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木箱に眠る獅子

 小学校のころ、僕と両親は、担任の先生に呼び出され、不登校になっている原因を話し合ったことがある。

 が、共働きの両親は、僕に何か遠慮して特に何も言わなかった。

 誰にとって地獄のような時間だったのだろうか。

 話を進めたい先生なのか、『わかりません』としか答えない僕の両親なのか。

 本当の気持ちを心に隠して、だんまりを決める僕が地獄なのか。

 

 救いの光は一時間ほどたってから現れた。

 50代過ぎの女性が、さっと部屋に入ってきて空いている席に座った。

「お待たせしてしまって申し訳ありません」

 クリーム色のブラウスに紺のズボンを履き、髪は後ろに一つに束ねている。

 スクールカウンセラーだ。

 話しが進んでいない様子を察したのか、

「要君と話す時間をください」

 と、担任の先生や両親から引き離し、部屋を隣に移した。

 クマの絵柄が付いたコップにココアを入れてくれたことを今も覚えている。

 スクールカウンセラーの先生も、ウサギ柄のコップにココアを入れて、僕の前に座った。

「ココア飲める?」

 僕は、こくり、とうなずきコップを口元に運んだ。

「良かった。ゆっくり飲んでね」

 そういってカウンセラーの先生もココアを飲んだ。

 自分から話し始めるのは負けた気持ちになる。

 でも、時間がたつにつれて気まずくなってくる。

 話し始めたのは僕だった。

「先生も僕に、何で学校来ないか聞きたいんだよね」

 どうせ同じ話だ。だったらさっさと終わらせよう。

「行きたくない学校のことより、学校来ない日の事教えてよ」

 ココアのコップを机に置きながら、僕を見て微笑んだ。

「なにもやってない」

 うだうだ昼まで寝て夕方くらいまでゲームをして時間をつぶす。

 食事して風呂入ってあとは寝るだけ。

「ゲームやってるんだってね」

 事前情報があるのか。と僕は思った。

 私もやってるのよと、先生の携帯電話を見せてくれた。

「同じゲームだ」

 いつも僕がやっているゲームのオープニングが携帯電話から流れてきた。

「でも、難しいでしょ。砂漠のところから進めなくて」

 砂漠のところって、かなり最初の方だ。

「攻略の仕方があるんだ・・・」

 僕は先生の携帯電話を触らせてもらってキャラクターを確認した。

「先生、今晩ログインして一緒にクリアしませんか?僕の方がレベル高いし」

「ほんとに!!助かる!!このまま砂漠から出られないのかと思った」

 スクールカウンセラーの先生とゲームしても良いのかわからないけど、とりあえず今晩ログインする時間を決めて、その場はそれで終わった。

「要君。お母さんたちのところへ戻ろうか」

 ココアを飲み終わったタイミングで声をかけられた。

 スクールカウンセラーの先生は、クマとウサギを流しに運び手早く洗うと、机に出していた携帯電話をポケットにしまった。

 僕は正直、拍子抜けした。

 もっと、いろいろ聞かれるんだと思っていたからだ。

 もといた部屋に戻ると、デジャブかと思うほど、同じことを担任の先生や、自分の親が話し合っている。

 そこで、スクールカウンセラーの先生が優しい口調で割って入った。

「要君は、しばらくのあいだ、自宅学習にしてはいかがでしょうか?」

 その場にいたみんなが『え?』と顔を見合わせた。

 スクールカウンセラーの先生だけがニコニコと話をつづけた。

「もうすぐ冬休みも始まりますし、いつから登校するかは、ゆっくり考えてみませんか?」

 担任の先生と両親が顔を見合わせたが何も言わず、視線をスクールカウンセラーの先生に戻した。

「そのかわり、要君には規則正しい生活の練習と、学校からの課題も独自で取り組んでもらってはいかがでしょうか」

 誰も何も言わないのを確認して続けた。

「わからないことがあればいつでも担任の先生に連絡して質問すればいいから」

 なにも言わない担任に笑顔を向ける。

 僕は、さっそく明日から登校しなさいという話になると思っていたので驚いた。

「要君はどう思う?」

 両親や担任の先生が、僕に注目する。

「・・・しばらく家にいたいです」

 自分の考えていることを言葉にする機会を与えられた気がした。

 ずっと言いたかったこと、やっと、言えた。

 スクールカウンセラーの先生は、親指を立てて笑顔を僕に見せてきた。


 帰り道で両親が心配そうに、いや不満そうにと言うべきか僕の顔を覗き込み、

「何か嫌なことがあるの?」

 僕は目を合わせまいと顔をもっと伏せた。

「勉強はちゃんとやるから」

 それだけ答えてあとはしゃべらなかった。


 家に帰り、食事をし、入浴を終えると、ちょうどいい時間になった。

 ログインして待ち合わせ場所に行ってみる。

 スクールカウンセラーの先生が使っているキャラが何度もジャンプしている。

「わかりやすいようにジャンプでもして待ってるね」

 そんなことを言っていたが、そのまんまだ。

 スクールカウンセラーの先生が5人も仲間を連れているのに少々驚いたが、話を聞くと、みな同じところから進めず困っているらしい。

 少し戸惑ったが、皆、僕よりレベルは低いものの、このステージをクリアするには十分なレベルだった。

 僕は、他の人のゲーム内の職業を聞いて、作戦を立てようと提案した。

「役割分担して、持ち場も決めましょう。あと・・・」

 みんな、僕の話を聞いて「すごい!」と、やる前からクリアしたように喜んだ。

 いざ、砂漠の強敵に挑み、難無く討伐成功。

 出会ったばかりの5人とスクールカウンセラーの先生は興奮して湧いている。

「じゃぁ、僕はこれで」

 そう言い、ログアウトしようとするとその他5人から

「また一緒にやろう」

と、誘われた。

 正直驚いた。

 僕は、ゲームの中で自分以外の人と一緒にプレイしたことが無かった。

 だから、一緒にやると言われてもコミュニケーションの取りようがわからないし、僕が周りの話についていけないに決まっている。

 ゲームの中でまで気を使いたくないのが正直なところだ。

「私たち小学生なの。あなたは?」

 チャットに打ち込まれたのを見て驚いた。

「僕も」

 一言だけ返す。そっけなかったかな?

「じゃあ、一緒にやりましょう」

「よろしく~」

「やった~」

「リーダーが出来た~」

 思い思いの言葉が流れてくる。

「いや・・・。僕、夜より昼間やってるから時間合わないよ」

 さすがに学校行ってる時間だしあきらめるだろうと思ったが、意外な返事が返ってきた。

「問題ない~!私たちも昼間だから」

「今度こそやったね!」

「よろしく~」

 勢いにのまれた僕は思わず応えてしまった。

「じゃあ、よろしく」

 チャットを送ったタイミングで、連絡先交換が始まった。

「ログインしたら教えてね」

「私は、明日はピアノだからパス」

「りょ」

 みんなから手元の携帯電話によろしくと流れてきて、この日はお開きになった。

 気が付いたら口元が緩んでいた。

 明日のことを思うと、少し楽しみになっているのがわかった。

 学年が5年生に上がるとクラス替えがあり、今までの数少ない友達とは、バラバラになった。

 周りは、どんどんグループが出来ていく。

 僕自身が、新しい仲間を作ることに対して心が向かなくなっていた。

 その結果、5月の長期休暇明けから学校に行っていない。

 まだ、5年生だから巻き返せると父親は言うけれど、何を巻き返すのか僕にはわからない。

 今日できた新たな仲間、ゲームの世界の中だけの仲間に心が高揚していた。

 誰かと、何かを一緒にやるのは初めてだ。


 この日の夜は興奮して眠れなかったのは今でも覚えている。

 なんで・・・。こんな昔のこと思い出しているんだろう。


 猫の王国のお城に通されて、『猫神様の間』で、レオンと一緒に猫神様が現れるのを待っている所だ。

 職員室に通された時の居心地の悪い感じが、今の僕の状態と似ているからか。

 だから、あんな昔のことを思い出したのかもしれない。

 今から何が起こるのかわからない緊張感が気持ち悪い。


 立派なカーテンが左右に開き、奥から猫神様が現れた。

 ふわふわのソファーにゆったりと座る。

 柔らかい雰囲気なのに、貫禄がある。

 きれいな、オレンジ色、黒、白の三毛猫だ。

 毛は短い。しゅるっと細長いしっぽも模様が入っている。

「要。お待たせしたわね。私は猫神のミケよ」

 きれいな猫だ。しゅっとしていてシャムネコのような雰囲気もある。

 何歳くらいなんだろうと、まじまじと見ていると

「人間の世界では女性に年齢を聞くのはタブーなんでしょ?」

 と、猫神様のミケがフフフと笑って見せた。

 僕は慌てて、

「声に出ていましたか?すみません」

 そういって頭を下げた。

「良いのよ。歳くらい。ミケは20年生きた猫なの」

 ソファーの上で上体だけ起こしてこちらを見ている。

 レオンがスタスタスタと、猫神様の横に木箱を念じて出した。

 そこで、2、3回爪を研ぎ、箱の上にのぼり寝始めた。

「ちょ、レオン!猫神様のそばで失礼だよ」

 慌てて、木箱の位置をずらそうとすると猫神様が止めた。

「大丈夫よ。要も、もっとくつろいでね。それにレオンは私の主人なの」

「主人って、旦那様ってことですか?え?レオンが?」

 動揺する僕をよそに、レオンはうるさいと言わんばかりに耳だけ倒し、スースーと寝息を立て始めた。

「要も、今日はここで休んでいきなさい。明日は、森に入るのでしょ?」

 確かに、疲れがピークだ。飲み会があったことが遠い過去のように思える。

「イメージして、あなたも自分のベットを出しなさいね」

 なんだか、猫神様の優しさが心地いい。

 ものすごく心が落ち着く。

「猫神様の目の前で寝ても良いですか?」

 ベットを出しながら図々しく聞いてみた。

「うふふ、良いわよ。みんなで寝ましょう」

 僕は、自分のベットを猫神様のソファーに寄せられるだけ寄せて寝る準備をした。

 近くで見ると、プラムとは違うかわいらしさがある。

 いや、ジャンルでいうと優し美人だな。

「要。明日、捜しに出る前に少し話しましょう。おやすみ」

 猫神様のミケは、本当に優しい声だ。

 その声があまりにも心地よくて、はいと返事をするか、しないかで僕は眠りについてしまった。

 なんでレオンは木箱なの?明日聞いてみよう。


 その日、僕は昔の夢を見た。

 小学5年生の冬、急に出来たゲームの世界の友達のことを。

 いつか、レオンや猫神様やプラムのことも夢に見るのかな。



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