一応勇者なのでそこそこ強い
とりあえず色々説明するから付いてきて!と言われ、教会から外に出た俺の目に映ったのは、まさに異世界としか言いようの無い光景だった。
石畳の道が続き、左右にはレンガや木で作られた家並みが立ち並んでいる。どの建物も屋根は三角形、なんの意味があるのか、色とりどりの布が窓辺にかかっていた。
小高い丘にはここら辺のとは違う立派な家が並んでいる。さらにその中心にはひときわ目立つ大きな館がそびえ立っており、貴族が住む地域であることがうかがえる。
「どうしたの?行くよ?」
呆然としていた俺に、ミーナが声をかける。
「お、おう」
返事をした俺は歩みを進める。
「つーか俺裸足なんだけど」
「後で靴も渡すから。我慢我慢」
我慢できるものでもない気もするが……まあ、街並みに視線を戻す。道の真ん中には水路が流れ、小さな橋がいくつもかかっており、子供たちが橋の上から水面を覗き込み、手を伸ばして遊んでいる。
また、違うところからは走り回り、大人に怒られる子供の声がする。
子供も多い、平和だな。と、のんきに思ったところでバイトの内容を思い出す。
「ハルキのいた世界はこうじゃないの?」
「人から道まで違うな」
「ふーん、魔法とか無いの?」
「魔法、魔法あるのかこの世界?」
あるよ、と言ったミーナが指を指した先には、宙に浮くランプや、箒が並んだ店があり、ローブを着た少年が興味深そうに眺めている。
うーん、異世界、か。魔法まであるのか。
魔法道具屋を皮切りに、市場の通りに入ったらしく、屋台や露店で通りが埋め尽くされている。色とりどりの果物や野菜が山のように積まれている横には、赤や黄色の香辛料らしき粉が袋に詰められ、異国の香りを漂わせている。
どこかから聞き覚えの無い(例えるならハープだろうか)楽器の音色が聞こえてくる。かと思えば魚屋から威勢の良い声が聞こえる。
そこはどこの世界でも変わらないんだ、と少し笑い、歩みを進める。
また少し歩みを進めると、屋台が多く立ち並ぶエリアにやってきたようで、香辛料の効いた香りが漂ってくる。見ると肉の串焼きが焼かれ、ジュウジュウと音を立てていた。
そういや、もう少しで昼飯の時間だったな……。
「欲しいの?」
「うわっ!!」
俺は無意識的に立ち止まっていたようで、ミーナの声に少し驚いてしまった。
「良いよ、買ってあげる」
とてとてと屋台に近づき、おじさんに声をかけて手際よく銀貨を渡す。戻ってきたミーナの手には熱々の串焼きがあった。
「はい、どうぞ!」
「お、おう……」
押し付けられた串焼きは、香ばしい匂いと共に湯気を立てている。
なんの肉だろうか。見た目では全然わからない。すでにミーナが美味そうに頬張っているのを見るに、変なものでは無いのだろう。
かぶりつくと、ジュワッと肉汁があふれ、香辛料の効いた味が口いっぱいに広がった。
「うまっ!」
「でしょでしょ? この町の屋台、結構レベル高いんだよね!」
なんの肉かはわからないが、豚肉に似ている。でも……なんだろう? ちょっと違う気もする。
「なあ、これって……」
「豚の肉だよ!」
ミーナが当然のように答える。 豚肉で良いのか?
俺は改めて串焼きをまじまじと見つめた。≪相互言語理解≫の影響で「豚肉」として聞こえるけど、実際にはこの世界独自の生き物なのかもしれない。だとしたら、この世界の豚ってどんな姿をしてるんだろう? 日本の豚と同じなのか、それとも……
異世界の食べ物のはずなのに、なんとなく馴染みのある味に感じてしまうのは、スキルのおかげなんだろうな……。
「そういや、これって経費で落ちるのか?」
「え? なんで?」
「いや、俺バイトで雇われてるわけだし、経費とかそういうのあるのかなって」
「……考えたことなかった!でもそういうのは無いと思うよ」
うん、やっぱりブラックかもしれない。この仕事。
そんな会話をしていると、突然、通りの向こうから怒鳴り声が響いた。
「待てぇぇぇぇぇ!!」
振り向くと、フードを被った人影がすごい勢いで駆けてくる。その後ろには、血相を変えた店主風の男が必死に追いかけていた。
「あっ、盗賊だ!」
「勇者ってこういうの取り締まるのか?」
「うーん……本当は騎士団の仕事なんだけど……」
ミーナが呟いた瞬間、盗賊の男はこっちに向かって突っ込んできた。
「わっ!」
反射的に避けると、スリはよろけて地面に転び、袋から大量のリンゴが転がり出る。
「あーあハルキが避けるから……」
「お前ら……よくもやりやがったな!!!」
いや、避けなくても俺らにぶつかってたじゃん。
「くそっ……!」
盗賊は慌てて起き上がり、俺らに向けてナイフを向ける。しかし、その前にミーナがすっと剣の柄を握る。
「やめといた方がいいよ?」
「……くっ」
ミーナの気迫に押されてか、盗賊は動きを止める。下がって、ハルキ。とミーナに言われる。こんな少女に守られるってのも情けないなと、少し考えたけどおとなしく後ろに下がる。
追いかけてきた店主が息を切らしながら叫ぶ。
「お、お前、許さんぞ!」
「……チッ」
自棄になったのか、盗賊はミーナに向かって突進してくる。
「ミーナ!」
「心配しないで、私一応勇者だから」
ミーナが妙に嬉しそうに言うが、言いたいのはそれじゃない。
「そうじゃなくて!もう一人!」
屋台の屋根からもう一人の仲間が飛び込んでくる。持っているのは同じくナイフ。
「くそっ!」
反射的に飛び出す。俊敏は3あるんだ。勝てない相手ではないはず。
「大丈夫」
ミーナはそう呟くと、落ちてきた男をひらりとかわし、そのまま腕を掴み、正面の男に投げ飛ばした。
「おお……」
思わず俺の口から声が漏れる。見た目によらず意外と強い。やれることあるのか?俺。
気絶した男たちにおとなしくしていて、そのうち騎士団も来るから。ミーナがそう言うと、周りの店や雑踏から歓声が上がる。まあ、かっこいいよなぁ。
少しの間そうしていると、名乗らなくても騎士団だということがわかる、槍を携え、いかにも西洋風の銀色甲冑に全身を包んだ一団が駆け寄ってくる。
「勇者様!お疲れ様です!このような仕事までしなくても良いですのに」
「いえいえ良いんです!たまたまだったんで!」
盗賊を引き渡したミーナがこちらに戻ってくる。
「お待たせ!まあこういうこともたまにあるよ」
「凄いんだなミーナって……少し舐めてた」
「えっ、それってどういうこと!?」
頬を膨らませて拗ねるミーナ。もっと戦闘もポンコツだから仲間が欲しいのかと思っていました。はい。
さらに10分くらい歩いたところで、ミーナがこちらに向き、建物に向かって手を伸ばす。
「着いた!ここが目的の場所、町の名物酒場、『赤熊亭』だよ!」