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第8話:二人だけの笑い声

第8話:二人だけの笑い声

 その日を境に、二人の関係は、明らかに、変わった。

 地上に戻った、彼らの間に、相変わらず、会話は、ほとんど、ない。

 だが、その、沈黙の、質が、違っていた。

 以前の、氷のように、冷たく、互いを、拒絶し合う、沈黙ではない。

 それは、言葉を、必要としない、共犯者たちの、沈黙だった。

 互いの、瞳の奥に、同じ、秘密の、光を、宿していることを、二人は、知っていた。

 あの、黄泉路で、分け合った、光る苔の、味。

 そして、理由もなく、笑い合った、あの、瞬間の、記憶。

 それは、二人だけの、誰にも、汚すことのできない、聖域のような、思い出だった。


 瑠璃は、もう、ヒステリックに、泣き喚くことは、なくなった。

 景も、彼女を、「騒々しい置物」として、無視することは、なくなった。

 だが、それは、二人が、互いに、歩み寄った、というわけでは、ない。

 むしろ、逆だった。

 二人は、互いに、依存し始めたのだ。

 この、息の詰まる、現実を、生き延びるための、相方として。

 夕餉の、食卓。

 年老いた乳母が、運んでくる、味のしない、粥を、啜りながら、二人は、視線を、交わす。

 その視線だけで、互いの、考えていることが、分かった。

 ――今夜も、行こうか。

 ――ええ、もちろん。

 言葉にならない、約束。

 夜が、更け、屋敷が、深い、眠りに、落ちるのを、二人は、息を殺して、待つ。

 そして、月が、最も、高く、昇る、頃。

 二人は、音もなく、寝床を、抜け出し、あの、北の森へと、向かうのだ。


 黄泉路の中は、二人にとって、もはや、恐怖の、場所では、なかった。

 そこは、唯一、心が、解放される、楽園だった。

 景は、穢れを、巧みに、いなし、瑠璃は、魄脈を、読み、安全な、道を、見つけ出す。

 二人の、連携は、回を、重ねるごとに、洗練されていった。

 言葉は、いらない。

 ただ、互いの、呼吸の、リズム、視線の、動き、それだけで、次に、何をすべきかが、分かる。

 まるで、一つの、体を、分かち合った、双子のようだった。

 そして、探索の、合間には、あの、光る苔を、食べる。

 泥臭く、青臭い、あの、忘れられない、味。

 その、奇妙な、食事は、二人だけの、神聖な、儀式となっていた。

 苔を、口に、運びながら、二人は、他愛もない、話をした。

「……景、という、名は、誰が、つけたのですか」

「さあな。覚えていない」

「……わたくしは、瑠璃。父が、この世の、どんな、宝石よりも、美しく、あれと」

 瑠璃は、そう言って、自嘲するように、笑った。

「……結局、ただの、石ころにも、なれませんでしたけれど」

 景は、何も、言わなかった。

 ただ、黙って、新しい、苔を、一つ、ちぎると、彼女の、口元へと、運んでやった。

 瑠璃は、それを、小鳥のように、ついばむ。

 その、ささやかな、やり取りの中に、地上での、彼らには、決して、存在し得ない、穏やかな、時間が、流れていた。


 だが、その、楽園は、同時に、二人を、蝕んでいた。

 黄泉路で、過ごす時間が、長くなるほどに、二人は、地上での、生活が、ひどく、億劫になっていった。

 役所での、仕事。

 貴族としての、付き合い。

 その、全てが、色褪せて、意味のない、ものに、思える。

 早く、夜に、ならないか。

 早く、あの、暗く、静かな、場所へ、帰りたい。

 二人の、心は、もはや、地上には、なかった。

 この、誰にも、理解されない、歪んだ、空間だけが、二人の、唯一の、本当の、「居場所」になり始めていた。

 それは、幸福、とは、似て非なる、もの。

 もっと、退廃的で、官能的で、そして、破滅の、匂いがする、甘美な、毒。

 二人は、その、毒の、味を、知ってしまった。

 そして、もう、二度と、それなしでは、生きていけない、体になってしまっていたのだ。

 彼らは、まだ、知らない。

 その、二人だけの、楽園が、やがて、彼ら自身を、滅ぼす、罠となることを。

 ただ、今は、目の前の、刹那的な、高揚感に、その身を、委ねているだけだった。

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