11 策
気配は、はじめから敵意を主張してはいなかった。
それはかえって、訓練されたものであることを雄弁に語っている。
街路の両脇、建物と建物の間に落ちる影が、わずかに厚みを増す。
歩調の違う足音が、互いに干渉しない距離を保ったまま、確実に間合いを詰めてくる。
これは威嚇ではない。
捕獲だ。
ナージャが低く息を吸う。
「きっと今日の続きだわ。数はそれほど多くはない。」
オルは返事をしない。
返事をすることで、声の位置を与える理由がなかった。
代わりに、体を半身にし、街路の先を見据える。
明かりはある。
だが、明るい方向が必ずしも安全とは限らないことを、彼は空の仕事で嫌というほど学んでいた。
最初の動きは、視界の端だった。
金属の反射。
刃ではない。
投擲具だ。
オルは咄嗟にナージャの腕を引き、石畳に伏せる。
何かが空を裂き、背後の壁に突き刺さる音がした。
まるで爆発のような。
遅れて、足音が速度を変える。
「走って!」
それだけ言って、オルはナージャに続く。
街路は細く、緩やかに下っている。
舗装は荒れ、ところどころに雨水が溜まり、足を取る。
追う側は躊躇しない。
躊躇しない者だけが選ばれている。
背後で、誰かが転ぶ音がした。
だがそれは敵ではない。
転んだのは、通りを横切ろうとした市民だ。
悲鳴が上がる前に、誰かに押し伏せられる。
この夜は、騒ぎを必要としていない。
右を行けば敵がいて、
左を向けば道が空ける。
息が荒くなる。
肺が冷たい空気を拒み、脚が抗議を始める。
それでも止まれない。
道は次第に傾斜を増し、石畳が終わる。
ここから先は、整備されていない縁だ。
港と崖の境界。
オルは理解する。
これは偶然ではない。
逃走経路も、終点も、最初から想定されている。
「この先……!」
ナージャが言いかけるが、言葉は最後まで出ない。
闇が急に開け、風が強まる。
崖だ。
下から、波の音が響く。
凍てつく海が、何も知らない顔で待っている。
足元の砂利が崩れ、重心が前に引かれる。
背後で、足音が止まる。
追う者たちは、ここで距離を詰めすぎない。
落ちるか、捕まるか。
選択肢は二つだけだ。
オルは一瞬、ナージャを見る。
晩餐会で見た顔ではない。
夜路で交わした微笑でもない。
ただ、逃亡者の顔だ。
その瞬間、遠くでエンジン音が唸りを上げる。
聞き慣れた音。
空を知る者の耳に、はっきりと届く振動。
「——親方」
照明弾が撃ち上がり、崖下の闇が裂ける。
浮上してくる影。




