どうして、僕なんですか
空は曇っていてうっすらと月の明かりが雲の間から漏れていた。
空気は乾燥しているわけでもなく、じっとりしているわけでもなく妙に心地よい。
遠くの方から水の音がする。川が近くにあるのだろうか。
座り込み、空を見上げてぼうぜんとしている僕にレオンが言った。
「悪いが、夢ではない。プラムを捜せ。」
僕の前に座ったレオンが、『さぁ、立て』と言わんばかりに、しっぽをふわっと一回振った。
「いや、捜せって・・・」
何が何だか説明が無さすぎる。さっきまで僕は夢だと思っていたんだ。
そう、夢だと思っていたのに、なのに急に夢じゃないだとか、会ったこともない猫を捜せだとか意味が解らない。
なにより、レオン、お前は何なんだよ。なんでしゃべれるんだよ。
と、聞くべきなのか?
それとも深入りする前にただ、家に帰してくれと言えば良いのか。
なんだよ、なんで僕なんだよ。やめてくれよ。猫と話せる夢見て馬鹿みたいに喜んでた自分が恥ずかしい。
「あの・・・」
そう声を出そうとしたが、猫が話していることが夢じゃないと知って怖くなり声が出ない。喉の奥を、ぐっと握られているような感覚だ。
レオンの鋭い緑色の瞳が僕をじっと見つめて動かない。
「無理だ・・・」
やっと絞り出した言葉が声に出た。
レオンがフンっと大きく鼻から息を吐いた。
「情けない」
レオンはそう言うと、両足を前に伸ばし、お尻を高く上げ伸びをした。
しっぽっが空に向かってピーンと立っている。まるでススキのようだ。
僕は、猫にまでけなされて鼻で笑われるのか・・・。
それでも、何か返す言葉も出てこない。
「帰れ」
そうレオンが低い声で唸った。
次の瞬間、僕は自分の部屋のパソコンの前に座っていた。
今度こそ夢だったのかと思ったが、手にはプラムのコインケースを握り占めていた。
机の下に置かれたビールは、水滴で床を濡らしている。
「なんなんだよ」
レオンの『情けない』という言葉が頭から離れない。
最悪だ。コインケースを机に置き携帯電話を手に取った。
午前0時を回ったところだった。
『にゃんぷる プラム』でインターネット検索してみた。
すると、出版社のホームページや関連記事が出てきた。
下へスクロールするとプラムの日常を載せたSNSが目に留まった。
「あ、これって」
タップしてプラムの写真をまじまじと見ながら次々にスクロールしていく。
「やっぱり」
以前、時間つぶしに猫画像を見ていたとき、あまりの可愛さに『いいね』した猫がプラムだった。
その後も、フォローして応援していた推し猫だ。
「どうだ、可愛いだろ」
レオンが、いつの間にか机に座っていた。
「!!!!」
言葉を失って驚いている僕にレオンは、ひげを広げて驚いた様子を見せた。
「なんだ、おまえ」
レオンが、あきれた様子で僕に言った。
いや、本当に、何なんだは、お前だよ、レオン。
森へ勝手に連れて行き、早々に帰れと言って部屋に戻してから再び現れるまでが早すぎる。
さすがに、意味が解らないこの状況を終わらせたい気持ちがわいてきた。
「・・・知ってる猫だった」
僕はレオンに携帯電話の画面を向けた。
レオンは、前足で器用にスクロールしながら、まだ『いいね』していない写真に『いいね』を付けていった。
「このプラムが、いなくなったの?」
携帯電話の画面を指さしながらレオンに聞く。
「捜す気になったか?」
レオンが僕の目を見ながら聞いてきた。
僕は慌てて目をそらしてうつむいた。
レオン、知らないのかな?教えてあげるべきなのかな?
僕は胸の鼓動が早くなって緊張し始めた。
「僕がフォローしてた猫がプラムで間違いないなら、プラムはもう・・・その」
こんな時の言葉の選び方がわからない。
もごもごと、口ごもっていると、
「プラムは生きていない」
と、僕がなんと言っていいかわからなくて黙り込んでいた言葉を、レオンがはっきりと言った。
僕は、反射的に顔を上げてレオンを見た。
レオンは、やれやれといったふうに鼻からプシューっと息を吐いた。
「私はレオン。虹の橋の向こうにある猫の国『にゃんだふる王国』から来た」
レオンの話ではこうだ。
生き物はみな、その生涯を全うしたのちに魂は『虹の橋』に向かうのだそうだ。
『虹の橋』には生きていた者たちが、集い懐かしむ場所。
先に逝ったモノは、後から来るモノをここで待つこともあるそうだ。
橋の向こうは、それぞれの種族の国があり次に産まれる準備をするらしい。
レオンは『虹の橋』の向こう側にある猫の国の王様だと言った。
ここまで、説明したレオンは前足を胸の下にしまい、座りなおして続けた。
「『にゃんだふる王国』には猫神様がいて、人間の世界に転生する準備を手伝っているのだ。400年にいちど役目を交替するのだが、猫神様になる準備をしていたプラムが姿を消してしまった」
猫が人間の言葉を話すだけでもキャパオーバーだが、レオンはすらすらと猫の国の話をしてくる。
僕は正直なにがなんだかわからなくなっていた。
いまは何も考えず、聞いた説明通り無理やり自分を納得させようとしたところにレオンが言った。
「お前のことは、今の猫神様が選ばれたのだ。それなのに、こんな情けない人間だったとは残念でならん」
「なんで僕?」
「私が聞きたいわ!」
と、レオンが目を見開いて僕をじろりと睨んだ。
自分でいうのもなんだが、僕は何か物事を決めることが苦手だ。というか、自分で決めたことによって周りに迷惑がかかるんじゃないかという恐れがある。
だから、いつも決めなくていい立場やポジションをキープしてきた。
そんな人間レベルの低い僕を、なぜ猫神様が選んだのか本当にわからない。
こうなって考えられるのは、レオンが間違えているという可能性だ。
「レオン。間違ったんじゃない?」
「お前と一緒にするな!」
余計に怒らせてしまった。
「ともかくだ・・・」
レオンが再び座りなおして、しっぽを大きく振った。
「猫神様が言うには、お前ならプラムを捜し出し猫神様になるよう説得できるという事だ」
「説得って・・・。プラム嫌がってるの?」
「嫌だとか嫌じゃないとかではない」
レオンが言うには、プラムは自分から猫神様になるために300年以上のあいだ、人間界に何度も転生し、猫スキルを上げる修行をしてきたそうだ。
「あ、でも気持ちわかるかも」
僕なら、憧れていた職業でも、直前に緊張とプレッシャーで潰されそうになる。憧れていれば憧れただけ、理想の自分になれるか自信が無くて逃げたくなる。
うつむく僕にレオンが静かに言った。
「それは、捜してからプラムに聞け」
「それはそうだけど、本当に僕で合ってるの?大丈夫?」
「捜すのか捜さんのか、はっきりしろ!」
レオンがシャーっと牙を見せて怒った。
手に持った携帯電話の画面を見ると、お昼寝の姿かと思うような可愛い『プラムの最後の写真』が写っていた。
陰ながら応援してきた推しのモデル猫。
僕が捜すことで猫神様やレオンや『にゃんだふる王国』に迷惑がかかるんじゃないだろうか、それどころか見つからないのじゃないだろうか。
もしかしたら、他にもっと良い人間がいるんじゃないだろうか。
色々考えていてふと思った。僕は、面倒くさい人間だ。なにかチャンスが舞い込んできても最初の一歩がいつも踏み出せない。
顔を上げてレオンを見た。
レオンはやれやれといった様子で肩をすくめて、一言だけ僕に言った。
「捜せ」
僕は、また手元の携帯に視線を移しうつむいた。
人生やり直そうと僕は僕のままだ。転生したからって、きっと今みたいに何も決められないで悩むんだ。
「捜すよ。僕で良いのかわからないけど」
失敗した時のことを考えて言い訳のように付け加える。
できなくても、自分が傷つかないように予防線をはるんだ。
僕で良いのかわからないけれど・・・。
僕なら見つけられると思った猫神様に聞いてみたい。
『どうして僕なんですか?』