第20話:夜明けでもなく、黄昏でもなく
第20話:夜明けでもなく、黄昏でもなく
泉が、去っていった。
追手たちの、松明の光も、足音も、やがて、遠ざかり、闇の中へと、完全に、溶けて消えていった。
後に、残されたのは、絶対的な、静寂。
そして、三つの、孤独な、魂だけだった。
景と、瑠璃と、そして、黄泉路の主。
二人は、相変わらず、寄り添い、座っていた。
目の前の、主は、相変わらず、ただ、静かに、二人を、見つめている。
その、悠久の、時を、生きてきた、瞳には、一体、何が、映っているのだろうか。
この、愚かで、憐れで、そして、どうしようもなく、満ち足りた、二人の、姿が。
景は、ふと、思った。
もしかしたら、この主は、自分たちを、襲う気など、最初から、なかったのかもしれない、と。
ただ、ずっと、見ていただけなのかもしれない。
この、地の底の、最果てに、たどり着く、迷える、魂たちを。
そして、彼らが、最後に、どのような、顔をするのかを、ただ、静かに、観察していただけ、なのかもしれない。
まるで、人間が、水槽の中の、魚を、眺めるように。
瑠璃が、そっと、景の、肩に、頭を、もたせかけた。
その、重みが、ひどく、心地よい。
「……眠く、なってきました」
彼女が、子供のような、声で、呟いた。
「……ああ」
景も、答えた。
「俺もだ」
二人の、瞼が、ゆっくりと、落ちてくる。
疲労は、とうに、限界を、超えていた。
このまま、眠ってしまえば、もう、二度と、目を覚ますことは、ないのかもしれない。
それでも、よかった。
この、腕の中に、互いの、温もりを、感じながら、終わることができるのなら、それは、決して、悪い、結末では、ない。
景は、薄れゆく、意識の中で、前世の、ことを、思い出していた。
あの、蛍光灯の下で、死んでいった、孤独な、自分。
それに、比べれば。
なんと、贅沢で、そして、幸福な、最期だろうか。
二人は、手を取り合った。
その先に、幸福も、成功も、何もない。
あるのは、ただ、二人でいる、という、どうしようもない、事実だけ。
そして、その、事実こそが、彼らにとって、世界の、全てだった。
物語は、ここで、終わる。
彼らが、その後、どうなったのか。
追手が、再び、やってきたのか。
黄泉路の主が、何を、したのか。
あるいは、二人が、そのまま、誰にも、知られることなく、静かに、朽ちていったのか。
それを、知る者は、誰もいない。
ただ、もし、あなたが、この、地の底の、最果てを、訪れることが、できたなら。
あるいは、見ることが、できるかもしれない。
寄り添い、眠る、二つの、人影を。
その、顔には、何の、苦悩も、ない。
ただ、どこまでも、安らかで、そして、初めて、本当の意味で、自由になったかのような、静かな、表情だけが、そこには、ある。
それは、夜明けでもなく、黄昏でもない。
永遠に、続く、穏やかな、まどろみ。
二人が、ようやく、手に入れた、唯一の、安息の、場所。
その、邪魔を、する者は、もう、どこにも、いないのだから。




