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白い猫と紙袋

 優しい声で目が覚めた。

「要。よく眠れた?」

 猫神様のミケは顔を洗いながら僕をちらりと見た。

「はい。疲れていたみたいで」

 僕は、寝癖を気にして髪を触りながら起き上がり、ベットを片付けた。

 レオンは、まだ木箱の上でだらりと溶けるように眠っている。

 前足も後ろ足も木箱からはみ出ている。

 もっと大きな箱を出せばいいのに。

「魂も疲れるからね。身体の方は、ちゃんとしてきたの?」

 猫神様が、不思議な質問をしてくる。

「身体の方って?」

 怖いぞ。聞くのが怖い。

「忘れてたなぁ」

 伸びをしながらレオンが起きてきて言った。

 僕は慌ててレオンに迫った。

「レオン!僕って今どんな状態なの?」

「身体は家、魂は王国に来ている」

 くしくしと顔を洗い、毛づくろいが始まった。

「まぁ。レオンったら。要、ごめんなさいね。影猫を呼びましょうね」

 そう猫神様が言うと、僕の足元に一匹の猫が現れた。

「サビ猫だ」

 茶色とこげ茶の毛が美しい模様を作っている。

「ミケ様、この人間のところへ行けば良いのですか?」

 姿勢よく座りしっぽで僕を指した。

「しばらくのあいだ、人間の世界でお使いしてね。要の情報は、これをよく見てね」

 キラキラ輝くガラス玉が、ふわりとサビ猫のところへ飛んでいく。

 ガラス玉をのぞき込み、しばらくしてサビ猫が僕をかわいそうな顔で見た。

「なんだよ」

 なんで、かわいそうな顔されてるんだよ。

「情けない奴だからだ」

 毛づくろいを終えた、レオンが木の箱で爪を研ぎながら僕に言った。

「その、情けないっていうのやめろよ」

 ふん。とレオンが鼻で笑う。

「やめなさい。あなたたち。さぁ行きなさい」

 優しい口調のなかにも厳しさを交えて猫神様が影猫を送り出した。

「影猫は、その人の生活を今までと同じように送ってくれるから心配しなくても大丈夫よ」

 猫神様はにっこり微笑んだ。

 ってことは、影猫が僕の中に入って生活するってことか?

 ・・・大丈夫なのか?

 ちょっとした、いや、ものすごい不安を感じる。

 今は仕方ない・・・。のか?

「それでは、要。プラムを捜す前に聞いておきたいことはあるかしら」

 僕は、うなずいて猫神様を見た。

「プラムは、自分からいなくなったんですよね?」

 猫神様は、そうよと、目を細めて、しっぽを振った。

「その・・・僕が見つけられたとして、連れて帰ってこれるでしょうか?」

「どうして、そう思うの?」

 この感じ、どこかで感じたような・・・。

 はっとした。

 猫神様は、あの時のソーシャルワーカーの先生に似ている。

 ふんわりと優しくて、それでいて僕をしっかりととらえている。

「僕は、なんて言えば良いのかわからないんです。プラムはお役目が怖くなったのかもしれないし、嫌がってるのかもしれないのに連れて帰ってくるって。その、何様だっていうか、僕自身説得できるような経験が無いというか・・・」

 ようは、俺ごときが今から神様になろうっていう存在に説教できるかってことだ。

「ふふふ。私はね、要のこと優しくて責任感が強い人間だって知っているのよ」

 『そんなんこと』と言わんばかりに猫神様のミケは前足を口元に当てて笑った。

「え?知ってるって?」

「知ってるのよ。さぁ、行きなさい。あと4日よ」

 猫神様の声と共に、ぶわっと周りが明るくなった。


 レオンと、森の中にいた。

 情けないことを僕がごちゃごちゃ言うから、早々に追い出されたのだろうか。

 仕方ない。

 ヘタレな部分は僕の数少ないスキルのひとつだ。

「レオン、森ってどっちへ進めばいいの?」

 地図もない森をやみくもに歩いても見つかる気がしない。

 とりあえず、近くの岩に腰を掛けた。

 遠くの木の間から、川の流れる音が聞こえてくる。

 初めて来たときも川の流れる音がしていた。

「レオン、もしかしてプラムはこの辺にいるの?前に来たのも、この近くだった?」

「お前にしては鋭いな。・・・おそらくこの近くにいるはずだ」

 レオンのひげが、ぶわっと広がっている所をみると本当に驚いたのだろう。

 そうか、いるかもしれない場所は特定できていたんだ。

 つまり問題は、どうやって連れて帰るかってことか。

 ここに来る前に、迷子猫の捕まえ方を検索したが、その中のひとつを試してみようか。

 僕は、紙袋を念じて出し、地面に置いた。

 すると早速、茶色くて大きな毛の長い猫が袋に頭から入った。

「レオン。なぜ君が入るんだよ」

「いや、すまん。本能に逆らえん」

 ずるずると、レオンを引っ張り出しながらも紙袋の効果を確認できた僕は、10袋念じて出し辺りに仕掛けてみた。

 次はどうしたものかと、岩に腰かけなおして紙袋を見ているとレオンが順番に紙袋に入って遊んでいる姿が笑えてきた。

「いや、レオン。だからなんで君が入るんだ・・・」

 茶色い猫に紛れて白い猫も出たり入ったりしている!

「プラム!プラムなの?僕、君を捜してて・・・」

 急いでそばまで走っていくと紙袋から顔を出して、その猫は僕を見た。

 プラムだ。真っ白のふわふわ。金色の瞳。ピンクの鼻。超絶可愛い。間違いない。

「止まりなさい。人間。近づかにゃいで」

 舌ったらずなしゃべり方だ。そして偉そうだ。でも、声もめちゃくちゃ可愛い。

 紙袋に入っているプラムの可愛さに感動した。

 ・・・ふと、我に返り、焦りだした。

 何も考えてない・・・。

「プラム。話がしたい」

 せっかく会えたんだ。このまま逃げられたら本当に見つけられなくなってしまう。

「あたち、忙しいの」

 ごそごそと紙袋から出てきたプラムは、レオンを見た。

 レオンもプラムを見て動かない。

「プラム。一度お城に帰ろう。猫神様も待ってるよ」

 何かで、猫への敬愛コミュニケーションは『ゆっくりな、まばたき』だと書いてあった。

僕は、ゆっくりと、まばたきをしながら話しかける。

 それでも、プラムはレオンとにらみ合って動かない。

 2匹は、話しかける僕をまったく見ていない。

 プラムの3倍以上も身体の大きなレオンが、今にも飛びかかりそうだ。

 もしかして、レオンがいるとプラムは緊張するのかもしれない。

 そんな気がして僕は、レオンが入れそうな段ボール箱を出した。

「レオン、箱に入ってて」

 狙い通り、しゅるりとレオンは箱に入った。

 レオンの本能はマニュアル通りだ。

 プラムは、きょとんとして、後ろ二本足で立ち、箱の中をのぞいている。

「プラム・・・」

「うるちゃい。人間!お前知らないやつ」

 シャーっと背中を丸めてしっぽを膨らませて僕を威嚇してきた。

 当たり前の反応だよな・・・。

「僕、要っていうんだ」

 ダメだ、これ以上どうしたら良いのかわからない。

 おそらく、猫神様も、レオンも何度もプラムに戻るように話してきたはずだ。

 あの優しい猫神様でもダメだったのに僕に何が出来るんだ。


 ・・・スクールカウンセラーの先生のことが頭に浮かんだ。

 あのとき・・・先生は、僕になんて言ったんだっけ・・・。


「僕に、なにかできることあるなら教えてほしい」

 出来る限りゆっくりと話しかけた。

 小さく唸っていたプラムの声が消えて、大きく膨らんだしっぽは地面へと垂れた。

「プラムは、今、何か困ってるの?」

 彼女からしてみれば、たった今、会ったばかりの信用していいのかわからない人間だ。

 普通なら、やすやすと相談をするとは思えないが、今は、みんなにとっても緊急事態だ。

 しばらく、沈黙の時間が流れたが、プラムが小さな声で、

「・・・森の猫を捜してるの」

 地面を見つめて、そうつぶやいた。

 すると、レオンが大きな声を出した。

「まだ、そんなことを言っているのか!」

 箱から飛び出してきてプラムを叱った。

「待って、レオン。話を聞こう・・・」

 二匹の間に入ろうとした瞬間、プラムは茂みへと逃げ込んでしまった。

 せっかくプラムに会えたのに。逃げられてしまった。

 レオン、なんて短気な猫なんだ。

「言いたいことは解るが、私は悪くない」

 レオンは、ぷしゅーっと、いつもの大きな鼻息をついた。

 今のは、ダメだろ。と、言いたかったが、そんなこと言い合っても仕方がない。

 猫はそんなに遠くまで行かないらしいし、プラムの目的はわかった。

 プラムを捜し始める前に、レオンに『森の猫』について聞くことにした。

 僕は、不機嫌そうなレオンのそばに行く。

 レオンのひげが、かすかにしょんぼりしているように見える。

「プラムが言ってた『森の猫』なんだけど・・・」

 出した10袋の紙袋を片付けて僕はレオンの横に座り込んだ。

 じんわり、地面の暖かさがお尻から伝わってくる。

「プラムは、『森の猫』に次の猫神様になってもらえないか頼むと言って飛び出したんだ」

 ふう、とレオンは肩で息を吐き、続けた。

「『森の猫』は今の猫神様の前の猫神様だ」

「え?ってことは800年前に猫神様になった猫ってこと?」

 そっかぁ・・・と思いながらも想像がつかなくなってきた・・・800年前って何時代だ?

「でも、代わってもらえるんだったら代わってもらったら良いと思うけど」

「プラムにも言ったが、一度役目を終えた猫神様が再び役目に就くことは無い」

「でも、それって、聞いてみないとわからないんじゃ」

「プラムも同じことを言って飛び出して行った」

 よく考えたら猫神様が居ないとダメなのかな?

 400年後にはまた新しい候補が出てくるわけだし。400年間いないときがあっても何とかなるんじゃないのかな?

「ねぇ、レオン・・・」

「居ないとダメに決まっている」

 僕が、聞こうとしたことを先に言われる。

 前から思っていたけど、もしかして考えてることわかるのか?

「どうして?転生するのは本人が望めば勝手に転生するって言ってなかったけ?」

「そうだ」

「じゃあ、400年の間だけ本人に任せておいても良いんじゃない」

「望むものが居なかったらどうする?」

「・・・え?」

 考えていた僕の短絡的でストレートな問題解決は何の役にも立ちそうにない。

 転生を望まないなんてことあるのか?

 今度生まれ変わったらって、みんな思うものなんじゃないのか?

「人間が愛されているとなぜ思う?」

 冷たい緑の瞳が僕を見つめた。

 愛されていないってことなのか?

 確かに猫にひどいことをする人間もいる。

 だが、それが生まれ変わって来たくない理由になるのだろうか?

 すべての猫が、そんなひどい人間に出会って、辛い思いをしているのだろうか。


 レオンのそばで座り込んだ僕はプラムのことを思い出していた。

 思ったより小さくて、可愛いのに生意気で、上から目線で。

 プラムは、『森の猫』に希望を託して頑張ってるんだ。

 ひとりぼっちで、あと4日しかないのに、あきらめきれないんだ。


「『森の猫』を捜そう」


 そう口に出した僕が一番驚いている。

 少しは、僕も頑張れてるのかな。


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