その16 地獄の甘い罠(推進者:人間)
■ 恐怖と愛のスキンシップ
魔王の居室。
深紅のベルベットカーテンが揺れる中、けんたろうは玉座の横で正座していた。正座である。背筋はピンと張り、手にはいつものコーラ。唯一の心の支え。
「けんたろう……手を、出しなさい」
「は、はい……っ」
魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世が、そっとけんたろうの手のひらに、自分の頬をスリスリする。
「……あぁ。人間の温もり。いいわ、最高だわ……。
あなたのぬくもりで、私の闇が潤うの……」
「…………」
(※こわい)
魔王はさらに――けんたろうの額に、自分の額をコツンと当てる。
「これが……愛の接触よ。私の世界では、恋人たちの証。
この後、血で契約書を交わす儀式もあるけど、楽しみね♡」
「……いまのだけで、胃が痛いです……」
■ 魔王軍・人間世界制圧会議(議題:薬、ダメ。ゼッタイ)
場所:地獄議事堂・会議室B(魔王様の執務室は工事中のため)
司会:総司令官ハドうー(今日も弱気)
「えー、本日は人間界の統治について、意見交換をお願いします……。あ、はい。まず、食料ルートの遮断について……」
幹部A「人間にはまず、飢えを教えた方がいいと思うんですよ」
幹部B「いやいや、空腹は暴動につながるから。むしろ食べ放題にして油断させた方が」
幹部C「むしろ温泉とか作って観光誘致もアリでは?」
(けっこう平和的!?)
ハドうー(え、これ魔王軍だよな?)
ハドうー(ザイオス来てないだけで、会議こんなに穏やか……)
そして、おもむろに、けんたろうが発言する。
「えーと、人間社会をダメにする方法ですけど、麻薬を安く流通させるっていうのはどうでしょう?
合法ドラッグ風にして、最初は『疲労回復!』とかで売って……最終的に依存症にすれば、人間なんて簡単に堕ちますよ」
会議室、凍る。
幹部D「……おまえ、それ……」
幹部E「……こっわ!!」
幹部F「……悪魔やめる?ほんとに?」
ハドうー「ダメダメダメ!!!
麻薬はダメ!!ゼッタイ!!!(魔界倫理指導第3条)」
クロコダイノレ「けんたろう殿……私たちは地獄の住人ですが、地獄を広げたいわけでは……」
けんたろう「え、あの、そんな本気で引かれると思ってませんでした……すみません……」
(魔王様の婿、怖すぎ案件)
■ そのころ人間界――草原のキャンプ地にて
リリィ一行は、草原の真ん中でキャンプ中。
夕日が落ち、静かな風がテントをなびかせる。
エル(魔法使い)「はぁ~、やっと休憩だね……今日はいっぱい歩いたね!」
カティア(剣士)「ねえ、今夜はあたたかいスープとかある?」
ミレルカ(白魔導士)「私は野草をちょっと摘んできましたよ!薬草にもなるし、お茶にも……」
リリィ「うるさい。食事は乾パンと水。それで十分」
全員「えええぇぇぇえ!?」
エル「え、せめて、火を起こして……」
リリィ「火を起こすと、位置がバレるでしょ?脳みそ入ってる?」
カティア「わ、私たちのために、せめて……」
リリィ「せめて、って何?命があるだけありがたく思いなさいよ」
ミレルカ「え……えぇぇぇ~……(泣)」
(この旅、つらすぎる……)
しかも――
リリィは、他の3人が見ていないスキに、
こっそり上等な缶詰とチーズを一人で食べていた。
「ふふふ……これはエリート勇者専用携行食。
下っ端には分けてあげないからね~」
\\\ ゲスううううう!!! ///




