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HOUND -Lock-  作者: 無碍
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First ―Lady?―

 腰に巻かれた銃帯ホルスターには、愛用の二挺拳銃。

 幾度も死閃を越え、幾多の化物を屠り、常に共に在って来た相棒。

 口径五〇。最大装弾十二発。頑健なフレームに護拳ナックルガード

 砂漠の大鷲を元にしたその二挺は、砂漠の大鷲を基礎フレームに、寡黙な銃職人ガン・スミスによって製造され、またその材質はとある魔法使い謹製の合金によって精製、己自身の血すらも触媒に使用し、霊気の同調率を完成させた、正に文字通りの特注品ワン・オフ・モデル

 込められた弾丸は知り合いの退魔師特性の銀の弾丸シルバーバレット。元来銀には退魔の概念が含まれやすい。それを更に表出させたこの弾丸は、在るだけで多少の魔除にすらなる。

 この世に唯一対の黒拳銃。


 ――それは、空木双侍の鋭い牙の一つ。




 冬の大気は冷たい。曇天の空模様は否応無しに心を沈めてくるし、その上肺に入れ込む酸素は内側から切り崩していくようだ。

 吐き出した息は白く、それは気温の低さへの文句のように思える。


「……ああ、クソったれ」


 意識されない通り・・・・・・・・を抜けて、少女――永栄ナガエ優美子ユミコが通っている高校へと移動している。聞けば県下有数の進学校で、そこに通っているらしい。

 事実、彼女が着ている服もきちんと着こなされ、どこかを崩していると言うことは無い。恐らくは成績自体も優秀で真面目なのだろう。

 詮索も甚だしい、と考えを打ち切った。下らない。

 面倒事バックアップ店主ハゲが何とかするだろう。自分の知ったことじゃあない。


「……あの」


「何か?」


 付かず離れず、己の後ろを付いてくる少女。

 歩幅を合わせてはいるが、付いて来いと言った覚えは無い。来る必要性も無い。

 先程と変わらない消極的で消え入りそうな声は、此方へ伝える意図があったのだろうか。


「あの、えと……」


「……」


 無言で彼は歩く。

 少女に合わせた短い歩幅で、しかし一切の譲歩無く歩み続ける。


「その、貴方方は……一体……?」


「ただの始末屋だ」


 言って、苦笑する。始末屋とは成る程、言い得て妙だ。

 始末屋。ああ、確かに有っている。人間が――厳密には異なるが――発する負の感情等より生まれる瘴気。それらから生まれる『魔』。または怪奇現象の隠蔽、そして被害者の保護――。

 ああ、確かに国の狗であり始末屋だろう。国からの金を貪り、そして国にとっての不要な事柄を消す。

 それが――退魔士。

 魔を退けるべき者が今では同じ人を退けることさえもある。皮肉な話だ。


「そうじゃなくてっ。あの……こういったこと・・・・・・・に、慣れて、るんですか……?」


 可笑しな事を言う奴だ、と即座に言葉が脳裏を走る。

 は、と白い息を大気に流して、言葉を形作る為の酸素を肺腑へと送り込む。

 下らない質問だな、と思いつつ、


「慣れなきゃとっくの昔に俺は野垂れ死んでるさ。そして俺は生きてる」


「……それ、は……っ」


永栄ナガエ。お前も昨晩体験しただろう? ああいった気違いの異常クレイジーな野郎や、御伽噺に出て来る様な化物を相手にするのが俺達だ。一歩間違えりゃ死ぬ。それだけだ」


 世界の『裏側』。『表側』を日常だとするのならば、此方側・・・は非日常だ。時代遅れと笑われた筈の侍や騎士、ちっぽけな身一つで戦う拳闘士、目を疑っちまう魔法使いまで居る。そしてそれらに付物の化物も、だ。

 何の為に力が要るのか。簡単だ。力が無ければ解決出来ない事が有るから、だ。

 言葉が通じないモノ。意志が疎通出来ないモノ。そもこの世界の原理からして異なるモノ。

 それら相手に話が通じるのならば、今頃退魔士はとっくに廃止されているだろう。

 しかし少女はお気に召さないらしい。一息詰めた後で、だがまっすぐに此方へと視線を向けた後に驚くほどの声量で。


「そんなの!」


 はン、と嘲笑を一つ。続きを潰した上で言葉を放つ。

 青いな、と一つ感想を胸に抱きながら、


「可笑しい、とでも言うつもりか?」


「――ッ」


「誰かがやらなくてはならない――だから誰かがやる。それがどうした? 誰だって下水の整備なんてやり炊かないだろう? だがやらなければ困る。だからやるだけのことだ」


「そうですけど……!! そんなの……、そんなのって……ッ、私は、認めれません!!」


「それで?」


 息が止まるのを悟る。

 下らない、と追加で批評を下してから話す言葉は無いと思考する。

 歩く速度に狂いは無く、一定で澱みは無い。


永栄ナガエ、良く聞け。お前が何と言おうとこの世界は変わらない。平穏の裏には激動が、安全の背後には危険が哂ってやがる。裏が在れば表が在るってのは簡単だ」


「それが、どうしたって言うんですか……」


「何も自分を責めることじゃ無いさ。お前はまだ子供で、学ぶべき事も多い。退魔士オレタチのような存在があることも、化物のような存在があることもお前にどうにかできるコトじゃない。いや、誰にも出来ないんだ」


「……っ、それでも……私は……」


 は、と苦笑を一つ。

 

「全部どうにかできるなんてことは無い。それは只の傲慢だ。覚えておけ。実行できない理想は下らない妄想だ、ってな」


「……」


 言葉は聞こえない。恐らく少女は唇を噛み締め、俯いているのだろう。己の無力に。

 若いな、と思う。己への怒りを覚えているのは若いだけでなく前へと進めるからだ。

 己にもそのような時期が在ったのかと想いながら、白い大気を抜けていく。


「だが――」


「……」


 微かに苦笑。甘いな、と自分を評価し、しかし――、

 ……子供は夢を見るモンだ。


「理想ってのは実行出来ないから理想なんだ。俺は、理想を夢に、夢を現実に変えてきた奴なら何人も知ってるさ」


「……!!」


 只の剣一本で大悪魔を殺した人間。妙な双剣で万の化物を一瞬で滅した人間。涙を流し、己の大切な者の為に守ることを選んだ『魔』。ただの一般人が、それこそ意志の力によって素手で化物と渡り合ったって言う事例すらもある。


 だから。


「ま、精々諦めないコトだ」


「――っ、はいっ!!」


 喜色満々の声に、思わず苦笑した。




 国立の高校だ。

 少女が通う学校は近辺地域でも有名な高校であり、著名度に比例するように偏差値も高い。所謂難関校と言う場所で、県下有数の進学校でもあった。

 基本成績が高く、差はあるものの、ほぼ全ての生徒が規律を乱さない。

 その分、規律、規則は厳しく、破れば厳罰が与えられると言う典型的な古い思想の学校だ。


「あの……、そう言えばうちの学校って警備が厳しいんですが……大丈夫、ですか……?」


「お前に心配されることじゃないさ」


 数十メートル程度の坂を上れば、警備員が常時配属されている巨大な門がある。

 カードキー制の認証システムは事前準備が無ければ通過できない。


 間断無く歩けば三十秒とかからない距離。それを歩く。

 慌てて付いてくる気配があるが、無視。


 学校の名などに興味は無い。そのままに通る。

 巨大な鉄格子で組まれた正門の横に、小さな客門がある。


「ちょ……う、空木ウツギ、さん……! だから、入れないんですって……」


「問題無い」


 カードキーを差し込むスリットの横。読み取り専用の液晶画面がある。

 そこに懐から取り出した、携帯型のPDAを翳す。

 耳障りな電子音と共に施錠解除の音が鳴る。


「え……?」


 呆けている少女を背に、校内の敷地へと足を踏み入れる。

 既に時刻は正午前。既に授業は始まっているだろうし、校庭内に人影は見当たらない。


 微かに霊力を眼へと集め、学校全体を見る。

 龍脈パワースポットでは無いらしく、地面に大きな力の流れは無い。

 しかし、瘴気が所々にある辺り、此処はやはり、ストレスのたまる学校なのだろうか。


 そしてその瘴気を喰らう何かが大気にいくつも存在している。


 殆どが不定形の微弱なもの。表面も何も無く、ただそれらを喰っているだけ。


 ……雑霊の溜まり場、か。否、人為的に此処へ集めたのか?


 雑霊。死者の念や、人間の思い等から現世に現れるそれらは、時に人に害を齎す。

 だが、大抵の場合は小規模なものであり、自分達『退魔士』が必要なものは殆どないが――


「――受肉一歩手前のモノが居るな」


 余りにも強い思い、力は、不定形ではいられない。自然とそれらに見合う形として、この世へと現れることとなる。

 それは鷹揚にして人への嫉妬であったり、憎悪であったりするため、人には悪霊として恐れられることになる。


「……」


 吐息をついて眼光を飛ばし、大気中の雑霊を片付けていく。数は多いが、一睨みすれば消えてしまうようなものだ。始末するのはたやすい。


「――う、つぎさ、んっ……あ、歩くの、早すぎで、す、よぅ……」


「そんなものだ」


 一言で切って捨てる。会話は必要ない。

 そして、これ以上彼女を自分の傍においておく必要も無い。


「永栄。お前は教室に行け」


「え?」


 呆けた声を出す少女に、男は振り向きもせず、


「これ以上は多少なりとも危険が付き纏う。少なくともお前に怪我をさせるつもりは毛頭無いが、それでも万が一、と言うことがある。だが、こういった『魔』は人の多いところに余り近づきはしない。だからお前は教室に行け。いいな?」


 此処から先は日常じゃあない。『表』の常識は無い。『非』日常だ。

 故に、意識を切り替えろ。何事にも動揺せず、冷徹に対処できるように。


 ――描くのは一挺の銃。

 それは己が始めて身に着けた牙。『裏』としての原初の記憶。

 古めかしい回転式リボルバー小口径ハンド・ガン。真っ黒なソレはその牙を即座に放てる。

 がちん、と。戟鉄を落とす。


 それが男の、空木双侍の『退魔士』としての合図だ。




「い、いきなり、何を言うんですか……!」


 未だ息が上がりかけている少女は、それでも抗議の声を放つ。

 男はより鋭利になった視線を微かに少女へと向け、


「――餓鬼の御守をしてやる程暇じゃあないんだ」


 絶句。今の少女の状態を表すにはソレが一番だ。

 そんな少女を尻目に、男は校舎正面右手、焼却場がある方角へと足を進め始めた。

 ごつ、ごつ、と、重い皮の音が二人だけの校庭に響く。


 視線は弾丸。体は鋼鉄。

 群がる雑霊を蹴散らして進む。


「っ……、嫌です!」


「……は?」


 間の抜けた声が聞こえた、と思い、何処からだと探れば、口がちょうど新円の形に開いていることに気づく。

 ――直後、少女が目の前にまで迫っていた。


 一瞬で移動したのか、と思い、そんな身体能力は無かったと確信する。ならば何故此処まで接近されたかと思い、


 ……思考の空白が、過大だった……?


 思考が終るまでも無く、少女の口が開き、跳ね上がった眉尻と眼が此方を見据え、


「空木さん、貴方は言いましたよね? 『依頼を受けてやる気は有る』って」


「……確かに、言ったな」


 先程の喫茶での会話だ。反芻してみれば、確かに言った覚えがある。


「それが、何か?」


 問えば、何故か彼女は自身を顔に満たせ、


「――雇用者は依頼者の命令に従うべきですっ」


「馬鹿かお前は」


「はぅっ!?」


 拳骨を振り落とした。

 握り締めた拳はまごうこと無く脳天に突き刺さり、鈍い打音を響かせた。

 そのまま両手をこめかみに持って行き、中指を立てた一本拳でぐりぐりと指圧する。


「あた、たたたたたたっ!?」


「良いか? 良く聞いておけよ永栄」


 問いかけながらも指圧は止まらず、悲鳴とも取れる声が連続して響く。


「遊びや餓鬼の好奇心でやってるんじゃ無いんだ。一歩間違えりゃあそこで終り。軽く考える前に勉学に励めよ高校生レディ?」


「……ッ!!」


 明らかな侮蔑の言葉に、羞恥と怒りの気配が背後でするが、気にはならない。

 職業柄、人に恨まれる事は何度もあったし、性格柄、それらを気にする事がどうも苦手だ。

 軽く手を後ろに振って、瘴気の強い場所へと足を進めた。

非常に難産でした……。

というか、永栄が子供と言うか、非常にややこしい性格なのと、双侍が非常に歯に衣着せない性格で恐ろしい……。

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