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叶わずの約束

『森の猫』を捜すという僕にレオンが露骨に嫌な顔をした。

「なんのためにだ」

「プラムの為にだよ」

 こうなったら、やれるだけやってみたい。

 僕の体には影猫入れて頑張ってるんだ。

 中途半端なままじゃ帰れない。

「あれもダメ、これもダメばかりじゃダメなんだよ」

 レオンの眉間をみると毛が三本川に割れている。

 人間でいうところの、眉間にしわが寄っている状態だろう。

 モフモフだと可愛く見えるから不思議だ。

 リアルな世界で年上のおじさんから眉間にしわを寄せられて睨まれたら、絶対可愛いとは思えない。


 僕は大きな声を出してプラムに呼びかけた。

 きっとまだ近くにいるはずだ。

「プラム!『森の猫』を一緒に捜そう。きっと見つかるよ」

 何度も呼び続けた。

 木の茂みも捜した・・・が、出てこなかった。

 ダメだ、時間が無い。

「レオン!とりあえず僕たちだけで『森の猫』を捜すんだ」

 げーっとレオンが舌を出して嫌顔をする。

 どこで覚えたんだ・・・。

 こうなったら猫神様に頼むしかないか、と考えていると

「猫神様を便利屋のように使うな」

 レオンがしっぽを大きく振ってみせた。

「・・・レオン。前から聞きたかったんだけど、僕の考えてることってわかるの?」

 どう考えてもそうとしか思えない。猫神様といい、タイミングが絶妙すぎる。

「魂の声は聞こえるものだ」

 しれっと、当たり前のように言う。

「え!それってみんなそうなの?」

 と思いながらも、真実を知るとやっぱり怖い。

 だれかれかまわず、僕の頭の中が見えてしまっているのか。

 モフモフで可愛いとかレオンに思ったことが聞こえてるってことだ。

「一部の猫だけだ」

 やっぱりか。

 昨夜、猫神様のそばで寝たいとか、可愛いより美人系だとか考えていたことが伝わってるってことだ。

 本当に、やめてくれ。先に言ってくれよ。

「お前は本当にウジウジうるさい」

 言葉通りウジウジ落ち込んでいる所にレオンがとどめを刺してきた。

「はぁ。こんな僕のこと、僕が一番嫌いだよ」

 あれ、何の話からこうなったんだっけ?

「そうだ、レオンは『森の猫』の居場所がわかってるってことなの?」

 猫神様に聞こうとして止められたんだった。

 ってことは、レオンが知っている可能性は高い。

「遠くは無い」

 やっぱり知ってた。

 なぜ、プラムに教えてやらないんだ。

「教えてもたどり着けんだろ」

 あ、また考えを読まれた・・・。

 これ、しゃべらなくても会話できるレベルだよね・・・。

「どうして?」

「猫の行動範囲がそこまで広くないからだ。匂いをたどると言っても会ったこともない猫同士だ。まず無理だろう」

そうか、だからプラムは同じような場所で何日もとどまっていたんだ。


「ねぇ!プラム!聞こえたよね。一緒に行こう」

 僕の声が森の中に響いた。

 置いてけぼりにするなんて、やっぱりできない。

 がさがさっとプラムが飛び込んでいった茂みから音がした。

 やっぱり、まだ近くにいたんだ。

 茂みに向かってもう一度話しかける。

「プラム。そう遠くないらしいし、僕の足なら夜には会えるかもしれないよ」

 茂みから、ぷすっと可愛い顔が出てきた。

「抱っこしてあげようか?」

 というか、抱っこさせてほしい。

「抱っこは嫌よ。猫リュックで前持ちして」

 めちゃくちゃ具体的な要望だ。

「いいよ。どんな猫リュックなの?出せる?」

 なんだか急にプラムとの距離が縮まったぞ。

 茂みから出てきたプラムは得意げに猫リュックを出した。

 ふふん。と、ちょっと偉そうだ。

 だが、確かに感心できる出来上がりだ。

 チャックの持ち手部分が猫のチャームになっていて、のぞき窓も猫耳が付いている。

 ピンクと白の二色で可愛い。

 プラムにぴったりの猫リュックだ。

 生きていたころに使っていたリュックなのかもしれない。

 僕は、プラムのSNSを思い出していた。

「自分で入るから、開けてくれるかちら」

 やっぱり、態度がビックだ・・・。

 でも、ちっちゃい口で一生懸命に、おしゃべりしてる感じが可愛さを増幅させる。

 ツンデレ系だなと思いながら、僕は、プラムに言われるまま猫リュックの上部を開けた。

 リュックがでかくてプラムは飛び込めなかったので、抱っこして手伝おうとすると、

「あたち、触られるの嫌いにゃの!」

 と、爪をたてられた。

 なんか、ちょっと落ち込むなぁ。

 プラムは、よちよちよじ登ってしっぽを大きく振り回しながら何とかリュックに入ることが出来た。

 そんな姿も、可愛い。

 前持ちってこういうことかな?

 両腕をリュックに通し胸のところで抱えるように持った。

 なるべく揺らさないように気を使った。

「レオン、君は・・・」

 と言ったと同時に僕の肩にポンと、いや、ずっしりと乗って来た。

 まあ、そうなるよね。

 猫タクシーの完成だ。

 よし、準備万端。

 猫を二匹背負い、辺りを見渡した。

「レオンどっちへ行けばいい?」

「川沿いを上れ」

 川を前足で指して示した。

 道は平たんで歩きやすい。

 川の水も澄んでいてきれいだ。

 僕は、『森の猫』に会えた時のことを考えていた。

 レオンの話なら、猫神様になってくれと言っても断られるだろう。

 プラムは、『森の猫』にはっきりと断られたら諦めて猫神様になるのだろうか。

 諦めて・・・そんな気持ちで、400年は長いよな。

 そもそも、プラムの考えをまだ聞いていない。

 どうして猫神様になるのが嫌になったのか、レオンも僕には話さないし。

「ねぇ。プラム。聞いていい?」

 リュックの上部の窓から話しかけた。

 起きているが返事は無い。

 ・・・まぁ、今はナイーブになってるよね。

 プラムも僕と同じことを考えているのかもしれない。

 ・・・という事にしておこう。

 無意味に無視されてるんじゃ寂しすぎる。


「レオン。もしかしてと思うけど、同じ道何度も通ってない?」

 さっきから気になっていたんだが、何度も似たような木の前を通っている。

 日も落ち始めて辺りも薄暗くなってきた。

 ここまで来て、迷子は勘弁だ。

「ついたか」

 え?

 周りを見渡しても『森の猫』が居そうなふうではない。

 レオンは何もない場訴を見つめている。

 ・・・そういう系ですか?

 迷いの森的な感じですか?

 僕が知ってる、ファンタジー系だと魔法とかないと通れなかったり、通るためにはボスキャラを倒さないといけなかったり、それなりに大変だ。

 僕が猫リュック持ったままなんとかできるレベルであってくれ・・・。

 肩に乗っているレオンにしっぽで顔をぶたれた。

 うるさい思考ですみません・・・。

「『森の猫』居るなら出てこい。レオンだ」

 こんな時になんだが、レオンの声ってかっこいいと思う。

 ダンディな感じがとってもいい。

 性格悪いけど・・・。

 また、しっぽで殴られる。

 もう余計な事は考えるのよそう。

 レオンの呼びかけから少しして、霧が出てきた。

 僕はプラムのリュックをぎゅっと抱えた。プラムに何かあったら大変だ。

 プラムもリュックの中で、もぞもぞ動いている。

 周りに緊張が走る。

「『森の猫』!」

 レオンがさらに声をかけると大きな木の根元にドアが見えた。

 ドアは勝手に開き、入って来いと言っているようだ。

「レオン。行くよ。プラムもね」

 僕は、みんなに声をかけた。


 が、ドアの前まできて足がすくんでしまった。

 ドアノブに手をかけたまま、足が一歩出ない。

 こんな時に・・・

「にゃにやってるのよ」

 リュックの中からプラムが小言を言ってきた。

「ごめん。緊張しちゃって・・・」

 プラムが待ちきれずにリュックの上から飛び出した。

 床に上手に着地する。

 小さな『あんよ』って感じで可愛い。

・・・そうじゃない!

『森の猫』は、どこに。

 プラムが飛び込んだ部屋の奥を見ると大きなテーブルがあり、人数分のお茶が用意されていた。

「こんばんは。『森の猫』よ」

 そういって出てきた『森の猫』は、猫ではなかった。

 長い黒髪で、深い青色の服を着ている。

 どこから見ても人間の姿をしている。

「レオン久しぶりね、ミケも元気かしらね。」

「変わりない」

 そっけなくレオンは返事した。

「とりあえず、テーブルへどうぞ。そこの人間の君もね」

 なんで人間の姿なんだ?猫じゃないのか?

 疑問に思いながらも、席についた。

「私に話があって来たんでしょ?」

 特に前置きもなく本題に入る。

 プラムが真っ先に声を出した。

「あたちはプラム。次期猫神様になる猫よ」

『森の猫』は、だまってプラムを見ている。

 プラムのことは知っているようだった。

「『森の猫』にもう一度、猫神様になってほしいの」

「残念ね。それは無理だわ」

 プラムの『お願い』はサラリと断られた。

「じゃあ、他に猫神様になってくれる猫を知らない?」

 プラムは無理だと言われる覚悟ができていたのだろう。

 断られたことに躊躇する様子を見せない。

 ここに来るまでに、断られたことを想定して、聞くことを決めていたのかもしれない。

 そんなプラムの様子を見て『森の猫』は静かに首を振った。

「プラム。落ち着きなさい。あなたは私の知る限りでも、とても真面目に300年間修行してきたでしょう?なぜ急に出来ないなんて言い出したの?」

 叱るというより、諭す感じでプラムに話しかけた。

 プラムは、しょんぼりと用意されたティーカップを両手で挟み、そっと口に近づけた。

「あたち・・・。ママに会いたいの」

「産みの猫?」

『森の猫』がプラムの頭を良い子良い子と撫でている。

プラムは首を横に振り

「人間のママ」

と、答えた。

『森の猫』もレオンも顔を見合わせた。

『人間のママ』はSNSの投稿者だろう。

 僕は、てっきりお役目の重圧に耐えられなくて猫神様になる夢をあきらめたのだと思っていた。

 正直、そんなことで?と思ってしまった。

 今まで、この世からいなくなったときに会いたい人がいるかなんて考えた事もなかったからだ。

 しかも、300年も修行してきて、たった2年一緒にいただけの相手の為に、そんな風に夢をあきらめられるんだろうか。

「ママとお約束したの」

 金色の瞳を涙で滲ませた。

「ママは毎日、お歌を歌ってくれて、可愛いプラムって、何度も良い子ねって言ってくれたの。お写真もいっぱい撮ったわ」

でも、とプラムは黙り込んでしまった。

『森の猫』が、プラムの背中に手を当てる。

「王国に帰るときが来てしまったのね」

 僕は、沢山のプラムの写真を知っている。

 いたずらしたり、遊び疲れて眠ったり、可愛いリボンをつけてみたり。

 プラムにとって『ママとの写真』は大切な日常だったんだ。

「でも、2年で王国に帰ってくることは解っていたでしょ?」

『森の猫』は、レオンに視線を移した。

 レオンは、その視線をプラムへ投げた。

「わかっていたわ」

 プラムは、またママのところに転生して一緒に暮らしたいと思っているのだろうか?

 大好きな人とずっと一緒にいたいという気持ちなら僕にもわかる。気がする。

「でも、ママと最後のお約束ちたの。ママがプラムに『虹の橋であえるから』って。ママのこと待っていてねって。だから・・・」

 うつむいていたプラムが顔を上げた。

「だから、あたちが、400年間猫神様になってしまったら、ママが虹の橋に来てくれたときに会えなくなっちゃう。」

 金色の瞳いっぱいに涙をためていた。

『森の猫』は厳しい声で話し始めた。

「プラム。まず一つは、あなたには猫神様になる責任があるのよ」

『森の猫』はプラムにひとつずつ確認させていく。

「もう一つ、誰もあなたの代わりは居ないということ」

 わかるでしょと言わんばかりにプラムの頭を撫でた。

「わかったら、お城に戻りなさい。ただの、わがままだわ」

 察しなさいと言わんばかりに『森の猫』は、結論を出した。

 僕は『森の猫』を、始めは優しい猫だと思っていた。

 だけど、プラムの話を聞いて“わがまま”だと言い切ったことで良く思えなくなっていた。

 わがままなのだろうか。

 確かに、僕も最初は“そんな”ことと思った。

 でも、プラムにしてみれば大好きなママとの最後の約束だったんだ。

 約束を守りたい気持ちが、わがままなのだろうか。

 プラムはこんなに一生懸命なのに、そんな一言で終わらせていいのだろうか。

「わがままでしょうか?」

 僕は、『森の猫』とレオンに向かって聞いた。

 何とかできないのだろうか。

 神様になれる力を持っているのに。

 子猫の想いもかなわないのだろうか。

『森の猫』は冷たい目を僕に向けた。

「わがままよ」


 部屋の中が霧にあふれたと思った瞬間、あっという間に迷いの森に戻された。

 追い出されたんだ。


「ほら、みろ。あいつはいつもこうだ」

 レオンは顔をくしゃくしゃにしてイライラしている。

 プラムはうつむいたまま顔を上げない。

「プラム、一度お城に戻ろう。猫神様に会おうよ」

 今、やれることはやったんだ。

 猫神様に会えば何か方法があるかもしれない。

「プラム、猫神様に相談してみようよ」

 すると、プラムが大きな声で鳴き始めた。

「ママ、ママ、ママ」

 森の中にプラムの鳴き声が響いた。

 プラムの可愛い顔が涙でべちゃべちゃだ。

 レオンはあんなこと言ってたけど、猫と人間の間にはちゃんと愛情だってあるんだ。

「プラム、僕には猫神様のお役目の大切さは正直わからない。でも、『森の猫』が言ってた通り、君の変わりが居ないのも確かだ。だから、きみが猫神様にならないといけない。」

べちゃべちゃの顔を拭きながら僕は続けた、

「でも、まだ4日あるんだ。ママに会いに行ってみない?」

 自然とこんな言葉が出てきていた。

 なんてことを言ってしまったんだと、すぐ後悔した。

 ママとの約束を守れるわけでもないし、プラムは猫神様にならなきゃいけない。

 何一つ解決していない。

 何の当てもない思い付きだ。

 でも・・・。

 プラムは泣いていた顔を上げ僕を見た。

 驚いた顔をしている。

 それでも、明らかにプラムの顔には希望が見えた。

 プラムは空を見上げた。

 何か考えているようだ。

「ママとの約束を守ったことにはならないけれど・・・」

 辺りはいよいよ日が落ちて夜が来てしまった。

「レオン、猫神様のところへ連れて行って」

 勝手に、“ママ”に会いに行くなんて言い出して、きっとレオンは怒っているだろう。

 でも、今は他に方法が思い浮かばない。


 レオンが、僕とプラムをお城へ連れ帰った。

 城の入り口で僕はプラムに言った。

「ここからが本番だよ。猫神様にママに会いに行くって伝えて、許可をもらうんだ」

 プラムは、僕を振り向きもせず、何も言わずにお城の入口へ歩いて行く。


 猫神様には、何て思われるだろう。

 僕に任せた事を、がっかりするだろうか。

 そもそも、どうやって“ママ”に会いに行くんだ。

 虹の橋を渡った猫が人間に会いに行っても良いのか・・・。


 涙をいっぱいにためて、ママとの約束を話してくれたプラムの姿が忘れられない。

 今は、プラムの笑顔が見たい。



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