その2 人間世界を征服せよ
■ 魔界の祝福…でも怖い
異世界――魔界王宮の広間には、黒曜石の柱が無数にそびえ立ち、ところどころに地獄の炎がぼうぼうと燃えている。
そんな異様な光景の中、けんたろうは玉座の間から少し離れた長テーブルに座らされていた。
周りには、
角がぐにゃっと曲がった悪魔、尻尾がふさふさの妖精、そして何かすごくデカいモンスターたちが、こぞって彼に祝福を叫ぶ。
「けんたろう様!我らが魔王の婿となりたまえ!幸あれ!幸あれぇぇえ!」
「おおおおお!永遠なる愛を誓うのだぞーっ!」
けんたろうはビクビクしている。
いや、なんかもう、その大きなモンスターの口の中に入りそうなくらい近いのよ。
「は、はい…ありがとうございます……」
手に持ったコーラはいつのまにか空っぽだ。恐怖で飲む暇もなかった。
「いや、でも、みんな優しいんだな…」
彼は思う。怖いけど、大事にされている気がする。
これが魔界での“家族感”というやつか。
■ 幹部たちの会議
そんな彼の横で、三人の魔王軍幹部がひそひそ話をしている。
一人目は、勇者の父に剣を教わった、長年人間を恨む男。
「こいつ、あの世界の人間か…使えんかもしれん」
二人目は、暗黒竜を倒した伝説の竜の剣士で、行方不明の息子を探している。
「人間など、弱くて頭が固い奴ら。期待するだけ無駄だ」
三人目は、大魔導士。策謀の天才だが、悪知恵しか働かない。
「…婿といえど所詮は人間、所詮は小物よ。どうせたいした策は出ない」
彼らはこそこそ、けんたろうの陰口を言い合う。
「ホントに大丈夫かな…」
「まぁ、気休めだろう」
けんたろう、背中が凍る。ばればれじゃん。
■ 征服計画を聞かされる
そんな時、チーフ幹部の魔王軍参謀が現れ、声を張る。
「さて、魔王の婿よ。我らが次なる使命は――人間世界の征服だ」
「は、はあ…」けんたろう、震える。
「そこでだ、何か策はあるか?」
そう聞かれ、けんたろうは咄嗟に答えた。
「人間の水源を抑えれば、いけると思います」
「毒とか流しちゃえば、あっという間に全滅ですよ」
周囲の幹部たち、悪魔たちの表情が凍る。
「こ、こわっ!」
「やりすぎだろ!」
「それは倫理的にアウトじゃね?!」
チーフ幹部がツッコミを入れる。
「そこまでやったらアウトだろ!ゲッツー、いや、ゲッスリーだよ!」
(※野球のアウトカウントの言い方と引っかけている。コミカルね)
けんたろう、ちょっと謝り気味に、
「すいません…ちょっと行き過ぎました…」
幹部たちは半ば呆れながらも、心の底では「さすが魔王の婿…恐るべし」と思うのだった。
■ 人間世界、勇者の娘
そのころ、アソアハソ王国の城下町。
16歳の誕生日を迎えた少女は、
金の髪を揺らし、まるで朝日に溶け込むかのような碧い瞳で目を覚ました。
彼女の名前は――
リリア・セレナ・フェルミナ。
みんなは「リリィ」と呼ぶ。
勇者の娘であり、神の加護を授かりし伝説の存在。
彼女は今日、アソアハソ王のもとへ謁見に向かう。
その足取りは軽やかで、けんたろうの存在など、まだ誰も知らない。