第6話・モノアイ娘は、自分から望んで動物園に入るのだ
その日──サンデーは異世界の事務所で、依頼用紙を眺めていた。
サンデーの近くにはナイトも座っていて、しきりに頭を搔きむしっている。
サンデーが頭を狂ったように掻いてる、ナイトに訊ねる。
「どうしたのだ?」
「なんだか、頭が痒いんです」
「ちょっと、頭を見せてみるのだ」
ナイトの頭を見たサンデーが言った。
「何か植物の若芽みたいなのが、数本生えてきているのだ……これは発芽したマンドラゴラの若芽なのだ」
「早く、抜いてください!」
サンデーは、若芽を撫でて状態を確認する。
「脳に根を張っているのだ……あと一日遅かったら頭蓋骨の内側で、小指の先くらいの大きさにまで成長して。引き抜くのが困難になるところだったのだ」
「なんでもいいから、抜いてください! 頭の中がムズ痒くて気持ち悪いです」
サンデーは、マンドラゴラの若芽を慎重に引き抜いて、広げたティシュペーパーの上に並べた。
ピクッピクッと蠢いているマンドラゴラの若芽を、気味が悪そうに見ながらナイトが言った。
「早く処分しちゃってください」
「まぁ、待つのだマンドラゴラは希少な植物なのだ……育てて収穫すれば高値で売れるのだ。どこかに、植え替えができる土壌があれば」
「それなら、儂いいモノを持っていますよ」
ナイトが取り出したのは、粘土造形のような泥人形だった。
土偶のような、ハニワのようなメタボ体型の泥人形だった。
「これは、親父が儂の誕生日にプレゼントしてくれた身替り泥人形の『土鈴 ダジィ』です」
ナイトが空中にダジィを放り投げると、等身の生きた泥人形に変わる。
「ダジィ~ッ」
「ダジィは、さまざまな形態に変化しますから。この一体はこのまま等身サイズで残しておきましょう……ダジィに儂の頭から引き抜いたマンドラゴラの若芽を植えつけてみれば」
「それは、良いアイディアなのだ……早速、ダジィにマンドラゴラの若芽を移植するのだ」
サンデーは、身替りメタボ泥人形にマンドラゴラの若芽を植えつけた。
「ダジィ~ッ?」
何をされたのか、わからないダジィを放っておいて。
サンデーは、次の依頼用紙をナイトに見せる。
用紙に書かれていた依頼を見てナイトが呟く。
「一つ目種族の娘? 簡単な依頼じゃないですか、コチの世界には一つ目のモノアイ種族はたくさんいるでしょう」
「それが、かえって簡単ではないのだ……下手をすれば誘拐になってしまうのだ」
「確かに、多すぎるというのも問題ですね……どうしたら」
サンデーとナイトとダジィが首をかしげていると、コーヒーを飲んでいたバナナムーンが言った。
「近所に一つ目種族が集まる、食堂が新装オープンしましたから行ってみたらどうですか? ちょうど、お腹も空く時間ですから」
「空腹だといい解決方法も浮かばないのだ……ナイトと一緒に行ってみるのだ」
◇◇◇◇◇◇
一ヶ月ほど前にオープンした、一つ目種族が多く集まる食堂は、来客数も落ち着いて、待たずにすぐに座れた。
注文した料理が運ばれてくる間に、サンデーとナイトは店内を見回す。
店内の客は、一つ目種族がほとんどだった。
一つ目の家族連れ、一つ目のグループ客、一つ目の作業服客や、商談をしている一つ目の会社員。
勉強をしている一つ目の学生もいた。
「二つ目は儂らだけですね」
「そうみたいなのだ」
しばらくすると、大皿に山盛りされた眼球料理が運ばれてきた。
「はい〝目いっぱいサービス盛り〟です……熱いですから注意してくださいね」
湯気が出ている、卵で固めた料理を皿に取り分けながら。
サンデーが一つ目の店員に訊ねる。
「今、動物園に入ってもらう一つ目の娘を探しているのだ。良かったら別異世界にある動物園の檻の中に入ってもらえないかなのだ……美人の一つ目さん」
美人の一つ目と言われた店員が、少し嬉しそうに微笑む。
「考えておきます」
そう言って、一つ目の店員は去って行った。
その頃、ヴェンデッタ家の屋敷では、当主のヴェンデッタ・ザマの悪巧みが進行していた。
◆◆◆◆◆◆
「そりゃあ、あたいらは暗殺を生業にしている殺し屋集団ですから……依頼されれば、幻獣ハンターの女の子でも殺しますけれどね」
ザマの部屋にいるのは、片目をアイパッチで隠した悩殺的で露出度が多い格好をした、殺し屋の女だった。
ザマが女に訊ねる。
「格安の暗殺集団と言うのは本当か?」
「昨今は、この業界もお客獲得の競争が激しくてね……あたいらみたいな零細暗殺者集団は大変さ」
殺し屋の女が抜いた剣が壁に張りついていた、黒いGに向かって投げつけられる。
投げられた剣の切っ先を寸前でかわした黒いGは、遠心力を利用して剣を殺し屋の女に向かって投げ返す。
投げ返された剣の柄が女の額を直撃する。
「どべっ!」
のけぞる殺し屋女に、少し不安を覚えながらもザマが言った。
「ところでこの世界〈コチ〉に、いる限りは息子のナイトを守ってくれるんだろうな」
赤くなった額を押さえながら女。
「はぁ? 格安料金の殺し屋が、なんでそんなコトまで……護衛するなら別料金の追加を」
「料金なら、これ以上は出さんぞ……おまえの所が一番、安かったから選んだんだ。イヤなら他の暗殺集団に……」
別の暗殺集団に……の言葉に焦る女殺し屋。
「わ、わかった、サービスで護衛を引き受けるから。他の暗殺集団は依頼しないでくれ」
横を向いた暗殺女が呟く。
「だいたい、パーティーを追放される側にも問題があるから、追放されたんじゃねぇか……それを、逆恨みしてスクリーム家の虐殺なんてやるから、こんなコトに」
核心を突かれて頬をヒクヒクさせるザマ。
「おい、心の声が口からだだ漏れしているぞ」
「これは、うっかり……テヘッ」
舌を出して可愛らしい仕草をしてから、殺し屋はシビアな顔にもどって言った。
「最初に言っておくが、別世界を行き来できる幻獣ハンターを暗殺したりご子息を守れるのは、コチの異世界にいる時だけに限られるからな……別世界まで追っていったら。異世界人には、あの面倒くさい法則が発動する」
異界大陸国レザリムス〈コチの世界〉の別世界往来【第一法則】──コチの世界で生まれた異世界人はAの世界〔別異世界・現世界〕との繋がりができると、その異世界人はAのみの世界にしか往復できなくなってしまい、BやCの世界へは行けなくなってしまう。
「うちらの、暗殺集団は異世界で生まれた者が、ほとんどだから一度繋がりが生じた世界しか往復できなくなる」
「暗殺用に訓練した動物ならどうだ、猟犬とかナマケモノとかアライグマとかなら」
【第三法則】動植物は、異世界・現世界関係なく、どんな世界でも自由に往復できて。気に入った世界に定着して繁殖するコトができる。
暗殺女が首を横に振る。
「そんな、訓練している余裕とお金はないし……第一、動物だから環境に適応するとも限らない……勝手な理想を言わないでくれ」
「そうか、とにかくスクリーム家の生き残りは事故に見せかけて始末して、息子のナイトは守ってくれ……うちのナイトはバナナが好物でな、小さい頃は転ぶとよく泣いていて」
「知らねぇよ! とにかく、依頼されたコトはプロとしてやるから」
ヴェンデッタ・ザマは女の言葉に、不機嫌そうに「ふんっ」と鼻を鳴らすと部屋から去って行った。
ザマの姿が部屋から消えると、殺し屋の女は壁に張りついている黒いGに向かって言った。
「どうして、打ち合わせした通りに投げた剣を額に受けずに。投げ返してきた……殺し屋アピールが台無しだ」
壁が揺らいで、額にゴキブリの飾りをつけて、目元だけが露出した黒衣の忍者が現れた。
黒装束の忍者が言った。
「だって、額に剣が刺さったら痛いでしょう。だから、思わず反射的に投げ返したんですよ」
「まあ、いい……あまり、幻獣ハンターの少女を始末するのは気が進まないが、これも非情な殺し屋稼業の宿命だ」
「本当にやるんですか……本来なら、パーティーを追放した側が策略家で、返り討ちの逆ざまぁされて終わりなのに……ヴェンデッタ・ザマは逆ざまぁされなかっただけでも運が良い」
パーティーを追放する側には、たいがい一枚上手の策略な者がいて。
逆恨みした追放者がざまぁしてくる前に、先手を打って返り討ちの逆ざまぁにするのが通常だった。
「しかも、ヴェンデッタ・ザマは自分をパーティーから追放した、ストリーム家本家の者だけじゃなくて、関係がない分家の者たちまでも皆殺しにしたから……ざまぁの連鎖発生だ」
その時、部屋のドアが開いてヴェンデッタ・ザマが顔を覗かせて言った。
「言い忘れたが可愛いナイトに、もしもの事があったら。ワンランク上の殺し屋を、おまえたちに差し向けるからな……肝に銘じておけ」
とっさに、忍者は「ふにゃぁぁ」と、ネコのマネをして。
それを見たザマはポツリと。
「変わった、ノラネコだな」
そう言って、部屋のドアを閉めた。
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