ごめんなさいの理由
どうして、こんなことになったのかしら。
“井澤要”という人間の住む部屋で、窓の外を眺めながらため息をつく。
この窓の外の、世界のどこかで私はママと暮らしていた。
『森の猫』にママのこと話した時に涙がこぼれたのは、私は”悲しい”と感じたのだろうか。
正直なところ、『森の猫』に会えば、私のバカげた考えも変わると思った。
けれど、どこかで、猫神様というお役目から外されるんじゃないかとも期待した。
何日も一匹、森の中で、どこへ行けばいいのかもわからずにうずくまって。
このまま、その時が来るまで隠れていようかとも考えた。
ママと初めて会った時もそうだった。
私は、木の陰で誰にも見つからないように、小さな体を丸めて身を隠していた。
転生することが決まった時に、猫神様は“ここでじっとしていたら出会うべき人間に出会う”と言ったからだ。
母猫は、えさ場を捜して、もう2日も帰ってこない。
生後6か月の身体は栄養が足りていないせいか鳥にも狙われるような小ささだ。
さすがに、喉も乾くし、空腹だ。
いったん、母猫を捜しに行くべきか、とどまるべきか悩んだ。
そのとき、
「猫ちゃん、あなた一人なの?ママは居ないの?」
と、一人の人間に話しかけられた。
やっと来たか、と私は安心した。
もう、クタクタだ。
人間は、自分が着ていた上着を脱ぎ、すっぽりと包み込んだ。
「私とお家に帰りましょう」
人間が歩くたびにゆらゆら揺れる。
気持ちが悪い・・・。
早く解放してくれと、そんなことばかり考えていた。
ガチャガチャ。バタン。
「お帰り。猫を拾ったって?」
人間の男が近寄って来た気配がした。
「ごめんね。ほっておけなくて。メールで書いたケージなんだけど」
「寄せ集めって感じだけど作っておいたよ」
いろいろと人間同士で話している。
なんでもいいから、早くここから出して餌をくれ。
「猫ちゃん。ここに入ってね」
そういって、ケージに移されて驚いた。
とてつもなく広い“住処”が用意されていた。
「短時間で上手く作ったね。これ100均?」
「そうそう、結束体で繋げて縦にも広げてみた。猫って登れる方が良いってネットに書いてあったから」
「わぁ、ありがとう。良かったね、猫ちゃん」
2人の人間の間では何も言わないが、飼う気になっているようで、待っていた相手が来たのだと感じた。
水と餌がケージに入れられた。
「猫ちゃん。明日、病院に行こうね」
病院?どこもケガしていないぞ。おかしなことを言う。
用意されたフードは柔らかいウェットタイプで食べやすかった。
まぁ、私の飼い主になるんだから、これくらいの気遣いは出来ないとね。
食事を終えて、さっきまで、茂みのなかで小さく縮こまらせていた身体を前後にストレッチした。
「可愛い~。そんなちっちゃな身体で伸び~するの?」
人間の女がケージの外からずっと覗いている。
落ち着かないんだが・・・。
隅っこに身体を寄せて座っていると、
「落ち着かないのかな?」
そう言って人間の男が、携帯電話で何かを調べ始めた。
しばらくして、人間の男がケージに布をかけてくれた。
二年だ。二年の我慢だ。私は自分に言い聞かせて、眠りについた。
良い匂いがして起きると、エサが用意されて水も替えてあった。
よしよし。食べることには困らない家にこれた。
さっそく餌をたいらげて、毛づくろいをしていると、人間の女が近寄ってきて、
「良い子ね~」
と、猫用のキャリー鞄に私を移した。
この家から別の場所に移されるのか?
飼い主になるのはこの二人じゃなかったのだろうか。
そわそわと落ち着かなくなってきた私は、にゃおっと声をあげて鳴いた。
「大丈夫よ。一緒にいるからね」
と、人間の女は言う。
外が見えないようになっている。
しばらくして、明るい場所に出された。
銀色の台の上に載せられ、お尻の部分がチクリと痛んだ。
再び鞄に戻される。
何だったんだいったい。
人間の家に戻ってきた時には、身体がだるく重かった。
あとで知ったが、これがワクチンというものだそうだ。
ケージに戻り、水を飲んだ後は、寝て過ごした。
3日目、人間の女が言った。
「あなたが居たところに、兄弟やママが居ないか捜したんだけど見つからなかったの」
それはそうだ。
兄弟たちは母猫と共にえさ場を求めて移動した。
なんだ、わざわざ捜してくれていたのか。
一緒に暮らした方がよいだろうと考えるのは人間らしいな。
「ねえ猫ちゃん。あなた、うちの子にならない?」
ケージの外から人間の女が笑いかけた。
私の返事を待つ間もなく、
「今日から、私がママよ。で、彼がパパ」
と人間の女が、男を指さし嬉しそうな声で話した。
この日、私に人間のママとパパが出来た。
「名前を決めないとね。白いからシロとか、ふわふわだから・・・」
ケージの前にゴロンと寝そべってママが、いろいろ言っている。
「あ!ひらめいた。プラムってどうかしら。梅の花が咲く時期に出会ったからプラム」
「良いんじゃない」
パパも私に“プラム”と話しかけてきた。
プラムか。悪くない。
そのあと、初めて風呂というものに連れていかれた。
温かい水の中につけられて、ぬるぬるにされる、最悪な儀式だ。
「わぁ。プラム真っ白だったんだ」
ママが、ドライヤーをかけながら声を大きくしてパパに話しかけた。
「毛も長いね~」
ママがブラシを通し、パパが私の写真を撮り始めた。
「可愛くとれたぞ」
「猫のお姫様みたい」
ママもパパも嬉しそうだ。
人間って、変なことで喜ぶんだな。
私が、なんでもおとなしく従う事もあってケージは取り払われ、家の中を自由に歩き回れるようになった。
人間の家の中は300年猫をしてきて初めてのことだった。
色んなものが目新しく、好奇心をくすぐった。
パパは、昼間は会社というところに居るらしい。
ママはパートだが、私が来てからプラムが心配だと休んでいるようだ。
夜になると、パパは新しいおもちゃを買って帰ってくる。
ママはそれを見て、そんなにたくさんどうするの?と怒っている。
私は、エサを食べて、おもちゃで遊んで、他の動物から襲われる心配のない場所で眠る。
これが、飼い猫か。
ママは、プラムに出会えて幸せだと言う。
パパも、プラムを天使だという。
きっと、“当たり”の家なんだろう。
昔、ひどい飼い方されたと、ぼやいている猫に、王国で会ったことがある。
その話を聞いて、飼い猫になんかなるもんかと思ったが、猫神様が、一度は飼い猫を経験するのも悪くないと言ったのがわかった気がした。
でも、テリトリーが狭いのは確かだ。
自由も決められた中にしかない。
どちらがいいかは、猫によるだろうなと、思った。
ママがプラム日記をつけると言い出し毎日私の写真を撮って、SNSというものに投稿するようになった。
パパも、会社にいる間のプラムの様子が見れて嬉しいという。
なんだか、本当に、外猫をしている時のことを思い返すと緊張感のない生活だとつくづく思う。
ママは、変な歌を歌う。
プラムの歌だ。
「可愛い可愛いプラニャンコ~」
最初のころは、何だそれって思ったけど、最近は歌わない日があるとママが元気がないのかと心配になった。
家の庭にも出るようになった。
いつも花がたくさん咲いていて、土のにおいがする。
ここで、虫と遊んだり、かくれんぼしたりするようになった。
キッチンは、カウンターの真ん中が私の定位置だ。
ママとパパは両隣で食事をする。
寝るときはパパの枕元が私の場所だ。いびきがうるさい時があるが、寝相の悪いママよりましだ。
猫モデルに採用された時のママの喜びようは、すごかった。
家じゅうを声を上げて走り回っていた。
毎日が新しいことと、同じことの繰り返しで、私も喜んだり、パパとママに怒ったりした。
二年たって、王国へ帰る日が近づいた事がすぐにわかった。
身体が重く、息苦しく何も食べる気がしない。
パパもママもそんな私をすぐに病院へ連れて行った。
余命2週間だと話している。
パパもママも驚き、とても悲しんでくれた。
私には、悲しいという気持ちはわからない。
怒りとは違うものなのだという事はわかるが寂しいとも、苦しいとも違う、悲しいという感情は難しい。
パパもママも写真を撮らなくなった。
ママは泣いてばかりだ。
ママ、プラムは王国へ帰るだけなのよ。
猫神様っていうお役目をもらうの。
今まで、とっても頑張って来たのよ。
300年の間に、たくさんの子猫も生んだわ。
外猫のリーダーに、なったこともあるのよ。
とても、優秀な猫だって有名なのよ。
どうして、泣くの?
パパとママのお家に来れて、知らないことをたくさん覚えて、プラムは良い猫になれたと思う。
ママはいつも一緒にいてくれた。
嫌なことなんて何もなかったわ。
ママが泣くのは、プラムが悪いことしたのかしら。
言ってくれないとわからないわ。
どうしてごめんなさいって言うの?
プラムは何も怒ってないわ。
ママ、私そろそろいくね。
パパによろしく。
私は静かに目を閉じた。
ママは、私の手を優しく握っている。
あたたかいママの手。
「プラム。ママを置いて行かないで。こんなのあんまりだわ」
ママの声が遠くで聞こえる。
「・・・虹の橋でママを待っていてね。ママは後から必ず行くから」
ママ、お約束は出来ないの。
だって私は猫神様になったらお城から出ていけない。
ママが来てもプラムは居ないわ。
居なかったら、またママは泣くのかしら。
悲しいっていう気持ちになるのかしら。
虹の橋で会えたら、“ごめんなさい”の意味を教えてくれる?