第5話・悪役令嬢と思い込んでいる実の母親を動物園に叩き込むのだ
サンデーは、故郷の異世界〔コチの世界〕で、月星 バナナムーンが事務をしている建物の部屋で、ナイトを前に何やら考え込んでいた。
「やっぱり、なんとかしないとダメなのだ……う~ん」
ナイトは、サンデーの魅惑的な日焼け境界線をチラチラ眺めながら、サンデーに訊ねる。
「いったい何をそんなに悩んでいるんですか? いつものサンデーらしくない……そう言えばサンデーって、たまに何も無い空間や壁に向かってブツブツ呟いていますね? いったい何をやっているんですか?」
「ナイトには話しても理解できない世界なのだ……やっぱり、どう考えてもナイトと一緒に幻獣ハンターの仕事をするためには、この方法しか無いのだ」
「いったい、何を言っ……」
サンデーが指を鳴らすと周囲がモノクロに変わり。
壁越えをしたサンデーが作者を呼んだ。
「おーい、作者、ちょっと相談があるのだ」
登場人物からいきなり呼ばれた作者が、面倒くさそうに第一の壁の裏側から現れる。
「なにか用か! 馴れ馴れしすぎるぞ! 本来は作者は作品の裏側に隠れているもんだろうが!」
「どうしても、頼みたいコトがあって呼び出したのだ……この異世界コチの世界には、作者が設定した法則があるのだ。その法則だと困ったコトが発生するのだ」
「困ったコト?」
【第一の法則】
コチの世界で生まれた異世界人はAの世界〔別異世界・現世界〕との繋がりができると、その異世界人はAのみの世界にしか往復できなくなってしまい、BやCの世界へは行けなくなってしまう。
「この法則に従うと、ナイトはボクと一緒にさまざまな世界を移動して幻獣ハンターするコトが、できなくなってしまうのだ……ナイトの体にも、ボクと同じようにいろいろな世界を往復できるように、こっそり設定し直して欲しいのだ」
「ぐぬぬぬっ……確かに言われてみれば、それは設定の盲点だった。わかった、なんとかやってみる。最初に厄介な設定作っちまったな」
「頼むのだ」
「その他には何かあるか?」
「今のところは、それだけでいいのだ。ボクが聞いた話しだと、コチの世界では第二の法則で、現世界〔アチの世界〕から召喚や転移以外のゲートや洞窟を抜けてやって来た現世界人が、元の世界にもどろうとすると大変なコトになるというのは本当かなのだ?」
「あぁ、ゲートや洞窟を抜けてやって来た現世界人は、元の世界にもどる途中で、ウ●コになってしまう……じゃあ、作者は壁の向こう側にもどるからな」
そう言って、モノクロの背景を破って作者が退場すると、サンデーは指を鳴らして元の状態にもどす。
ナイトが、中断していたセリフをしゃべる。
「……っているんですか? 悩み事なら相談に乗りますよ」
「もう、解決したのだ」
「???」
◇◇◇◇◇◇
サンデーが、コーヒーを飲んでいるバナナムーンに向かって訊ねる。
「何か依頼は来ているのかなのだ?」
バナナムーンが、腕を伸ばしてサンデーに依頼用紙を渡す。
「届いている依頼は、それだけですよ」
そこには『動物園が見世物にする、悪役令嬢を探している』と、書かれていた。
「悪役令嬢なんて、そうそう見つかるはずが悪役令嬢を公表しているヤツがいるはずが……あっ、赤ん坊のボクを谷川に投げ捨てた非情な、悪役令嬢の毒母親がいたのだ……でも、所在が不明なのだ」
バナナムーンが無言で絵ハガキをサンデーに渡す、そこには男性と並んで微笑んでいる悪役令嬢の母親の姿が描かれ『結婚しました』と、添え書きされていた。
「少し前に仙人のところに届いていた葉書です……いったい、どういうつもりでサンデーの母親は、そんなハガキを送ってきたのか理解に苦しみます」
「ボクにはなんとなくわかるのだ……結婚したコトを周囲に伝えたかったのだ」
「初婚の娘じゃあるまいし……サンデーにハガキを見せた時の反応を懸念して、今までハガキを見せませんでしたが。その様子だと、取り越し苦労だったみたいですね……で、どうします書かれている住所に行くんですか?」
「もちろん、依頼を受けて悪役令嬢の母親を説得して、動物園で見世物になってもらうのだ」
◇◇◇◇◇◇
サンデーとナイトは、コチの異世界内の牧歌的な風景の田舎にやって来た。
のどかな時間が流れる田舎で、村人に道を聞きながらサンデーは悪役令嬢の母親が住む水車小屋と併設した、家にやって来た。
柵で区切られた野菜畑に囲まれた。その家の前の井戸から、水を汲み上げている一人の女性がいた。
ハガキに描かれた絵と、女性の顔を見比べるサンデー。
「間違いないのだ……赤子のボクを谷川に捨てた、悪役令嬢の母親なのだ」
ごく普通に悪役令嬢に近づいたサンデーが、自分を川に捨てた母親に向かって言った。
「あなたが、尖山の谷川に捨てた娘のシュークリーム・サンデーなのだ」
母親は特に驚く様子もなく、額の汗を手の甲で拭う。
「あら、大きくなって川をのぼって帰ってきたの?」
「サケでは無いので、海から川をのぼって帰ってはこないのだ……お袋は、若い姿のままなのだ、どういうコトなのだ?」
「うふっ、わかるぅ……実は再婚した愛しのダーリンが、持っていた年齢を重ねても容姿が変わらない秘薬を飲んだの。その秘薬があったから、ダーリンの求愛を受けたの」
「やっぱり、最低の毒母親なのだ……私情は捨てて、幻獣ハンターとしての依頼を進めるのだ。ずばり、悪役令嬢として動物園の檻の中で見世物になってもらいたいのだ」
「悪くないわね……でも、一応はダーリンの承諾を得ないと」
「そのダーリンは、どこにいるのだ?」
「村の集まりで公民館に……あ、帰ってきた」
ハガキに描かれていた、たくましい若い男が、掲げた布袋を悪役令嬢に見せながら言った。
「村長さんから、マンドラゴラの種をもらってきた。庭の畑に蒔いてみよう……ん、君は?」
「この女に赤ん坊の頃に谷川に捨てられた、娘のシュークリーム・サンデーなのだ……赤ちゃんの時のコトなので、どうでもいいのだ」
「君が悪役 令嬢が話していた、谷川をプカプカ浮かんで流れっていった娘か……てっきり、川下で老夫婦に拾われて鬼人退治でもしているかと思った」
「ボクを育てたのは、エロ仙人と野人ママと女神サマなのだ……悪役令嬢の母親を説得して、動物園に入ってもらうために来たのだ。あなたが承諾すれば動物園に入ってもらうのだ」
ダーリンの手から、マンドラゴラの種が入った袋が地面に落ちて。袋の口から飛び出した数粒の種が、ナイトの頭に飛んだコトは誰も気づいていなかった。
涙を流すダーリン。
「いやだ、悪役 令嬢と離れて暮らすなんてイヤだぁぁぁ!」
白煙の中、ダーリンの姿は白い大蛇に変わった。
「令嬢を連れて行きたかったら、白蛇神のオレを倒してから連れて行け!」
背負っていたバックパックを下ろして、フタを開けるサンデー。
「やっぱり、こうなってしまったのだ……穏便に済まそうとしたけれどムリだったのだ、闘うのだ……武闘に通じた木人『木人堂木鶏』来るのだ」
バックパックの中から、頭部がニワトリの頭をした木人が現れた。
木鶏がサンデーに言った。
「拙者を呼び出したか?」
「うん、呼んだ……木鶏の力で、あの大蛇の相手をするのだ殺してはダメなのだ」
「承知した」
木鶏の手から木製の刀が生える。
「いざっ、参る」
木鶏の一閃が、大蛇の頭を縦に真っ二つにする。
斬られた頭は二本の頭に変わる。
二つ頭の白蛇は、木鶏の体に巻きついて締めつけはじめた。
木の軋む音が聞こえ、木鶏の木体ジョイントが外れバラバラになる。
上半身と下半身に分離した木鶏は、手足を使って白蛇の気道を締めつけた。
「木人堂流捕縛術〝気道圧迫〟」
ダーリンの目が、苦しみの白眼に変わる。
「ぐはぁぁっ」
牙から毒霧を出しながら、気絶した白蛇はダーリンの姿にもどる。
ダーリンに駆け寄って、介抱する悪役令嬢。意識を取り戻したダーリンが駄々っ子のように、悪役令嬢に抱きついて泣きじゃくる。
「やっぱりイヤだぁぁぁ、悪役 令嬢と離れるのイヤだぁぁぁ!」
苦笑しながら、サンデーが言った。
「そんなに離れるのが嫌なら、同じ檻に一緒に入ればいいのだ……動物園の方にはボクが話しをつけるのだ」
涙で頬を濡らしたダーリンが顔を上げる。
「えっ、可能なのか?」
「期間限定展示の『世界の転生悪役令嬢展』なのだ……家で待っていても数ヶ月後には帰ってくるのだ。でも離れたくなかったら、ツガイとして動物園に入るのだ」
ダーリンの顔に明るさがもどる。
「聞いたか、令嬢……離れなくてもいいんだ」
「あなた、愛しています」
悪役令嬢の母親は、谷川に捨てた娘の前で平気で、再婚した夫と熱いキスをして。
赤面したサンデーは視線を外した。
「とにかく、悪役令嬢と、その夫を動物園に送るのだ」
そして、小屋の薄暗い場所に産み落とされていたマダラ模様の卵の一つに、ピシッとヒビが走った。