ただ魔法図書館で本を読む
扉を開けた瞬間、空気が変わった。
そこは魔法図書館の奥深くにある、誰にも知られていない読書室だった。
壁一面に積まれた古書の棚。高くそびえる木製の書架からは、ほのかに甘い紙の香りと、古代語の魔素が混ざり合った、どこか懐かしい気配が漂っていた。
天井には夜空のような紺色の布が張られ、ゆるやかに瞬く光が星のように灯っている。
部屋の中央には、一脚の深い肘掛け椅子と、低い丸テーブル。
椅子に腰を沈めた瞬間、まるで魔法のように背筋の力が抜けていく。体にぴったりと馴染むように調整され、座る者の心の波まで静かに整えてくれるようだった。
足元にはふかふかの絨毯が敷かれ、どこかの山奥で咲いたという香草の香りがほのかに漂っている。焚き火のような暖かさが、部屋の隅々まで満ちていた。
読み始めたのは、薄い装丁の一冊の小説だった。物語が始まると、部屋の空気は物語に呼応するように変化していく。
春の章を読めば窓の外に花が咲き、夏の章では木漏れ日が床を揺らす。
読者の心が沈む場面では、壁のランプが柔らかく色を変え、優しい音楽がどこからともなく流れ出す。
ここでは、本を読むという行為が、癒しそのものだった。
ページをめくる音すら、心地よい子守唄のように響く。
時の流れが忘れられ、本と椅子と自分だけの小さな世界に、全てが溶けていく。




