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出会い

「急にさぁ、なんかこうぐわーっと足元が光って転生とかしないかなぁ」

そう呟いて、足元を見た。

 バカバカしいこと言ってるって自分でもわかる。

 でも、今の記憶を持ったまま、もう一度やり直せたらもっと違った人生があるんじゃないかと本気で思っているのも確かだ。

 汚れてクタクタになった靴紐が解けかけていた。

「転生する前に靴紐なおせってか」

 結びなおそうとしゃがんで足元見たら、鼻の奥がツンと痛んだ。

「しんど・・・」

 冷えてかじかんだ手がうまく動かない。適当に束ねて紐の間に突っ込んだ。

 今日は職場の飲み会だ。18時に開始して2時間経つが終わる気配すらない。

なんなら調子よく酒が入って出来上がった後輩に、

「井澤先輩。コンビニでたばこ、買ってきてくださいよ」

と言われ、このざまだ。

 コンビニに着いて店に入ると自分と同じくらいの年齢の男性スタッフが床にモップをかけていた。

 ちらりとこちらを見たかと思うと小さな声で

「ぃらしゃーせー」

と、ぺこりと頭を下げ再びモップを動かした。

 素直にバカな後輩のお使いをして飲み会に戻る気がせず雑誌コーナーに行くと、にゃんぷる増刊号が目についた。

「にゃんぷる増刊号だ」

気が付くと声に出ていた。

 「にゃんぷる」は、書店でも即完売する猫好きには人気の高い不定期発行雑誌だ。こんなところで出会えるなんて本気でレアなケースだ。

表紙には、色白で目は金色、ピンクの鼻がたまらなく可愛い猫モデルが僕を見つめた。

 「おまえ、付録が付いているじゃないか・・・」

 雑誌の右上にモフモフ、ぷにぷにの肉球モチーフのコインケースの写真が出ている。

 雑誌を手に取り、この出会いに心から感謝した。

感動と感激と癒しを同時に感じ、さっきまで光の挿さない谷底でうずくまっていた僕を天にまで昇らせてくれた。

会計を終えて店を出るころには、後輩のパシリに使われていた勤続20年の、ふにゃふにゃのプライドがどう攻撃されようと、どうでもよくなった気がした。

 居酒屋に戻ると、仲の良いヤツ同士で集まって座っていた。

 僕が座っていた場所に目をやると座布団が無い。隣の上司が2枚に重ねて座っているのが見えた。

 このまま帰ろうかと考えていると後ろから声が聞こえた。

「井澤さん。どこ行ってたの?」

 振り返ると僕の右ほほに美紀さんの指が強烈に食い込んだ。

「わぁ、ごめん!大丈夫?ネイルしてたの忘れてた。痛い?」

「いまどき、振り返りざまでこんなことするの少女漫画でも見無いですよ」

 出血しているんじゃないかと思うくらい痛かったが、頬を抑えた手の平を見ると血は付いていない。

「ごめんごめん。昭和だぜ~」

 と、美紀さんがどこかの芸人風におどけて見せる。

「酔ってるんですか?」

 久留米美紀さんは、僕の5つ年上の先輩だ。美人で明るくて気さくで仕事もできる。

 苦手なタイプだ。

 僕にとってフレンドリーというコミュニケーションの類は心を無にし、自我を硬く閉ざさせるデス系魔法だ。

「井澤さんは、お酒飲まないんだっけ?」

「いや、飲まないってわけでは・・・」

 そう言いかけたとき、座布団2枚上司が

「おいおいおい、井澤。なんだよイチャイチャしてんのかぁ?セクハラかぁ?」

 周りが僕に注目する。大声でゲラゲラ笑いながら、たばこ買ってこいの後輩が

「課長、だめですよ。井澤さんセクハラの仕方も知らないんですから」

 周りがまた笑いだす。

 本当にうんざりする。

 毎回飲み会になると同じ事ばかりネタにされる。こいつら馬鹿なのか。

「そういうこと言う人がセクハラなんです」

 美紀さんがすかさず会話に割って入る。

 僕はね、あなたの弱いもの守ってます的なそういうところも苦手です。

「怖いなぁ、美紀ちゃん。そんなだからお嫁にいけないんだよ」

 座布団2枚上司のネタ先が美紀さんに向く。これもいつも通りの展開だ。

「お時間でーす」

 パンパンと響きの良い音がした。

 スラっと長身の男前が立ち上がり手を鳴らした。

 彼は、ラフな格好でも構わないような飲み会でも、必ずスーツでネクタイを締めてくる。

「お店に迷惑かけないように、忘れ物しないでくださいね」

 幹事でもないのにテキパキと場を仕切り、座布団2枚重ね上司を立たせ出口へと連れて外へ出て行った。それに続いて取り巻き達もぞろぞろついて行く。

「美紀さん、大丈夫ですか?」

 コートを着てバックを持つ美紀さんに声をかけた。なんとなく僕のせいで美紀さんが嫌な思いをしている気がしてしまう。

「あなたもね」

 そう言って美紀さんが僕の肩をポンとたたいてバイバイと手をひらひらさせた。

 これも美紀さんと僕のいつも通りの声掛けだ。

 それ以上何か言うわけでもないし話し込んだりもしない。

 美紀さんのそういうところは嫌いじゃない。

 渡し損ねたタバコを手に持っていることに気が付いたが、追いかけるのもめんどくさくなっていた。

 どうせ2次会に行くだろうし無理やり連れていかれるのも嫌だ。

 カウンターで飲みなおすか、それとも別の店でコーヒーでも飲むか、そんなことを考えていると

「いっちゃん。お疲れ」

 と、スーツの男前が店の中に戻ってきて僕に声をかけた。

「いっちゃん、このあとどうするの?」

 整えられた眉毛、今風の前髪、優しい話し方、甘い笑顔。絶対モテるはずなのに彼女は、いないらしい。世の中はわからないものだ。

「克輝は?」

 僕の得意技。質問返し。

 主導権を握るのも握られるのも苦手な人生を送ってくるとこうなる。と思う。

 ふーんと目を細めて僕を見た克輝が出口を指さした。

「とりあえず店から出よっか」

 50メートルほど離れた交差点から集団の笑い声が聞こえる。さっきまで居酒屋にいた飲み会のメンバーだ。

 克輝が、その集団に背中を向けた。

「このあいだ、会社帰りに良さそうな店見つけたんだ。いっちゃん付き合ってよ」

 克輝からはお酒の匂いがしない。

「今日は飲んでないの?」

 無難な会話を探して話しかける。

 克輝とは同じ職場で10年くらい仕事をしていたが、こうして仕事以外の話をし始めたのはここ数カ月だ。

 休憩中に携帯電話でオンラインゲームの攻略サイトを見ていたら、同じゲームをやっていたらしく話しかけられた。早い話、共通点はゲームだけだ。

「気分じゃなくてさぁ。いっちゃんこそ人が良いのもほどほどにしなよ」

 そういいながら、ここに入ろうと人差し指を立てた。

 なんて読むかわからないような文字で看板が書かれたおしゃれなカフェだ。

 絶対に僕には無い選択肢だなと思いながら後ろからついて行く。

「俺、池田克輝いちおしの店だよ。この間、会社帰りに見つけたんだ」

「なんか図書館みたいだ」

 店に入ると壁中に本が並んでいた。革張りのソファーが6席とカウンター6席の静かな空間だ。

「雰囲気良いでしょ」

 コートを脱ぎながら、克輝がソファーに腰かけた。それに続いて僕も向かいに座る。

 腰かけたソファーの座り心地が最高だ。

 知識のない僕にも高そうな椅子だなってことぐらいはわかる。

 品の良い黒い制服を着た男性がメニューを持ってきた。

 克輝が、

「コーヒー」

 と言ったので

「僕も」

 と答えた。

 何となく、克輝が人が良いのもほどほどにしろって言った言葉を思い出していた。

 お使いのことだろうと思うが、わざわざ会話を展開するほどの事でもないし実際僕も楽しい話題ではない。

 なんか、気まずいな。

「いっちゃんさぁ」

 克輝の声で顔をあげた。気づかないうちに克輝はネクタイも外してくつろぎモードだ。

「来週の連休って何してるの?」

 克輝の目がキラキラしている。こういう時は徹夜でゲームのお誘いだ。

「あんまり考えてない」

 わざとそっけなく返す。こういうところ自分の嫌いなところだ。ゲームやろうぜって言えばいいのに言えない。

「じゃあ俺は朝からログインしてるから、いっちゃん入ってきたら声かけてよ」

 わかった。というそぶりで手を胸の前まであげた。

 1時間ほどたわいもない話をして店の前で解散した。

 家までたいした距離でもないし歩くことにした。

「なんかなぁ」

 声に出ていた。

 見上げた夜空はしっかり曇っていた。

「なんかなぁ。まじで」

 さっさと家帰って、にゃんぷるを読もう。

 何より付録のコインケースを早く触りたい。

 にゃんぷるの表紙の白猫を思い出しているとテンション上がってきたのがわかる。

「ビール買って帰るか」

 明日は休みだし、ゆっくり飲みながら雑誌でも読んでリフレッシュしよう。

 そう思うと、なんかわくわくし始めた。

 帰り道の酒屋に置いてある自動販売機でビールを3本買った。

 手に持っているコンビニの袋に入れようとすると、渡し損ねたタバコが入っていた。

 金を預かったわけでもないし、休み明けにわざわざ渡すのもバカバカしい。そばにあったゴミ箱に捨てた。

 にゃんぷるが、濡れないよう本を取り出しかわりにビールを袋へ入れた。

「でも、ラッキーだったなぁ」

 歩きながらしみじみ表紙を見た。

 玄関の前に着いたときに克輝からメールが来た。

「いっちゃん、今日お疲れ。もう家着いた?今夜ログインしたら声かけて。俺朝までやってるから」

 玄関に入り廊下の電気付けたとこで「わかった」と返事をした。

 ビールを冷蔵庫に入れバスルームへ直行する。

 今夜は雑誌を読みながらまったりするつもりだったが、克輝のメールで徹夜スイッチが入ったのがわかった。

 手早くシャワーで済ませ、ビールを冷蔵庫から出してパソコンを置ている部屋の電気を着けた。

「わぁ!!!」

 今年一番の大声が出た。

 パソコンのデスクに猫が座っていた。茶色くて毛の長い、身体も大きな猫がこっちを見てドカンと座っている。

「びっくりした。おまえどこから入ったんだ?ベランダか?」

 と、窓を見たが鍵も閉まっていて開いた様子が無い。

「え~っと・・・」

 困った。猫は大好きなのだが、飼ったことが無い。とりあえずどうしたら良いんだ。ビールを片手に立ちすくんでいると、

「椅子に座れ。人間」

 と、猫に言われた。

「いやいやいや。怖い怖い」

 身体が本能的に部屋から出ようと後ずさりしようとしたそのとき、

「同じことを言わせるな。」

 大きな茶色い猫が、くわっと牙をみせる。

 いや、もう本当に怖い。僕、酔ってたっけ?え?あれ?夢か?

「なんだ夢か」

 にゃんぷるを手にして興奮したせいか、猫の夢を見ているようだ。

 そうわかると、気持ちが落ち着いてきた。

 茶色い猫の言う通り椅子に座った。

 手に持っていたビールを猫の横に置こうとしたら

「おい。そこに置くな」

 と、茶色い猫が再び、くわっと怒った。

「あ、すみません」

 僕は慌てて足元にビールを置いた。

「あの・・・」

 そう言いかける僕に茶色い猫が、

「レオンだ」

 胸のふわふわの立派な、たてがみにピッタリな名前を名乗った。

「あ、えっと、僕は井澤要です」

 ふん。と、レオンは大きく鼻を鳴らし僕を見た。

「にゃんぷる増刊号の表紙はどうだ。良いだろう」

 レオンは、キッチンに置きっぱなしにしていた、にゃんぷるの方を前足で指して僕を見ている。

 レオンの、ひげがものすごく広がっている。

「あ、えっと、まだ・・・」

「持ってこい!」

 はっきりしろと言わんばかりに、レオンの声が大きくなった。

 急いで、にゃんぷるを取りに行き僕は、元の場所へ戻ってきた。まだ封も開けていない状態だ。

「まだ、表紙しか見ていませんが。とても可愛いです」

 なぜか猫相手に敬語だ。

「その娘は、プラムだ。」

 レオンのひげが、ぶわっと前方向に向く。

「名前も可愛いですね」

 なんのやり取りだ・・・。と思いつつも平和な夢だなと口元が緩んだ。

「でわ、付録の肉球コインケースをぜひ見てみろ。素晴らしい出来だ」

 レオンが、早く開封しろとせかしてきた。

 なぜか僕は少し緊張しながら、いつもより丁寧に開封し、付録を取り出した。

「うぁ。ふわふわだ!」

 コインケースを手に持った瞬間思わず叫んでしまった。

 軽くて、ふわふわの毛、それだけでなく、ピンクの可愛い肉球もマシュマロのようにふわふわだった。

「どうだ、素晴らしいだろ」

 レオンのひげが、コインケースに刺さるんじゃないかと思うくらい、レオンは僕の手元をそれはもう前のめりにのぞき込んでいた。

「ええ!本当にすごいです」

 興奮気味に答える僕にレオンがこれでもかと推してくる。

「プラムの肉球が再現されている!」

 レオンが自分の前足を僕に見せながら得意げに言った。

「これ、プラムちゃんの肉球ですか?すごい」

 僕は両手にそっと持ち両親指でぷにぷにと肉球を触り続けた。

 本当に止まらない感触だ。

 ぷにぷにしながら、表紙を改めてまじまじと見てみた。真っ白の長い毛に金色の瞳、ピンクの鼻と耳。

「完璧です!」

 肉球をぷにぷにしながら、猫と会話する。なんて、素晴らしい夢なんだ。

 夢中でぷにぷにしている僕の親指に、そっとレオンが手を乗せた。

「会ってみたいと思わんか?」

 前のめりになっていたひげも元の場所に戻り、レオンが静かな声のトーンで僕に聞いた。

「プラムに会ってみたいと思わんか?」

僕は考える間もなく答えていた。

「会いたいです!」

 あれ?

 レオンが悪い顔してる?

 そう思った瞬間、僕は森の中にいた。

 さっきまで自分の部屋のパソコンの前で猫と話していたのに。

 空は曇っていてうっすらと月の明かりが雲の間から漏れていた。

 座り込み、空を見上げてぼうぜんとしている僕にレオンが言った。

「悪いが、夢ではない。プラムを捜せ。」

 座り込んだ地面の生暖かさ、草や木々の香り、リアルな感覚。

 少しずつ、最初から夢なんか見ていなかったんだと気づく僕の手には、プラムのコインケースが握られていた。


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