第13話:破滅への道行き
第13話:破滅への道行き
その日、桜小路の、屋敷に、一台の、立派な、牛車が、止まった。
降りてきたのは、陰陽寮本庁の、紋所を、つけた、数人の、役人たち。その、鋭い、目つきと、威圧的な、態度は、彼らが、ただの、使いでは、ないことを、物語っていた。
彼らは、名乗ることもせず、土足で、屋敷に、上がり込むと、広間に、あぐらをかいた。
そして、瑠璃の、年老いた、乳母に、告げた。
「桜小路瑠璃、並びに、その夫、藤原景を、ここへ、お呼びだてせよ。幕府からの、直々の、お尋ねである」
屋敷中に、緊張が、走った。
乳母は、顔を、真っ青にして、震えながら、奥の、部屋へと、下がっていく。
景と瑠璃は、その時、書庫にいた。
いつものように、古文書の、山に、埋もれ、二人だけの、世界に、浸っていた。
そこへ、乳母が、駆け込んできた。
「姫様! 景様! 大変で、ございます! 幕府の、お役人様が……!」
だが、二人の、反応は、鈍かった。
瑠璃は、億劫そうに、顔を上げると、言った。
「……何ですの、騒々しい。今、大事な、ところなのです」
「しかし、姫様!」
「放っておきなさい。どうせ、また、つまらない、小言でしょう」
彼女は、そう言うと、再び、古文書に、目を、落としてしまった。
その、あまりにも、現実感のない、態度に、乳母は、言葉を、失う。
見かねた、景が、重い、腰を上げた。
「……仕方ない。俺が行こう」
彼は、面倒くさそうに、頭を掻きながら、広間へと、向かった。
瑠璃は、そんな彼の、背中を、一瞥も、しなかった。
広間では、役人たちが、苛立ったように、指で、畳を、叩いていた。
景は、彼らの前に、座ることもせず、立ったまま、言った。
「……何の、ご用でしょうか」
その、無礼な、態度に、役人の、一人が、眉を、吊り上げた。
「貴様、何者だ」
「この家の、主の、夫、ですが」
「夫、だと? ならば、なぜ、姫君と、共に、挨拶に、来んのだ! それが、礼儀という、ものだろうが!」
「……妻は、今、取り込んでおりますので」
景の、気のない、返事に、役人たちの、怒りは、頂点に、達した。
「ふざけるな! 貴様ら、夫婦が、夜な夜な、屋敷を、抜け出し、禁じられた、黄泉路を、荒らしているという、噂、我々の、耳にも、届いておるぞ!」
詰問の、言葉。
だが、景の、表情は、変わらない。
彼は、ただ、心底、退屈そうな、顔で、言った。
「……はあ。それが、何か?」
「なっ……!」
開き直り、とも、無関心、ともとれる、その、態度に、役人たちは、完全に、面食らっていた。
彼らは、もっと、言い訳や、弁明を、聞かされるものと、思っていたのだ。
「……貴様ら、自分たちが、何をしたか、分かっているのか! これは、幕府に対する、重大な、背信行為であるぞ!」
「……左様ですか」
「……このままでは、桜小路家は、お取り潰しになるやも、しれんのだぞ!」
「……それは、困りましたな」
景の、態度は、どこまでも、他人事だった。
まるで、隣の、家の、火事を、眺めているかのよう。
役人たちは、もはや、怒りを、通り越して、不気味ささえ、感じ始めていた。
目の前の、男は、正気ではない。
この、夫婦は、二人とも、何かが、壊れてしまっている。
彼らは、そう、結論づけるしか、なかった。
「……よろしい。その、態度、しかと、大臣様に、ご報告、いたす。後で、後悔しても、知らんぞ!」
役人たちは、捨て台詞を、吐くと、嵐のように、屋敷を、去っていった。
その、一部始終を、柱の陰から、見ていた者たちが、いた。
瑠璃に、長年、仕えてきた、数少ない、忠臣たちだ。
彼らは、震えていた。
姫君の、狂気と、そして、その夫の、底なしの、虚無に。
このままでは、いけない。
このままでは、桜小路家は、本当に、滅びてしまう。
姫様を、あの、死んだ目の、男から、引き離さなければ。
姫様が、ご自身で、目を、覚まされないのであれば、我々が、無理やりにでも、目を、覚まさせて、差し上げるしかない。
彼らは、顔を、見合わせた。
その、目には、涙が、浮かんでいた。
そして、彼らの、心は、一つの、悲しい、決意で、固まっていた。
主を、救うため、主を、裏切る。
その、最後の、忠義を、果たす、覚悟が。
景は、広間から、戻ってくると、瑠璃に、何事もなかったかのように、言った。
「……終わったぞ」
「……そうですか」
瑠璃も、古文書から、目を、上げずに、答えた。
二人は、自分たちが、破滅へと、続く、道を、また、一歩、進んだことに、気づいてさえ、いなかった。
いや、気づいていて、それでも、もう、どうでも、よかったのかもしれない。
ただ、この、二人だけの、静かな、時間が、続けば、それで。




