その101 魔王、ブチ切れる
◆邪神軍・虚無の牢獄
「……そう。おまえは、あの女の元へ帰ると言うのね」
邪神姫アザトース=アポフィス=ド・ティラミス=ラグナロク=ペルセポネ=あんみつ九世(いい加減にしてほしい長さ)は、静かに目を伏せた。
そして、次の瞬間、その瞳に底知れぬ独占欲の炎を宿らせる。
「ならば、力ずくで奪うまでよ」
「魔王軍をこの手で完全に壊滅させ、おまえが私しか選べない状況にしてあげる」
「そのために、我が切り札を呼び覚ますわ」
邪神姫が指を鳴らすと、空間が裂け、冒涜的な幾何学模様のゲートが出現した。
その先は、狂気と混沌が渦巻く、別次元。
「待っていなさい、けんたろう。偉大なる邪神クトゥルーの力で、すべてを終わらせてあげるから」
そう言い残し、彼女は次元の彼方へと姿を消した。
◆邪神軍本拠地:神殿最奥・玉座の間
「はぁっ……はぁっ……!」
黒騎士ヴェリタスは、たった一人で邪神軍幹部4人の猛攻をさばいていた。
アーリマンの拳、エキドナの呪い、パズスの風化魔法、ニャルラトホテプの奇襲。
それらすべてを、漆黒の大盾「ダークイージスシルド」で防ぎきる。
「ぐっ……!」
ついにヴェリタスは片膝をついた。
その姿を見て、後方で傷を癒していたハドうーたちが叫ぶ。
「ヴェリタス!」
「無茶だ! 一人では持ちこたえられん!」
「……来るな」
ヴェリタスは、仲間たちを振り返らず、絞り出すように言った。
「私が……私がここで倒れれば、魔王様への忠誠が偽りとなる……!」
「それだけは……断じて、ならんッ!!」
彼は信仰の力だけで再び立ち上がり、震える腕で盾を構え直した。
だが、その体は、すで限界に達していた。
しかし、攻撃を防ぐたびに、盾から伝わる衝撃が彼の体を蝕んでいく。
防戦一方。圧倒的に、後手に回っていた。
「いつまで持つかな、その盾も」
ニャルラトホテプが、楽しそうに呟いた。
◆勇者一行:船上にて
「ねえ、ミレルカ。その『伝説の聖剣エクスカリバーガー』って、どんな武器なの?」
カティアの問いに、ミレルカは古い書物を開いて説明を始めた。
「はい! なんでも、古代の神々が作ったと言われる聖剣でして……」
「決して刃こぼれしない『聖なるパティ』と、あらゆる邪気を払う『秘伝のピクルス』、そして持ち主に無限の力を与えるという『伝説のチーズ』が挟まっているそうです!」
「……それ、ただのハンバーガーじゃない?」
エルが冷静にツッコむ。
しかし、リリィの目は爛々と輝いていた。
「すごいじゃない! 伝説の武器よ!」
「手に入れたら、まず分解して、パティ、ピクルス、チーズ、バンズ……パーツごとにオークションにかけるわ!」
「その方が、絶対に高く売れる!」
そのあまりに罰当たりな発想に、仲間たちの魂が叫んだ。
「「「伝説の武器をバラバラにすんなーーーっ!!!」」」
リリィは高らかにゲスの格言を叫んだ。
「完成品より、希少な素材の方が価値は高い!
これぞ勇者の資産分割術よ!」
◆魔王様、静寂の終わり
魔界王宮《メフィス・ヘレニア・ダークネス・クレプスキュール宮殿》。
石像のように固まっていた魔王ディアボル=ネーメシア=アークトリウス=イレイザ=ヴァルハラ=トラジディア十三世の唇が、わずかに動いた。
「……けんたろう……」
最初は、か細い囁き。
だが、それは次第に、狂気を帯びた怨念の呟きへと変わっていく。
「けんたろう……けんたろうけんたろうけんたろうけんたろうけんたろう……」
ザイオス、ネフェリウス、アスタロトが、その異様な光景に息をのむ。
次の瞬間。
カッ!!!
魔王の瞳が、血のように赤く輝いた。
静寂は破られた。
ショックで停止していた思考が、純粋な、ただ一つの目的のために再起動する。
「私の……婿に……」
ゴゴゴゴゴゴ……!
魔王の体から、魔界そのものを揺るがすほどの、凄まじい魔力が噴き出した。
それは、今まで見せたことのない、純度100%の破壊の意思。
「よくも……よくも、婿に、手を出してくれたな……ッ!!」
魔王は玉座を蹴り飛ばすと、自らの手で空間をズタズタに引き裂いた。
その先に見えるのは、邪神軍の本拠地。
「魔王様! お待ちください! 単身では危険です!」
ザイオスが叫ぶ。
だが、魔王は振り返らない。
彼女の脳裏には、けんたろうとの愛しい(と彼女が思っている)日々の記憶が駆け巡っていた。
(魔剣でのケーキ入刀を、あんなに喜んでくれたけんたろう……!)
(私の手料理(元・裏切り者)を、涙を流して感激してくれたけんたろう……!)
(私のために、銀河を平らにする計画を、あんなにも楽しみにしてくれていたけんたろう……!)
(そのすべてを……!)
「よくも、私の宝物を、奪ってくれたな……ッ!!」
「邪神軍、皆殺しだ」
その一言を残し、彼女は愛と怒りの炎の塊となって、次元の裂け目へと飛び込んでいった。




