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102/119

その102 魔王、赴く

◆邪神軍・虚無の牢獄


 邪神姫が去った後、再び静寂が訪れた。


 けんたろうは、ただ一人、牢獄の中で膝を抱えていた。


 邪神姫に連れ去られ、数々の拷問(?)を受けた。

 それでも、心は折れていない。


(今頃、どうしてるかな……)


 脳裏に浮かぶのは、無茶苦茶で、怖くて、でもどこか放っておけない、一人の魔王の姿。


「……魔王様……」


 その呟きは、誰に届くこともなく、虚無の空間に消えた。


◆勇者一行:船上にて


「ねえ、その『伝説の聖剣エクスカリバーガー』って、魔王を倒すヒントになったりしないの?」


 カティアの問いに、ミレルカは古い書物を開いて説明を始めた。


「はい! なんでも、古代の神々が作ったと言われる聖剣でして……」


「『聖剣に挟まれし伝説のチーズは、あまりの美味しさに、食べた者のすべての敵意を失わせる』とあります!」


「それだ! 魔王に食べさせれば、戦わずに済むかもしれない!」

 カティアが声を弾ませる。


 しかし、リリィだけは、心底どうでもよさそうに呟いた。

「ふーん。で、そのチーズ、ワインに合うのかしら?」


「「「そういう問題じゃない!!!」」」


 三人のツッコミが、広大な海原にむなしく響いた。



◆邪神軍本拠地:神殿最奥・玉座の間


「はぁっ……はぁっ……!」


 黒騎士ヴェリタスの膝が、ついにガクリと折れた。


「終わりだ」


 エキドナが、追撃の呪文を唱えようと、両手を掲げた。

 死の風が、ヴェリタスに襲いかかる――。


 その瞬間。


 ズシャァァァァン!!!


 玉座の間の天井が、内側から爆発するように吹き飛んだ。

 降り注ぐ瓦礫の中から、魔王が静かに舞い降りる。


 その瞳は、燃えるような赤。

 その身にまとう魔力は、宇宙そのものよりも重く、暗い。


「魔王様!」

 ハドうーたちが、歓喜の声を上げる。


 その降臨に、邪神軍の幹部たちが息をのむ。


「……魔王、直々のお出ましか」

 ニャルラトホテプが呟く。


 しかし、アーリマンは不敵に笑った。

「好都合だ! 壊滅寸前の魔王軍に、魔王一人!」


「これは、千載一遇のチャンスだぜ!」


 アーリマンの姿が、一瞬で魔王の眼前から消える。

 次の瞬間、彼の渾身の拳が、魔王の脇腹を完璧に捉えた。


「魔王様ッ!」

 ファイアイスが叫ぶ。


 ドゴォォォン!!!


 魔王の体は、凄まじい勢いで吹き飛ばされ、瓦礫の山へと叩きつけられる。


「ふははははは! 見たか! 俺の拳が当たりさえすれば、魔王とてこの様だ!」


 アーリマンが高らかに勝利を宣言する。


 だが、ハドうーは、その光景を見ても、まったく動じていなかった。

「……愚か者が」


「え?」


 アーリマンが振り返ると、そこには、先ほどまで瓦礫の下にいたはずの魔王が、無傷で立っていた。


「……今、何かしたか?」


 魔王は、ただ純粋な疑問として、そう尋ねた。

 そして、その白く細い指先で、アーリマンの胸に、ちょん、と触れる。


 次の瞬間。


 ゴッ!!!


 アーリマンの体が、まるで粘土のようにぐにゃりと歪み、その場に沈んだ。

 あまりに速く、あまりに強大な力。

 物理法則が、その現象を認識する前に、すべてが終わっていた。


 アーリマンから生気が消え、完全に戦闘不能に陥った。


「そ、そんな……アーリマンが、指一本で……」

 エキドナが恐怖に顔を引きつらせる。


 ヴェリタスは、その光景を当然のように見つめていた。

「あれが、我らが魔王。絶対の力だ」


 その、神すら超越した光景を前に、邪神軍最強の幹部たちは、ただ、沈黙した。

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