7 静止
王都の空は、建物が聳え立っても高かった。
そう感じたのは、気圧のせいでも、雲の層のせいでもない。人の視線が、普段よりも上を向いていたからだ。
街路の両脇には、淡い色の布が垂れ下がっている。祝意を示すものだと、オルは知っていた。だがその布は、風を受けてはためくたび、どこか不自然に張りつめて見えた。装飾というより、覆いに近い。
人は多い。
多すぎるほどだ。
王都の式典は初めて見た。それでも、群衆の密度が少し異様に見えた。歓声がある。笑い声もある。しかしそれらは互いに混じり合わず、一定の間隔を保ったまま、音として浮かんでいる。まるで誰かが、意図的に配置したかのように。
オルは立ち止まった。
理由ははっきりしない。ただ、足が前に出なかった。
運ぶ仕事をしていると、重さや風向きの変化に敏感になる。均衡が崩れる直前の、あのわずかな感覚。今の空気は、それに似ていた。
視線の先、王城へと続く広場の中央に、仮設の壇が組まれている。白い布で覆われ、周囲には近衛兵が立っている。彼らの立ち姿は整っているが、銃口の向きが微妙に揃っていない。
――揃っていない、というより、散っている。
オルは息を整え、群衆の中を進んだ。
押されることはない。人々は彼を避けるでもなく、迎えるでもなく、ただ空いた隙間を残して動いている。視線だけが、時折絡みつく。
壇の背後、王城の壁面に目をやった瞬間、違和感は形を持った。
石壁の影に、影が一つ多い。
それは人の形をしていたが、人として立っていなかった。壁に溶け込むように、重心を低く保ち、腕の角度が不自然だ。何かを支えている。あるいは、待っている。
次の瞬間、時間が遅くなった。
空気が、張りつめる。
歓声が、一拍遅れて歪む。
オルは考えなかった。
理由も、意味も、結果も。
ただ、身体が動いた。
人の流れに逆らい、広場を斜めに横切る。誰かの肩にぶつかり、謝罪の声が上がるが、耳には入らない。影が、壁から剥がれる。腕が上がる。金属が、光を弾いた。
――間に合わない。
そう思った瞬間、オルは近くの露店の台を蹴った。
積まれていた木箱が崩れ、乾いた音を立てて転がる。群衆の一角がどよめき、視線が一斉にそちらへ向いた。
その一瞬のずれ。
銃声が鳴った。
だが、音は空を切った。
弾丸は、壇の縁をかすめ、白布を裂いただけだった。近衛兵が動き、叫びが上がる。影は即座に身を翻し、逃走経路へ――向かわなかった。
オルは、もう一歩踏み込んでいた。
衝撃は短く、重い。
相手の体温と、呼吸と、驚愕が、腕越しに伝わる。二人は石畳に倒れ込み、銃が転がった。次の瞬間、影は拘束され、地面に押さえつけられていた。
静寂が、遅れて訪れた。
広場全体が息を止め、次に、波のようにざわめきが広がる。
オルはその中心で、膝をついたまま、割れた白布を見ていた。
布の向こう側に、彼女がいた。
ナージャは無傷だった。
ただ、その目だけが、こちらを見ていなかった。
彼女の視線は、もっと遠く――
今、確かに何かが断ち切られた空を、見つめていた。




