絶体絶命、新たなスキル≪鷹の目≫の獲得
「おいおい、一匹じゃなかったのかよ……」
「そういえばそうは書いてなかった気がする、かな……」
えへへ、と笑うミーナ。
「こういう時は?どうしてきたんだ勇者さん」
「いや~見栄を張ってちょっと難しいの選んじゃったな」
口調こそはいつも通りだが、明らかに余裕は失っている。
先ほどが初戦闘ではあるが、ミーナが先走ったから拍子抜けしてしまった。今が初めての死線。途端に恐怖が襲ってくる。
どうするんだ俺。こんなところで人生終わりって……そんなことありえねえだろ。
「うわっ!」
ミーナに一体突進してくる。何とか剣で守るが、このままではじり貧になること間違え無しだ。
「ごめんね、こんなことに巻き込んじゃって……」
「ん?」
「異世界から来てもらっちゃって、こんなところで……」
「あきらめんの早すぎだろ!」
こちとらまだ魔王軍すら見てねえよ。とはいえまずいことには間違い無い。考えろ、考えろ、考えろ……
反射的に目をつむる。戦場で目を閉じるのは三流。なんかのゲームで聞いたけど、一旦脳を落ち着かせる。
すると、突然頭が冴えわたり、まるで冷たい水が脳内を駆け巡るような鮮明な感覚が走った—―
『スキル《鷹の目》を獲得しました』
「なんだ!?」
声が聞こえた。ここにいるのは何とか守ってくれているミーナのみ。つまりこれは≪新人研修≫……
なんでも良いからそのスキル、発動しろよ!!
すると次の瞬間、森の状況が瞬間的に頭の中に映し出される。
ミーナの位置、狼の動き、木々の配置まですべてが手に取るように把握できる。
まるで世界が一瞬にして盤上のゲームに変わったような錯覚を覚えた。
「ミーナ、左に跳べ!敵は右に回り込んでくる!」
「え!?わ、わかった!!」
無意識に出した指示に従い、ミーナが剣を振りぬく。
狼の動きがぴたりと俺の予想通りになる。
(これが俺の力……?)
じわりと湧き上がる実感に、手がわずかに震えた。
「ミーナ、どうやらなんとかなるかもしれない」
「どうしたの?」
「良いからちょっと俺の言う通りにしてみ」
「……わかった!」
またスキルを発動する。すると……視界の脇に、今の状況を俯瞰した――上からの構図が見えた。
これが≪鷹の目≫。
「全部で狼は五匹!右に一匹!前に二匹!左に二匹だ!」
能力で視界が一瞬で広がった。 周囲の木々の一本一本、草の揺れさえも頭の中に入ってくる。俺の頭の中では次々と、敵と味方の動きがシミュレーションされていく。
どこに動き、どう攻撃すれば勝てるか――まるでゲームのように。
「正面の二匹が囮だ! 本命は左の二匹だ、気をつけろ!」
「了解!」
ミーナが慎重に構え、突っ込まずに様子を見る。良いぞ、冷静になれば、あいつは勇者なんだ。
ファングウルフは予想通り左から大きく回り込み、後ろに回り込もうとした。
「今だ、振り向け!」
俺の言葉を信じてミーナが振り向きざまに剣を振る。鋭い銀の軌跡が狼の胴を捉え、鮮やかに斬り裂いた。
「ギャウンッ!」
一匹が倒れると同時に、残り三匹が唸り声をあげて距離を詰めてきた。
「次、正面から来る奴を左に誘導しろ!」
ミーナが素早く動き、狼の攻撃を躱しながら左へ誘導する。その動きにつられた狼は、互いの動きを妨げ合い、逆に混乱して動きが鈍った。
「そこを狙え!」
ミーナが隙を逃さず突撃し、鋭い二連撃で狼を捉える。
(いける――!)
だが、二匹が倒れると同時か、すぐに残された狼が俺に向かって突進してきていた。
「しまっ……!」
避けようにも足が竦み、動けない。俺が戦うしかない、でも……何も……死を覚悟した瞬間、
「ハルキ!」
ミーナが間一髪で俺を庇い、狼を剣で弾き飛ばした。だが体勢を崩し、彼女は尻もちをつく。
「くっ……」
「ミーナ、大丈夫か!?」
彼女の肩から血が滴っているのが見えた。 ミーナが剣で狼を受け止める刹那、彼女の顔には今まで見たことのない必死さが滲んでいた。
普段はあれほど明るくお気楽に振舞う彼女が、俺を守ろうと必死になるそのギャップに、俺は強い衝撃を受けた。
俺の判断ミスだ。激しい後悔を感じながらも、腰から剣を引き抜いた。
「ハルキ……!」
ミーナの不安そうな目が俺を見上げる。
(今度こそ間違えない……!)
冷静になれ。敵の動きは読めるんだ。
ファングウルフが再び俺に襲いかかる瞬間、俺の意識はクリアになった。
「落ち着け、敵は必ず回り込む。しかも、右が多い。――なら!」
ファングウルフが飛びかかった瞬間、俺は体を半歩だけ横にずらし、勢いよく剣を右にぶん回した。
「ギャンッ!!」
自分でも驚くほど綺麗に刃先がファングウルフの喉を裂いた。狼は地面に倒れ、そのまま動きを止める。
「やった……?」
信じられないが、俺自身の手で倒したという事実に一瞬、震えるような興奮を覚えた。
「す、すごいよ!やっぱり、才能あるよ!」
ミーナが驚いたように俺を褒める。初めて命をこの手で奪った。終わった——はずなのに、胸の奥で何かがぐるぐると渦巻いていた。
生きるか死ぬかだった。でも、それを理由にしてしまっていいのか?
「……っ」
息が詰まる。胃がひっくり返るような感覚に、思わず口を押さえた。
「ちょっと待ってくれ……」
足早に草陰へ駆け込み、胃の中のものを吐き出す。
喉が焼けるように痛い。えずきが止まらない。
どれくらいそうしていただろうか。ようやく呼吸を整え、顔を上げ、先ほどいた場所に戻る——
「……大丈夫?」
ミーナが立っていた。
ただ、まっすぐな瞳が俺を見ている。
「う、大丈夫」
かすれた声がやけに小さく響いた。
「そっか。」
それだけ言って、ミーナは俺の横を歩く。
その沈黙が、今はありがたかった。
今はまだ複雑な感情だが、生き死にについて言っている状況では無いことはわかっている。
戦うしかないか……
俺はようやく安堵と、この先を憂う息を吐いた。
「やったね、ハルキ!これでクエスト完了だよ!」
俺を気遣う為なのか、大げさに喜ぶミーナの姿に、俺は安心とともに、この世界で生き抜く可能性を感じ始めていた。
――だが同時に、自分の役割が想像以上に重いことも、ぼんやりと理解し始めていた。