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はじまりは前世の記憶から

 私の名前はエリス。

 空を見上げるのが日課の、ひなびた宿屋の娘――村人Aでした。

 謙遜でもなんでもなく、本当にそう。


 毎日、陽が差している間は村の入り口に立ち、行商人や旅人を笑顔で迎えて、村に一軒だけある宿へ案内する。そんな役目でした。それが一変したのは、勇者様ご一行が訪れた日です。


 艶やかな長い黒髪と蒼いマントをなびかせ、颯爽と歩くその姿に私は我を忘れ、見惚れた。その瞬間、全身に稲妻のような衝撃が走り、すべてを思い出したのです。


 記憶が走馬灯のように流れ込んでくる。そうだ、私は転生していたんだ。前世は埼玉県で暮らす平凡な派遣社員のOLだった。

 強いて言えばアニメが大好きだったくらいで、それ以外は特筆すべきことのない、ごく普通の女。


 ショックはありましたが、すでに過去のこと。そして何より、目の前にいる勇者様に比べれば些細なことでした。


「ここは、ヒトガクレの麓か?」


 勇者様は、声まで麗しい。

 落ち着いた、よく通るバリトンに、私の顔は最高潮にまで真っ赤になった。


 “いつも通り挨拶するのよ、エリス!”と心の中で自分を叱咤する。


「は、はい。その胸にあるドラゴンの紋章……勇者様ですよね? お噂はかねがね伺っております。どうぞ、鄙びた村ではありますが、ごゆっくりなさってください。宿はこちらです」


 私は両手でスカートの裾をつまみ、お辞儀をした。――もっと綺麗な服を着ていればよかった。


 宿に案内すると、勇者様は安堵の息をついて、腰にかけていた皮袋をテーブルに置き、ベッドへ腰を下ろした。

 私はちらりと横目で勇者様を見る。長旅だったのでしょう。ブーツの先は擦り切れていたし、よく見ると甲冑にも細かな傷が無数にあった。


 (ああ、くたびれている勇者様も素敵……)


 ちなみに、お供の方々は隣の部屋にそれぞれご案内している。凛々しくも美しい女戦士様に、魔法衣をまとった見目麗しい少年。皆さん、まるで“顔で選ばれたのでは?”と思うほど整っていらっしゃる。まぶしい。


 でもやっぱり、勇者様は別格だ。


 私はサイドテーブルに置いてあったティーポットとカップを取り出し、慣れた手つきでハーブティーを淹れる。少しだけど薬草の知識があるので、疲労回復を狙って調合した特製のお茶だ。


「あ、あの、お口に合うかわかりませんが、どうぞお召し上がりください」


「わざわざありがとう。君は……まだ若いのに、この宿を一人で切り盛りしているのかい?」


 前世では三十を過ぎてました、勇者様。

 でも今の私は十四歳。


「はい。この村は貧しくて……子供も貴重な労働力です。みんな朝から晩まで働いています。一応、父は健在ですが、いまは首都へ出稼ぎ中なんです」


 たまに来る客人をもてなす宿だけでは、とても一家の生計は立たない。ちなみに母は、四年前に魔物に襲われて亡くなった。


 私は言葉を続ける。


「ですが勇者様、私なんて全然たいしたことないです。勇者様こそ、まだお若いのに世界の命運を背負っていらっしゃる……ご苦労も多いのでは」


 本当にそう思う。

 目の前の勇者様は物腰が落ち着いていて、大人びた雰囲気を漂わせているけれど、近くで見れば肌は若木のように艶々していて、顔にもどこかあどけなさが残っている。


 たぶん二十歳そこそこ。前世の私から見れば、まだ子供みたいなものだ。それなのに、世界を背負っているなんて信じられない。


 勇者様は、飲んでいたカップをテーブルに置いて、ふっと静かに笑った。


「自分よりも相手を気遣えるとは、たいした子供だな。……そういえば名前を聞いていなかったな。君の名は?」


「エリスです、勇者様」


「良い名前だな。覚えておこう」


 推しに認知された――――!!!


 うれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしい。

 私は思わず飛び跳ねそうになるのを、必死で堪えた。


(我慢よ我慢。奇声もあげちゃダメ。浮ついた変な子だと思われちゃう)


 両手を頬にあてて精神統一していると、勇者様はなんと――さらにチップまでくださったのです!


 やだ、涙が出るほどうれしい。この硬貨のために祭壇を用意して家宝にします……。


「ありがとうございます、ありがとうございます。たいしたものは出せませんが、腕によりをかけて夕飯をご用意してまいりますね!」


「すまない。ああ――そうだ。酒は必要ない」


「そうなんですか? せっかく美味しい葡萄酒がありますのに」


「明日も早いからな」


 チクリと胸が痛んだ。

 弾んでいた気持ちが、急速にしぼんでいく。


(明日には行ってしまうんだ……そっか、そうよね。こんな何もない村に、何泊もする必要なんてない。村を出たら、きっともう戻ってくることもない……)


 ではあと何回、勇者様と会えるのだろう。

 確実なのは、夕食を運ぶときと、明日の朝のお見送り――?


 少ない。少なすぎる。

 勇者様との想い出を胸に生きていくには、せめてもう少し、何かが欲しい。


 私はギュッと唇を噛み締めて、決意した。


(明日からまた、色あせた村での生活に戻るんだ――もう、OL時代みたいにアニメで現実を誤魔化すこともできない――ならせめて、今夜だけは、私のものにしたい……)


 恐れ多いなんて言ってる場合じゃない。不幸中の幸いか、私は多少なりとも薬学の知識がある。


 一服、盛ってしまおう――。



ものすごく久々の投稿で緊張しています…。

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