
──そして、その戦いの様子は、魔界の水晶通信にて、幹部たちが視聴中。
「ハドうー様……やればできるじゃないか」
ザイオスは腕を組んでうなずいた。
「おおお……私、感動してます!ハドうー殿、かっこいいです!!」
クロコダイノレは、目元をハンカチで押さえていた。
「……まぁ、あの程度の勇者、私でも……」
バルドは口を尖らせたが、視線は食い入るように水晶を見ていた。
「ハドうー様、案外やるじゃない」
ネフェリウスはニヤリと笑い、未来の派閥移動に思いを馳せた。
「ヒャッハー!もっとやれぇぇぇぇ!!」
ファイアイスだけは意味が分からない方向で盛り上がっていた。
───
ハドうーと勇者、壮絶な激突。
そして、水晶越しに熱くなる魔王軍会議室。
そしてそして、魔剣でケーキを切らされそうになる、ひとりの日本の高校生。
誰が一番、苦労しているのだろうか。
たぶん、けんたろうだ。




