闇バイトではなく、光バイト
「……起きた?」
聞きなれない女の声に、俺はゆっくりと目を開ける。
目の前にいたのは、ふわりと柔らかいくせっ毛を二つに結んだ少女。ピンク色のリボンが揺れる髪は肩の少し上で軽やかに跳ねている。瞳はきらきらと輝く水色。背丈はそこまで高くないが、どこか凛とした雰囲気をまとっていた。
服装はピンクと白を基調とした冒険者風の装い。白いブラウスは袖口に細かな刺繍が施され、七分丈になっている。肩周りには軽く装飾の入った短いケープがかかり、動くたびにフリルがふわりと揺れる。その上から、ピンク色の編み込み模様が入ったレザー製のコルセットがしっかりとウエストを引き締めている。
下は動きやすいショートパンツ。丈は少し短めで、サイドに白いレースがさりげなく飾られている。その上から、スカートのように見える前掛け風の布が巻かれており、ピンク色の布地に金の装飾が施されている。それは動くたびにふわっと揺れ、見た目の可愛らしさを演出していた。
腰には銀細工が施されたベルトを巻き、そのサイドには細身の剣が吊るされている。鞘は淡いピンク色で、柄には白い革紐が巻き付けられ、柄頭には桜色の宝石が埋め込まれていた。
足元は白のニーハイソックスに、ピンクの編み込みが入ったレザー製のショートブーツ。しっかりとした作りでありながら、装飾の小さなリボンがワンポイントになっている。全体的に機能性と可愛らしさを両立した装いで、まるでファンタジーの世界に生きる少女騎士のようだった。
可愛い……いや、違う違う。あれ、おかしいな。俺は自室でバイトを探していたはず……
「やった! 本当に来てくれる人がいたんだ!!」
「はい……?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ少女。それを見ながら現在の状況をロードする俺。
数秒かかったが、ようやく周りが見えてきた。この子の声も聞いたことがあった。メッセージの子だ。
そこは巨大なステンドグラスから色とりどりの光が差し込む石造りの教会。厳かな雰囲気を放っているが、だれもいなく、そこにいるのは精巧な彫刻だけだ。ガランとした広い空間は静かで、現実離れしている。まるでファンタジーゲームの世界に飛び込んだような……
「え、なにここ?どこ?」
「ここはエルフェリド王国、ゴドリの町にある教会! そして私は勇者兼あなたの雇用主のミーナ! あなたは募集を見てきてくれたんだよね?」
「……あー」
マジかよ。あの求人、本物だったのか……異世界に行くなんて嘘だと思うじゃん。
眩暈がしそうだ。頭を抱えて下を向く。あー、魔法陣があんじゃん。これできたのか、俺。
「どうしたの? 転送の不具合?」
「いや、そうじゃなくて……冗談かと思っていたっていうか……」
「冗談じゃないよ! 本当に来てくれるか不安だったんだから! でもこれでやっとパーティが組める!」
「パーティ……」
ミーナは満面の笑みで俺の手を握った。
「うん、あなたは私のパーティの一員! 仲間!」
「いやいやいや!!!」
突然の出来事に彼女を作れたことのない俺は、慌てて手を振り払う。
「待って待って待って! バイトで異世界転生ってそんなの聞いてないんだけど!!」
「え、魔王討伐のバイトだよ?」
書いてあったよね? と、きょとんとした顔でミーナが首をかしげる。
うっ……まあ確かに勝手に冗談だって思ってしまった俺も悪い。でもほんとに異世界に来るなんて聞いてないし!
「ほら、まだ面接とかしていませんし、履歴書とかも……」
「いらないいらない!君みたいな男の人って時点で頼りになりそうだもん!」
なんだろう、根拠の無い自信。ほっといてはいけないぽんこつ臭がそこはかとなくするんだけど。
俺も男子だ。こういう世界に興味が無いわけじゃない。でもそれよりさ!
「俺のスキル!なんだよあれ!雇用主が死ぬと俺も死ぬってさ!!!」
「あー、それなら大丈夫大丈夫!私!強いから!」
胸に手を当てて得意げな顔。いや……信じられませんし。
「帰る手段とか……ありますでしょうか?」
「一応契約に魔王を倒すまでって書いてあったと思うけど」
「つまり?」
「今は帰れない。というかそのー……そういう魔法だから、契約魔法っていうものを使ったから……」
終わったー……読んでなかった俺も悪いけど、逃げられねえじゃんか……
もう諦めるしかないんだろうか……まあ、ほら、日給一万円だし。
でも帰れないんだったら時給にしたらすっげー安くない?気のせい?
「お願いします!私、勇者に選ばれたんだけど、全然仲間が出来なくて、ここの町にも一人で来たの。このままだと心細くて……」
最終手段として使ったの。と、勇者というには信じられないような少女が、うるうるとした瞳でこちらを見つめてくる。別にいじめたいわけじゃないし……
「だー!もうわかったわかった。バイトしますよ雇用主様。その代わり、きっちり代金はいただくからな」
「ありがとう! それじゃ、これからよろしくね!」
喜んだ勢いで抱きしめてくるミーナ。妙に危なっかしい勇者、これにも慣れないとダメか……
えーっと名前は、と言いながら書類らしきものを覗く。
「ハルキ……うん、よろしくね!ハルキ!」
首を少し傾げ、笑顔を向けてくる。
「ところで、雇用契約書とかはあるのか?」
少し恥ずかしくなり、俺は顔も話題も逸らして聞く。
「なにそれ?」
うん、まあだと思った。闇バイトだこれ。
「勇者のお仕事だから光バイトかなって?」
「そういうことじゃねええええ!」
誰もいないかと思った教会だったが、俺のその声で髭の生えた神父がひょっこり奥の扉から顔を出した。
「あ、ども」
会釈をした俺は、この先の事を考えしばらく顔を上げることが出来なかった。