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初仕事は狼退治

 昨日、ギルドへの冒険者登録、パーティ登録を済ませた。職業は勇者護衛。そういう職業が公的にあるんだな。

 ともかく朝、昨日の宿『赤熊亭』の一階にある酒場で軽く朝食を済ませた俺たちは、宿屋の前に出ていた。町は朝の活気に満ちていて、露店の店主が威勢よく商品を並べ、通りを歩く冒険者たちが今日の仕事に向かって足早に去っていく。

 俺はその光景をぼんやり眺めながら、異世界に来たという現実を改めて噛みしめていた。ちなみに俺は用意されていたこの世界の服に着替え、ミーナのより一回り小柄な剣を腰に携えている。ショートソードってやつだろうか?一見重そうに見えたが、割と軽く、振り回すことが出来た。


「ふぁー、いい天気! 絶好の冒険日和だね、ハルキ!」

 

 隣を見ると、ミーナは気持ち良さそうに両手を上げ、大きく伸びをしている。俺は案の定2階より下がうるさくて寝つきが悪かった。つられて俺もあくびをする。

 彼女ののんきな笑顔を見て、俺は少しだけ心が軽くなった。しかし、次に彼女が口にした言葉は、その穏やかな気分を吹き飛ばすものだった。


「じゃあ、今日は新人研修ということで魔物討伐です!」

「いや、ちょっと待ってくれ。研修っていうには内容が重くないかい?」

「まあ、勇者だし?」

「……ブラックバイトだこれ。」


 異世界に来たばかりで、右も左もわからない状態の俺に、ミーナは軽いノリで「魔物討伐」と言ってのけた。昨日も聞いた内容だったけど、普通新人には簡単な仕事からやらせるもんじゃないのか?


「大丈夫大丈夫!私がいるし!」

 

 胸を張るミーナ。しかし、昨日の盗賊騒動を思い返すと、彼女が強いことは分かったが、正直、妙に単独行動が目立つ。騎士団が到着する前に、全部片付けちゃったのも、「周りを待つ」という発想がなかっただけじゃないのか?仲間がいなかったからそうなったのか、そうだから仲間が出来なかったのか、まあ、考えていても意味は無い。


「まあ……やるしかないか。」


 ぼさぼさの頭を掻きながら俺は独り言を言った。異世界に来た以上、帰るためにも金を稼がなきゃならない。逃げ道はない。

 『赤熊亭』は酒場兼宿屋兼冒険者ギルドらしく、依頼もそこで受注できるシステムになっているらしい。受注したら仲介料を払い、契約成立ってやつ。雇用側も仲介料をギルドに払っているそうだ。

 

 「で、今回の獲物は何ですか雇用主様」

 

 店主達が露店に商品をひたすら陳列しているのを横目に、俺たちも他の冒険者に混ざって石畳の道を歩く。大量の冒険者が歩く道は、元の世界の通勤時間と大差無い。そう思った。

 

「ターゲットは《ファングウルフ》!この辺じゃよく出る魔物だよ!」

「ふむ、見た目はどんな感じなんだ?」

「えーとね、ちょっと大きめの狼!」

「いや、その説明ざっくりすぎない?」

 

 ミーナの雑な説明に不安を覚えつつ、ターゲットのいる町の北にある森へと進む。遠くまで行く際には馬車を使うらしいが、今回は近場なので徒歩とのこと。とはいえ、昨日は気付かなかったが、結構この町は広く、町を抜けるのにもそこそこ時間がかかる。

 

「お疲れ様です!」

「お、お疲れ様です」

 

 町の出口(兼入り口)の門番に声をかけ、俺たちは町から外に出た。


「うっおぉぉー・・・・・・」

 

 草原に足を踏み入れた瞬間、異世界の風が俺の頬を撫でた。

 町から伸びる石畳の道は次第に土の道へと変わり、やがて草原へと続いており、露店に向かう仕入れ業者の馬車が往来している。

 そこから目を外すと見渡す限り、なだらかな丘陵が広がり、一面が金色と緑の絨毯のように輝いている。風に揺れる草花は、まるで波のようにうねり、時折、青白く光る小さな花が混じっているのが見えた。それが風を受けるたびに、ほのかに光を放ち、まるで夜空に散る星のようだった。

 遠くでは、巨大な鳥の影が大空を優雅に旋回している。翼を広げたまま、滑るように飛ぶ姿は、地球では決して見たことのないものだった。羽ばたくたびに、陽光がその羽の間を通り抜け、虹のような輝きを作り出している。


「……まるで夢の中みたいだな」

 

 目の前の光景があまりにも美しくて、俺は思わずつぶやいた。

 耳をすませば、せせらぎの音が聞こえる。町に流れていた水路の続きだろうか。澄んだ水の音に混じって、小さな生き物たちの鳴き声が重なる。カエルのような、それでいてどこか金属的な響きを持つ鳴き声や、風に乗って転がるような音を立てる不思議な虫たちの羽音。すべてが異世界のものだと理解させられる。


「ハルキの世界とは違う?」

 

 隣でミーナが無邪気に笑う。昨日の言葉と同じだが、意味合いは違う気がする。


「全然違うな」

 

 そう、綺麗すぎるんだ。まるで物語の中の世界みたいに。

 しかし、そんな幻想的な景色の向こう側に、俺は気づいた。草原の遠方、ほんの小さな点のような存在。巨大な四つ足の獣が、こちらに背を向けてゆっくりと移動している。背中には、樹木のようなものが生えているのが見えた。まるで、大地そのものが動いているかのようだ。

 俺がじっと見ていたのがわかったのか、ミーナが指さして言う。


「あれね、《テラバック》っていう草原の守り手みたいな魔獣なの。何百年も生きるんだって!」

 

 テラバック――大地を背負う獣。異世界にいる実感が湧き上がり、心臓がどくんと大きく跳ねた。

 俺は、風を感じながら、もう一度、深く息を吸い込む。

 草の香りに混じって、どこか甘い花の匂いが鼻をかすめた。これは夢じゃない。本当に俺は、異世界に来てしまったんだ。

 

「じゃ、行こっか」

「ああ」

 

 ミーナに声をかけられるまで、俺は完全に物語の中に入ってしまっていたようだ。我に返り、ミーナの後を追った。

 俺の緊張がミーナにも伝わったのだろうか、森まではしばらく無言で歩き続けた。森が近づくにつれて木々の密度が増し、徐々に周囲の景色が薄暗く変化していく。陽光は葉の隙間を通り抜け、ところどころ地面に淡い模様を落としていた。町の賑やかさとは違い、この辺りには独特の静けさと緊張感が漂っている。


「ここからが討伐地の森だよ。魔物も出やすいから気をつけてね!」

 

 ミーナは軽い口調で言ったが、そんなに簡単なものではないはずだ。魔物という未知の存在への不安と緊張が、俺の心を重くしている。初めての魔物討伐――ゲームや物語では憧れのシーンだが、現実となるとまったく話が違う。

 俺は腰にぶら下げているショートソードの柄を軽く握り、汗ばんだ手のひらをズボンで拭った。


(本当に俺なんかがやれるのか?)

 

 弱気な呟きは、森の入り口を吹き抜けた風にさらわれて消えた。

 一歩森の中に足を踏み入れると、肌寒いほどの冷気が俺を包んだ。草原の爽やかさとは対照的に、そこは薄暗く、じっとりと湿った空気が漂っている。枝葉が頭上を覆い隠し、鳥の鳴き声さえも遠く感じられた。足元には枯れ葉や小枝が散乱し、歩くたびに小さな音を立てて不安を煽る。


「なんか、不気味だな……」

 

 俺がつぶやくと、ミーナも神妙な顔で頷いた。彼女も多少の緊張を感じているようだ。

 その時だった。

 不意に、近くの茂みがガサガサと音を立てて揺れた。ミーナが素早く身構え、俺も反射的に腰の剣に手をかける。茂みに向けた視線の先からは、獣特有の低い唸り声が聞こえてくる。

 そして、赤く光る二つの目が闇の中からゆっくりと現れ、やがてその全貌が明らかになった。

 大きな狼――《ファングウルフ》だ。

 鋭い牙は短剣のように尖っており、唸るたびに粘ついた涎が地面に滴っていた。その姿は、ゲームで見たような可愛らしい狼ではなく、純然たる殺意を宿した獰猛な獣そのもの。

 ちょっと大きめ?どこがだよ。俺くらいあるんじゃねえか?


「きたっ!」


 先ほどまでの緊張した面持ちはどこへやら、ミーナが嬉しそうに剣を抜く。


「……なんで楽しそうなんだよ。」

 こいつは少し戦闘狂の節があるな。

 そんなこちらの気持ちも気にもせず、ファングウルフは低く唸りながらこちらを睨みつけている。背中の毛が逆立ち、まさに飛びかかる直前の動き。


「勇者ミーナ、冒険者ギルドの名のもとに依頼を遂行します!」

 へえ、そういう掛け声があるのか、本格的だな。と思った刹那、体に少し違和感を感じた。

 ん、なんだ?


「ハルキ、後ろ下がってて!」

「えっ、お、おう。」

「相手のレベルは6!ハルキが敵う相手じゃないよ!」

 

 ・・・・・・正論だけどなんか、なんか。まあ良い。戦うのはミーナか。違和感を気にする間もなく、俺は言われるままに距離を取る。


「いくよっ!」

 

 一瞬に思えたわずかな時間、一人と一匹は睨み合う。先に動いたのはミーナだ。考えなし(では無いのかもしれないが)まっすぐに突っ込んだ。


(おいおい、距離を詰めすぎじゃないか?)


 そんな疑問が浮かぶ間もなく、ファングウルフが素早く横へ跳び、回避をする。


「えっ!?」


 ミーナの剣は空を切り、狼はすかさず彼女の背後に回り込んだ。


「ミーナ!後ろだ!」

「えっ、うわっ!」

 

 間一髪で回避したものの、完全に狼のペースだ。明らかに視野が狭い。


「おいミーナ、ちょっと落ち着け!動きが単調すぎる!」

「えぇ!?」


 マジか、こんな戦い方で今までやってきたのか?


「狼は回り込もうとする癖がある!突っ込むな、迎え撃て!」

「う、うん!」

 

 指示を出すと、ミーナは一旦後ろに跳び、剣を構える。

 狼が再び横に動いた瞬間——


「せいっ!!」

 

 横薙ぎの一閃。


「ギャンッ!」

 

 直撃した狼はそのまま地面に倒れ込み、動かなくなった。


「やったぁ!」

 

 喜ぶミーナを横目に、俺は冷や汗を拭う。やっぱりこいつ、戦闘のセンスはあるが、全然周りを見ていない。単独なら勝てても、集団戦では致命的な欠点になりそうだ。


「はぁ……。これからマジで俺が指揮しないとヤバいかもな……」


 走り寄ってくるミーナ。その顔は笑顔だ。

 ――次の瞬間、周りの茂みが全てガサガサと音を立てて揺れた。それが意味する事は1つ、狼は一匹ではなかったということだ。

狼が盗賊より強いのは、なんか現実世界でも野生動物の方が強いと思ったからです。

まあでもベテラン冒険者の方がさすがに強いかと。

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