表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

愛を疑う王妃と愛に飢えた国王

作者: ここでら

処女作ですので、お手柔らかにお願いします。

遥か昔、ある美しき王国に一組の夫婦がいた。威厳と誠実さを兼ね備えた国王と、知性と気品を兼ね備えた王妃。


彼らの結婚は、誰の目にも完璧に映っていた。

だが、華やかな王宮の奥で、誰にも知られることのない静かなすれ違いが始まっていた。







国王は王妃を深く愛していた。だが、王妃は愛されていると頭では理解しながらも、どうしてもその愛を素直に受け取ることができなかった。心にそっと距離を置いていた。
















かつて――王妃は、愛というものを信じていた。

幼いころ、優しい母に抱かれ、物語を聞かせてもらったあの夜のように、純粋に。


「愛は人を幸せにするものよ。人を愛し、人に愛されなさい。」


母はそう言った。

だが、現実は違った。


セリナの母は、公爵家に嫁いだものの、冷遇された。 父は次々に愛人を迎え、母を顧みることはなかった。


部屋の隅で、誰にも気づかれないようにひっそりと涙を拭う母の姿を、幼い頃の王妃は何度も見てしまった。



それが、王妃の心にひとつの影を落とした。





愛なんて、きっと、続かない





そう思うようになったのは、自然なことだった。


どれほど愛を囁かれたところで、それは束の間のこと。

女は結局、捨てられる。

笑顔も、誓いも、やがて色あせる。


それが、幼い頃の王妃が知った「真実」だった。




















ある夜、王宮のバルコニーで、王妃は月を見上げていた。


「夜風は冷たくないか?」


優しく問う声に、王妃は少しだけ微笑んだ。


「ええ、大丈夫ですわ」


そう応えた後、ふいに、ためらうような空気を纏いながら、セリナは月を見上げたまま口を開いた。


「わたくしたちは…政略結婚ですわよね…?」


「……どういうことだ」


目を伏せ、告げる


「……陛下、…わたくしは…側妃や愛妾に反対するつもりはありません。」


「………急に何を言う。私はそなた以外を愛するつもりはない。」


レオンハルトの声はかすかに揺れた。


「陛下……。……きっと、時間が経てばわたくしのことなど飽きてしまうでしょう。」


国王は驚いた表情を浮かべ、すぐに否定した。


「そんなことはない。こんなにも愛しているのに。」


「…今は、そうかもしれません。………皆、いずれは他の女性に目移りするものです。」


王妃は、少しだけ微笑んだ。

けれど、それはどこか諦めを孕んだ、遠い微笑だった。




王妃はそっと視線をそらし、そのまま部屋に戻っていった。



言葉では拒みながらも、彼女の胸の奥には、かすかな不安と、触れてほしいという淡い願いがあった。 だが、それは決して口にすることのない、秘めた想いだった。



しかし、王妃は国王に心を捧げた後に裏切られることを恐れていた。
















国王はただ、手を伸ばすこともできずにその後ろ姿を寂しげな瞳で見つめるしかできなかった。



なぜ、私を信じてくれない……



心の中で、誰にも届かない問いを繰り返しながら。


























それからというもの、二人の間には二人にしか分からないような静かな距離が生まれた。王妃は決して冷たい女性ではなかった。誰に対しても思いやり深く、侍女や臣下にも平等に接した。だが、その優しさは時に一線を引いたように映り、国王にとってはそれが辛かった。



どうして、私だけを見てくれない

どうして、心を開いてくれないのだ



それでも、国王は怒らなかった。

ただ、寂しさを、孤独を、必死に胸の奥に押し込めた

























政略結婚の話が持ち上がったとき、幼い頃の王妃は静かに受け入れた。

そして、絶対に心を動かさないと決めた。 最初から期待しなければ、傷つかずに済む。



わたくしは王妃という役目を果たすだけ



そう思っていた。

けれど。結婚相手となった国王は、予想していた男とは違った。


彼は本物の愛情を、セリナに注いだ。

優しく、誠実に、決して力で屈服させようとせず、彼女を一人の人間として尊重した。



戸惑った。



なぜ、愛おしそうな目でわたくしを見るの



戸惑いが恐怖に変わるのに、時間はかからなかった。

与えられる愛が、大きければ大きいほど、失う恐怖も膨れ上がったからだ。



どうせ、陛下も、いつか私を捨てる

どうせ、他の女のもとへ行く




愛されるほど、信じられなかった。 優しく抱き寄せられるたびに、胸に芽生える温もりを、必死で押し殺した。 期待して、裏切られるくらいなら、最初から信じないほうがいい。 冷たくしていれば、いずれ陛下も諦める。


そうすれば、自分も傷つかずに済む。








それが、王妃の唯一の「防衛」だった。










けれど、心は思うように冷たくなってはくれなかった。


王の誠実な眼差しに、心が揺れた。

王の腕の中で目を閉じたくなる衝動に、何度も襲われた。


それでも、必死で自分を戒めた。




だめ……受け入れてはいけない




王を拒み続ければ続けるほど、心は悲鳴を上げた。



愛したかった。

信じたかった。










でも、怖くてできなかった。

























年月が過ぎ、二人の間にはふたりの男児が生まれた。第一王子が生まれた時、王は涙を流して喜び、セリナもその腕に小さな命を抱いて微笑んだ。



けれど、その一瞬の幸福は、ふたりの距離を完全に埋めるには足りなかった。





















そして、第二子が生まれた夜



その晩、王は酒に酔いながらひとり、重く沈む心を抱えていた。

二人の王子を産み、王妃は役目を果たした。私を愛していない王妃は、これ以上は不必要な触れ合いだと言って私を拒否するかもしれない。もう、王妃に触れられないのだろうか。




その時だった。

静かに、扉がノックされた。


「陛下……失礼いたします」


現れたのは、若く美しいメイドだった。

年若いその少女は、かすかに頬を紅潮させ、震える手でスカートの裾を摘んだ。


「……何用だ」


酒に酔ったレオンハルトは、低く問いかけた。


少女は、躊躇いがちに一歩近づく。


「……陛下のお寂しさ、ずっと、見ておりました。私は陛下をずっとお慕いしておりました。 もし、もしも……」


必死に震える声で、女は言った。


「……私で、少しでも……癒されるのなら……」





王妃に背を向けられ、愛を届けることすら拒まれ、愛を囁いてもくれない。もはや耐えきれぬ孤独のなかにいた。寂しさに、 孤独に、 押しつぶされそうな今の彼には、 その甘い誘いを拒む力は、残っていなかった。





「……そうか」














その夜、彼はついに、王妃を裏切った。






















翌朝、それを聞いた王妃は表情ひとつ変えず、その件についてただ一言、口にした。


「……そう。やっぱり、そうなるのね。」


そう呟いた彼女の声は、まるで初めから期待していなかったかのように、どこか虚ろだった。












それからというもの、王妃はさらに心を閉ざし、国王の前でも冷淡な態度を崩すことはなかった。











その頃、王の心には怒りと虚しさが渦巻いていた。

何度もセリナに想いを告げ、信頼を示したつもりだった。けれど、彼女は頷いてくれない。


愛しているのに、愛されない。

愛しているのに、想いが届かない。



王妃の瞳は、彼の方を見ていなかった。


そして、国王は壊れた。


「いっそ、どうなってもいい……!」


国王は焦り、後悔し、それでも王妃に許しを請うことができなかった。自暴自棄のように毎夜別の女と過ごすようになり、その心の穴を埋めようとした。




王宮には、憂いと絶望の空気が漂った。




側近が心配して進言したこともあった。


「陛下、このままでは評判も……王妃様との関係も……」


「構わぬ。どうせ、もう王妃は私を見てなどいないのだ……!」


そう言い放ちながらも、国王の目には深い悲しみが宿っていた。国王は、壊れそうな心を抱えて、夜の闇に沈みながら、心の中で何度も問いかけた。



私は、どうすればよかった?

どうすれば、王妃の心を、手に入れられた?












国王と王妃の間には、以前にも増して深い静寂が流れていた。


王妃は子どもたちの養育と王妃としての務めを黙々とこなし、誰に対しても変わらぬ優しさを注いでいた。彼女の優しさは、完璧だった。 だが、それはあまりにも均等で、どこにも「特別」がなかった。




「私の……せいだわ」


そう、王妃はひそかに思っていた。心を閉ざしていたのは自分自身。


冷たくしてしまったのは、自分だった。

拒んでしまったのも、自分だった。




だから――


他の女性のもとに行ったのも……私のせいだ




自分を責める声が、彼女の胸を占めていた。




















王妃が国王のもとへと向かったのは、城内の誰もが眠りについた深夜だった。


長いドレスの裾を踏まぬように静かに歩きながらも、王妃の心の中は嵐のように荒れていた。怒り、悲しみ、失望、そして……今なお胸の奥に残る、消せぬ愛。


蝋燭の明かりが揺れる静かな部屋で独り座り込み、手に酒杯を握りしめる国王の姿があった。顔には疲労と後悔がにじんでいる。彼は王妃に気づくと、まるで幻を見たかのように息を飲んだ。


「なぜ来た?」


国王はそう言ったが、その声はかすれていた。

王妃は、まっすぐに歩み寄った。躊躇いはない。


「わたくしが悪かったのです。」


「わたくしは…あなたの愛を疑い、拒み続けました。………裏切られることが怖くて……。それが…、陛下を孤独にしてしまったのですね…」


国王の目が、かすかに揺れた。


「遅い……今さら来たところで、私は……こんなにも汚れてしまった」


国王は弱々しく笑った。どこか子供のように、怯えた目をしていた


「遅くなんてありませんわ。ずっとわたくしはあなたを愛していました。心の奥で」


「私は……ずっとお前だけを、愛していたのだ。だが、お前に拒まれ続け、もうどうしていいかわからなかった。」


「わたくしも、ずっと、触れてほしかったのです。なのに、自分から遠ざけてしまった………ごめんなさい」


そして次の瞬間、国王は椅子から立ち上がり、王妃を抱きしめた。


「許してくれるのか、私を……こんな、どうしようもない私を……!」


「わたくしたちは夫婦でしょう? 間違いを犯したとしても、共に歩み直すことはできるはず。」


その言葉に国王は崩れるように王妃の肩に額を押し当て、堪えていた涙を流した。何年も、心に降り積もった孤独と悲しみが、静かに溶けていくようだった。


「愛している……今も、これからも、死ぬまで、お前だけを……!」


セリナは彼の顔を両手で包み、目を合わせた。頬を撫で、涙を優しく拭う。そして、心からの言葉をかける。


「わたくしも、陛下を愛しています。もう、逃げたりしません、陛下を信じますわ。」


ようやく、ふたりの心が、重なった。

月明かりの下、二人の影はひとつに重なり、

その愛は、ようやく確かなものとなった。








それから、国王はすべての女たちとの関係を清算し、子供たちと触れ合い、王妃と向き合い続けた。王妃もまた、心の壁を少しずつ取り払い、国王を信じ、愛を返すようになった。二人は少しずつ、傷ついた心を繕うように過ごしていった。王妃は国王に微笑みを見せるようになり、国王は王妃の言葉に耳を傾けるようになった。さらに子供も増え、二人の間の距離は完全になくなり、誰もが憧れるような真の理想の夫婦となったのだった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ