第3話・ボクが赤ちゃんだった頃に何があったのかなんて……どうでもいいのだ
その日も、奄美 日曜は学校の教室で一人……お昼ご飯を食べていた。
可愛らしいお弁当箱の中を覗き込むと、今日のお弁当は得体が知れない混ぜご飯で、自作のオカズもカオスで不気味だった。
モザイク処理がされたお弁当を食べていた日曜が〝読者〟の視線に気づいて。
第四の壁を越えて、読者に向かって話しかけてきた。
「あまり、女の子のお弁当を興味本位で覗くのは感心しないのだ……いきなり、作品のキャラクターが話しかけできたからビックリさせてしまったのだ……これが、ボクの特殊スキル〝壁越え〟なのだ」
お弁当を食べ終わった日曜は、向こう側に読者がいる見えない第四の壁を、コンコンと軽く叩いてみせた。
「ボクが第四の壁を越える能力を持っているコトは、作品の登場キャラクターの多くは知らないのだ……知っているのは、ボクにこの力を分け与えてくれた『壁越えの女神』と『作者』と『読者』のみんなだけなのだ……このコトは他の登場人物には秘密なのだ」
そう言って、口元に人差し指を立てた日曜は、女子トイレへ向かった。
トイレの中に誰もいないのを確認した日曜は、鏡に映っている自分を見ながら呟く。
「今日は幻獣ハンターの仕事はお休みなのだ……久しぶりに異世界故郷でボクを育てくれた、仙人のジイジや野人の育ての母親や壁越えの女神さまに会いに行くのだ……行った時の時間と、戻ってきた時の時間調整は作者がやってくれるのだ」
日曜は鏡の中に首を突っ込んで、そのまま異世界へ通じるルートを通って故郷異世界に入った。
◇◇◇◇◇◇
|シュークリーム・サンデー《奄美 日曜》に変わったサンデーが、立っているのは故郷異世界で仙人峡と呼ばれている場所だった。
サンデーは、さまざまな異世界を往来して、依頼された幻獣をハンターしている。
中華の墨絵のような、尖山が並ぶ奇景の中で山の頂上に建てられた小屋へ足を踏み入れるサンデー。
小屋の土間では、胸に布を巻いて腰布を付けた、メスの野人が食事を作っていた。
野人はサンデーを一目見るなり、牙を剥いて襲いかかる。
飛び下って小屋から出たサンデーは、松の枝に飛び乗って三段蹴りで追ってきた野人に蹴りを浴びせる。
野人は腕を交差させてサンデーの攻撃を防いだ。
「まだまだ、攻撃は続くのだ……たったったったっ」
空中停止した格好で両足で蹴りを繰り出すサンデー、野人は交差した腕で攻撃を防ぎ続ける。
やがて、攻撃をやめたサンデーが着地すると、野人ママは防御を解いて嬉しそうにサンデーに駆け寄ってきて抱き締める。
普通の人間だったら肋骨がボキッボキッ折れるほどの、怪力で抱き締められたサンデーが微笑む。
「うほっ、うほっ」
「野人ママ、元気そうなのだ……サンデーも元気なのだ」
その時、入り口の垂れ下がった竹戸を押し開けて、下半身がジョギングウェアで上半身に『巨乳主義』とプリントされたティーシャツを着た仙人が、顔の汗をタオルで拭きながら入ってきた。
尖山の頂上を飛び跳ねて日課のジョギングをしてきた、サンデーの育ての親の一人……仙人ジィジが言った。
「お帰り、サンデー……また、少し胸が成長したな」
「エロ仙人ジィジ、ただいまなのだ……帰るたびに胸ばかり見られて困るのだ、第四の壁越え女神サマは?」
「サンデーが帰ってくるコトは、連絡されているはずだから……もうすぐ来るだろ」
今度は空飛ぶ魔女のホウキに乗ったサンデーを育てた三人目の女神が、竹戸を押し開けて入ってきた。
ホウキから飛び降りた女神が、サンデーに向かって言った。
「久しぶりなのだサンデー……急に里帰りしたというコトは、何か相談事が発生したのかなのだ?」
「さすが、壁越えの女神サマはお見通しなのだ……それでいいのだ」
◇◇◇◇◇◇
メスの野人からは脅威的な身体能力を……エロ仙人からは少しばかりの仙術を……壁越え女神からは特殊な壁越えスキルをサンデーは分け与えられた。
サンデーが言った。
「実は一週間前に、ボクの故郷のこの異世界──異界大陸レザリムスの〝コチの世界〟で、幻獣ハンターしている最中に一人の同じ年の男の子と出会って、仲良くなったのだ」
「それは、良かったのだ……なんて名前の男の子なのだ?」
「ヴェンデッタ家の『ナイト・サタデー』という名前の男の子なのだ」
その場にいたサンデーの育ての親三人は、不可解そうな表情をした。
しばらくして、最初に口を開いたのは水瓶から柄杓ですくった、水で喉を潤した仙人だった。
「それもまた、奇妙な巡り合わせか……サンデーの実の母親が、変えようとして失敗した破滅ルートの残像か……まさか、ヴェンデッタ家のご子息とは」
「ボクには、過去に大虐殺があったとしてもヴェンデッタ家もスクリーム家も関係ないのだ……登場、赤ちゃんだったボクは何も覚えていないのだ」
ここで、サンデーは第四の壁を越えると、読者の方を向いて指を鳴らした。
サンデーと壁越えの女神以外の風景が、モノクロに変わって停止する、サンデーが言った。
「いちいち、説明するのも面倒くさいのでろ……作者の力で一週間前に、早戻りで時間を飛ばして戻すのだ……女神サマ、こういう時空の壁を越えるスキルの使い方もボク的にはありなのだ」
壁越えの女神がうなづく。
「好きにやればいいのだ」
停止した時間がジャンピングで逆戻りする。
一週間前──シュークリーム・サンデーは、移動している異世界の森から荒野に振り落とされた。
移動する森の正体は、巨大な陸ガメの背中に生い茂った森だった。
去っていく巨大陸ガメから荒野に振り落とされたのは、シュークリーム・サンデーと、植物園から依頼された世にも珍しい動くバロメッツの木。
それと、プチ家出をして森でソロキャンプをしていた。ナイト・サタデーの三人(?)だった。
動き回るたびに、子羊を産み落としている、怯えるバロメッツの木にサンデーが言った。
「怖くないのだ、植物園に入れば。ここよりも安心して羊を産めるのだ……もう、逃げ回らなくて済むのだ」
理解してうなづいたバロメッツの木は、感謝の気持ちを示してユニコーンの子馬を一頭産み落とした。
「説得成功なのだ……さてと、ところで」
シャツから覗いている下乳から、腰骨が見えるまでの辺りと。
デニムの太モモの辺りで切断して、鎖で繋げた部分の日焼けを凝視している。
ナイト・サタデーに向かって言った。
「君は誰なのだ? どうして、さっきからボクの日焼けした部分ばかり見ているのだ」
素性を明かしたナイト・サタデーはサンデーの日焼けした箇所に興奮して言った。
「はぁはぁはぁ……なんて素敵な日焼けをした女性なんだ、興奮が止まらない。お願いですボクを一緒に連れて行ってください! なんでもします!」
ナイトは、女性の日焼けした肌フェチだった。
しばらく話してみて、サンデーとサタデーは意気投合した。
「なんとなく、サタデーとは気が合いそうなのだ……幻獣ハンターの依頼に同行してもいいけれど、二つばかり条件があるのだ」
「なんですか?」
「自分の名称をボクから、儂に変えるのだ……ボクが二人いると、ややこしいので」
「わかりました、その魅力的な日焼けを近くで見せてくれるのなら……ボク、じゃなかった儂と言い変えます。もう一つは?」
「口論して屋敷を出てた父親の呼び方を、父上から〝親父〟に変えるのだ……父親の名前は?」
「ボ……儂の父親の名前は『ヴェンデッタ・ザマ』です。ヴェンデッタ家の当主です」
「ヴェンデッタ? あぁ、あの……ストリーム家を大虐殺して、一族を根絶やしにしたという」
サタデーは、サンデーの言葉に少し暗い顔をした。
「やっぱり、ヴェンデッタ家の悪行は消すことができないこの世界の闇歴史ですね。儂の赤ん坊の時の出来事で、ぜんぜん記憶になくて後から、聞かされて……儂は一生涯、この家系の罪を背負って生きて……」
「背負って生きていかなくてもいいのだ、赤ん坊の時に起こってしまったコトなど背負わなくていいのだ……ボクも赤ん坊だったから、まったく覚えていないから。気にしていないのだ……ボクは大虐殺を免れた『スクリーム家』の最後の一人、生き残りなのだ」
サタデーの口から驚きの声が漏れる。
「えぇぇぇぇぇぇ⁉」
ここでサンデーが、パチンッと指を鳴らして、背景がモノクロ化して停止する。
サンデーが第四の壁を越えて読者に向かって話しかけてきた。
「衝撃的な展開で、読者のみんなもついてくるのが大変なのだ……長くなったので、次の話に作者に頼んで持ち越してもらうのだ……もう少しだけ、この流れにつき合って欲しいのだ」
場所と時間が移動して、場面がすっ飛んでヴェンデッタ家の書斎へと移った。