第9話・一仕事終わったら、悪霊化した親父の亡霊が出たのだ
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人間の身長と同じくらいの、ロウソクの炎が揺らぐ洞窟の中に鋭い牙のドラゴンが居た。
「別異世界の動物園に、入ってもらいたいのだ」
サンデーの言葉に、眼鏡をかけて読書をしていたドラゴンは読んでいた、人間を押し花にできるほど巨大な書物を閉じて物静かな口調で言った。
「いいでしょう、動物園の檻に入りましょう……期間限定でなら」
吸血ドラゴンは、別の本を開いて読みながら言った。
「檻の中と、檻の外、本当に自由なのはどちらなんでしょうね……檻の中に入るにあたっての、条件があります」
「どんな条件なのだ?」
「一つは読書好きなわたしのために、指定した読みたい本を動物園に届けてくれるコト」
「わかったのだ、それはメカ・ダジィに届けさせるのだ……他には?」
「わたしは、蚊に刺されてこんな希少種の吸血ドラゴンになってしまいましたが、巨獣に牙を突き刺して血を吸うワケではありません……わたしが吸うのは、ある一種類の樹木の樹液だけです」
「バナナムーンから聞いているのだ、吸血ドラゴンが吸うのは〝友情メイプル〟という名前の樹の樹液だけだと」
「そこまで、わかっていらっしゃるのなら、話しは早い……動物園の檻に入ったら、新鮮な樹液を届けて欲しい」
「わかったのだ、それもメカ・ダジィに届けさせるのだ……要望はそれだけなのか?」
「もう一つだけ……その要望は実際に見ていただいた方がいいですね。樹液が滲み出ている友情メイプルの森の食堂に来て頂ければ」
サンデーは、洞窟の中に平積みされた書籍を眺めながら言った。
「わかったのだ、一つこちらからも質問してもいいのかなのだ……この平積みされた書籍の山はどうするのだ? 動物園に入っている間の管理は?」
「大切な書籍ばかりなので……全部、持っていきますよ」
「どうやってなのだ?」
「見ていてください」
そう言うと吸血ドラゴンは、青年の姿に変わった。
さらに書籍を通常サイズから、豆本サイズにまで変化させた。
「豆本サイズに変えれば、簡単にバックに入れて持ち運べます」
書籍をドラゴン本サイズにもどして、自分もドラゴンの姿にもどって言った。
「さあ、わたしの食事をしている場所に案内します……背中に乗ってください」
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吸血ドラゴンの背中に乗って一行がやって来たのは、甘い香りの樹液が滲み出ている森に数本しかない大樹だった。
すでに、友情メイプルの大樹には樹液を求めて、樹液を食用としている別の世界から飛来して、コチの世界に居着いた外来種の『樹液翼竜』が群がっていた。
吸血ドラゴンの姿を見た翼竜たちは、一斉に逃げていった。
背中からサンデーたちを降ろして、吸血ドラゴンが言った。
「あの牙で開けた穴から滲み出ている樹液を吸います、すると翼竜が去ったのを見た彼がやってきます」
「彼?」
吸血ドラゴンが、樹木の牙穴から樹液を吸っていると、森の動物たちの声が止み。
上空から昆虫の羽音と、怒鳴り声が聞こえてきた。
「また、エサ場の樹液を吸いに来やがったか!」
上空から現れた、ドラゴンと同サイズのクワガタムシが、近くに地響きを立てて着地する。
「樹液を吸いたかったら、オレと闘え! 吸血ドラゴン!」
もはや、怪獣サイズのクワガタムシが鋭いハサミをドラゴンに向かって広げ威嚇する。
吸血ドラゴンも、コウモリのような翼を広げて威嚇する。
「いいでしょう、闘ってあげます」
怪獣クワガタと吸血ドラゴンの壮絶なバトルがはじまった。
力は互角で勝敗はつかなかった。
クワガタムシが言った。
「今回は勝敗はつかなかったが、次回は負けねぇからなオレが勝つ!」
人間形態になった、吸血ドラゴンが言った。
「わたしも、次に闘う時は負けません……動物園に入る前に、あなたと闘えて良かった」
「なんだよ、それ……動物園に入るなんて一言も聞いていないぞ」
クワガタムシも、頭にクワガタ角を生やした青年の人間形態へと変わる。
「急遽決めました……しばらく、お別れです」
人間の姿になったクワガタムシの目から樹液のような涙が溢れる。
「急すぎるぞ。オレは、おまえと闘うコトが生き甲斐なんだ。オレたちの闘いは、人間みたいに命を奪い合う殺伐としたモノじゃない……プロレスのような闘魂の闘いだ、おまえがいなくなったらオレは明日からなにを生き甲斐にすればいいんだ」
「すみません」
クワガタ青年が涙を手の甲で拭うと、ドラゴンに向って言った。
「おまえは、一度決めたら突き通すドラゴンだからな……何か考えがあって決めたんだろう、わかった待つよ」
「ありがとうございます……強くなって帰ってきます」
人間形態のドラゴンとクワガタは抱擁すると、男の涙を流しそれを見ていたダジィが、つられ泣きをした。
「ダ、ダ、ダ、ダジィ」
ダジィの目から流れ出た川のような涙が、泥人形のダジィの体を溶かし、ダジィは森の土へと還った。
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森の近くで月星 バナナムーンが、メカ・ダジィに樹液が入った壺を持たせて言った。
「先に友情メイプルの樹液が入った壺を、別世界の動物園に届けてください……落とさないように注意して」
「ソウ、ダジィ」
バナナムーンの言葉を近くで聞いた、額にドリル弾丸が刺さった黒服の殺し屋が、バナナムーンに訊ねる。
「そのロボット、別の世界へ行けるのか?」
「はい、シュークリーム・サンデーが行ける世界ならどこでも」
メカ・ダジィの足から推進力の炎が吹き出し、前方に開いた異世界空間へ向って突進していく。
殺し屋はメカ・ダジィの首にしがみつく。
「オレも連れていけぇぇ!」
高速で疾走していくメカ・ダジィにしがみついた殺し屋は途中……森から帰ってきてバナナムーンが事務をしている、コチの事務所にもどる最中のサンデーとナイトに遭遇する。
笑顔でメカ・ダジィに向って手を振るサンデーに、引き攣った笑顔を浮かべた殺し屋の男は、メカ・ダジィが突入した異世界ルートの中でウ●コを撒き散らせた。
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事務所の自分の部屋に入って、ベッドに横になったサンデーは、いつもの気配を感じた。
部屋の空気の一部が揺らぎ、スクリーム一族大虐殺で殺された。
サンデーの父親が亡霊となって現れた。
『サンデーよ、一族の惨殺された恨みをおまえの手で……分家は関係ないのに、ヴェンデッタ・ザマはおまえ一人を残して大虐殺を……この恨み晴らさずに……』
サンデーが仙人から、もらった霊符を死んだ父親亡霊の額に貼りつける。
「悪霊退散! 成仏するのだ親父!」
絶叫して成仏していく親父。
『ぎゃあぁぁぁ! サンデーおまえってヤツはぁ!』
「ボクには一族の無念とか怨念なんて、知ったこっちゃないのだ」
ベッドに体を横たえたまま、第四の壁を越えてシュークリーム・サンデーが読者に話しかける。
「ここらで、この話は一旦完結するのだ……また、いつか会えるといいのだ……ボクは一眠りするのだ……ちなみに、ボクの守護星は木目模様が美しい【木星】と呼ばれる異世界の星なのだ」
そう言って横臥したシュークリーム・サンデーは、静かに目を閉じた。