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HOUND -Lock-  作者: 無碍
3/6

First ―Bad Time―

 喫茶―Holiday―。

 それは繁華街の寂れたシャッター街の一際奥に在り、そこ自体は寂れては居ない、が、しかしてどうにも人に判り辛い場所にあった。

 道行く人々はその小路に気付かないし、ましてやその奥に在る喫茶に気付く筈も無い。


 だが、意外なことにそこには三人の人影があった。


 否、人影が在ること自体はおかしくは無い。店主、常連客など、数名は居るが、今現在の時刻は十時過ぎ。本来ならば店主と常連客の一人しか居ない時間だ。

 繰り返すが、そこは人の無意識下において意識されない場所である。つまりは、自然と気付ける筈が無いのだ。

 故に、少女は誰かに招かれたと言うことになる。


「……助けてくれとは、どういうことだ?」


 招いた張本人――男が訝しげに少女へと問を放った。声音には猜疑が含まれており、冷たい。

 向けた視線の先には、冬用のコートを着込んだ少女。

 此方を見る瞳は、やはり揺れており、涙さえも溜まっている。

 成る程、確かにそれは助けを請う者の眼だ。己ではどうにもならず、しかし他者が解決法を持っているときにある、もしやという希望も眼の中には在る。


「そ、それは、その……」


 問いかけには口ごもる少女。目線を逸らし、身動ぎをする姿は、何か理由でも在るのだろうか。

 だが、実際、自分には大して関わりが無い。そもそも、彼女に渡した紙は自分を当てにしろ、ということではなく、店主に伝を教えてもらえ、と、確かにそう書いた筈だが。

 溜息を一つ。


「言い難いような事ならば此処に来るな。自分から声を掛けただけで助けて貰えるとでも思ったのか? ならとんだお門違いだな。此処は別に交番でもなければ、親切で仕事をやってるような奴でもない。だから――」


「双侍君」


 肩に何か乗ったと感じた瞬間、視界が回っていた。

 瞬間で投げられたのだと判断。現在は一メートルほどを投げられ、上下逆さの体。

 右足を振り上げることによって半回転。靴の底でブレーキングをかけ、腰を落とすことで更に速度をいなす。

 いきなり此方をブン投げた張本人――店主が、サングラスの向こう側で笑っていない笑顔を向けている。


「――いい加減にしろ。頼ってくれる事への照れ隠しなら、もっと穏便な言葉を選べ」


「あ? 黙れよハゲ。誰が照れ隠しだって? その眼は義眼か? それとも禿げ過ぎて視神経に異常が出たか? ああ、とても残念だ、今すぐに良い病院を紹介してやるよ。チップは銀だ。ああ、心配しなくても俺が払ってやる。吐く程度には腹に詰め込んでやるよ」


「だから、それが照れ隠しだと言うんだ。普段そんな長口上を言ったりはしないだろう?」


「違うと言ってるだろうが? 俺はな、こういう助けを求めれば助かると思ってる餓鬼が大嫌いで――」


「彼女を助けたのは君だろう? 故にもう一度彼女が君を頼っても不思議じゃない」


「……」



 口を閉ざした男は、目線を少女とは反対側、左へと投げて舌打ちをひとつ。

 身を竦めた少女に、大丈夫だという意思を乗せた店主の手が振られる。

 そのままに店主は男へと顔を向け、


「ま、双侍君。これも君が背負い込んだことだ。観念しなよ」


 にやりと笑みを浮かべた店主に、話を振られた男は。


「……ッ。勝手に話でもしてろ」


「だ、そうだよ?」


 そっぽを向いた男と、対照的に笑顔で話しかける店主。

 二人の行動が余にも様になり過ぎていて、思わず少女は笑みを浮かべた。




 店内から覗ける窓からは、僅かに曇った空が見える

 人通りも段々と落ち着いてきた大通りは、しかしそれでも人々に踏みしめられたままだ。

 強くない照明は、淡いオレンジの光として店内の落ち着いた雰囲気を更に強くする。

 木製のカウンター席には、一人の男と一人の少女。

 彼らに飲料物を提供するのは店主の務めだ。


 席に座る少女には高すぎたのか、行き場を失った足が揺れている。

 俯き加減の少女は、両手の中にあるココアに視線を落としている。

 その表情は眉尻を下げ、口元を引き結んだ陰鬱の顔。


「……私、あの、名前は、永栄ナガエ優美子ユミコって、いいます。それで、あの……」


 ポツリ、と。

 漏らされた言葉が、続く。


 ――筈が、店主の声によって、言葉の進行は阻まれた。

 相手の息を衝く絶妙なタイミングは、捻くれ者との長い付き合い故か。


「――ああ、そうだ。すまないね、名前を名乗るのを忘れてた。僕は赤坂アカサカ賢治ケンジ。この喫茶、Holidayを経営してる。よろしく」


 言うと、店主は右手を少女へと差し出した。

 数瞬、少女が迷ってからその手を握り返した。よろしくお願いします、という小さな声。

 その応えに店主が微笑を以って頷く。


「……空木。――空木ウツギ双侍ソウジだ」


 無愛想な声。だが、それでも一応の礼儀としてか、右手を少女へと僅かに差し出す。

 少女は僅かに目を開き、微かな笑みを浮かべて握り返した。確かな声でよろしくお願いします、と。

 店主は更に笑みを深くした。

 しかしその顔を引き締めると、少女へと先を促す。


「――それで、助けてってのは、どういうことかな?」


 少女の顔が再び影に戻る。しかし、先程ではない。

 少し視線を店主と男の間へと彷徨わせた後――またも手元のカップの中へと落とした。

 意を決したように、言う。


「……最近、私達の周りで、色々とおかしな事が起きてるんです。それも、立て続けに」


 言われた言葉に男は思考を加速させる。仮にも依頼いらいを受ける可能性があるならば、その内容は聞き漏らすべきではない。

 情報を蓄積し、その条件に見合う回答を模索し始める。


「妙な事とは……。まさか、先日の様な?」


 暗に魔の事を指す言葉に、しかし否定の首振りをする少女。

 ふむ、と店主は顎に手を当て、少女の言葉を待つ。


「そうじゃなくて……。あの、帰り道に、視線を感じるとか、置いていた筈の物が無くなってるとか……」


「その話のみを聞けば、君に恋慕を抱いている思春期の少年のようにも思えるね」


 数瞬の間を置いて、


「れっ、恋慕……!?」


 頬どころか顔全体を真紅に染めた少女は、わたわたと両手を振り回す。

 一頻り振り回した後、男の方をちらりと見て、またもや顔を赤くして俯いてしまう。


「おやおや、双侍君、君も罪な男だねぇ……」


「……俺は何もしてないんだが」


 にやにやと笑む店主と、理解不能な状況に苛立ちを感じる男。

 店主は大きく肩を竦めると、


「ああはいはい、君にそういった事への鋭さを求めては無いから。と言うか、求めても無駄だろう?」


「……」


 静かに腰の後ろへと手を回す男。そこには彼愛用の二丁拳銃がある。常日頃から手入れを怠れたことの無いソレは、直ぐに五十口径の弾丸を放つことが出来るだろう。


「まあまあ、落ち着くんだ。ほら、永栄さんが話せないだろう?」


「へ!? あ、や、その、ええと……」


 店主と男の間で視線を揺らす少女を見て、男は軽く舌打ちを吐く。

 カップを傾けてコーヒーを啜る。強かに机にたたきつけられたカップは、話の続きを催促する合図。

 店主はどこ吹く風と言った様子で、少女は驚きにより肩を跳ねさせて。


「……それで、どうなった。それだけじゃ無いんだろうが」


「へ、え、あ、はい!」


 何故か挙手して声を張る少女。

 冷ややかな視線の男。

 笑いをこらえる店主。


 男は溜息を一つ。


「……何を平和的な雰囲気になってる。永栄と言ったよな。通常では対処出来ない程の事があるから俺たちを頼ったんだろう」


「え? あ、や、あの、はい……」


「なら、さっさと内容を言えば良い。俺は雇用されてやる気は有るんだ」


 それだけをいい、再びコーヒーを啜り始める男。

 何が何だが判らない、と言った感じの少女は、思わず店主のほうを見て助けを求める。

 店主は苦笑して、


「……照れてるんだよ。そこの――双侍君はね、腕は一流が裸足で逃げ出す、化物も泣いて許しを請う程の実力者なんだけど、ほら、見てくれ通りにひん曲がってるから、根性が。素直に言えないんだよ」


「鼻穴を一つにしてやろうか」


「冗談、冗談だよ双侍君。だから先ずはその『ユピテル』を下ろそうか。暴発何て笑えないことすると頭が吹っ飛ぶから、主に僕の」


 はっはっは、と明るく笑う店主だが、笑えない。

 漆黒の色。デザートイーグルを基にした・・・・巨大にして頑健な拳銃、ユピテル。側面にシルバーの紋章が掘り込まれているソレは、既に弾丸は装填済みだ。


「あの……話させてくれる気は、無いんですか……?」


 おずおずと、小さな声で少女が声を上げた。

 思わず同時に少女へと視線を向ける男二人。直後にまたもや向かい合う。店主は笑顔。男は顰面。


「話してくれないと依頼の内容が聞けないんだけどなー?」


「……チッ」


 男の舌打ちが、心底悔しそうだったのは言うまでも無い。




 事の始まりは、二週間ほど前だという。


「そのくらいから、なんだか人に付けられてる、物が無くなる、何て事がいくつか起こるようになって……。最初は気のせいかな、とも思ってたんですけど、その頻度が、一日一回から二回、三回から四回、五回から六回っていう風に増えていって。怖くなって……この間からは、上から花瓶が落ちてくるようなことも続いて……」


「そして極め付けに、あの人狼ってところか」


 こくり、と頷く少女。

 肩を抑えて震える姿は、痛ましいと言うほかに無い。


「あんなの、初めてで……今までのも、私が怪我をすることは無かったんですけど、あの時は本当に……っ」


 俯いた少女に、両者共にかける言葉は無い。

 ――ただ、動いたのは男であった。


 ポン、と彼女の頭に置かれた手は、あやす様に撫でる。

 嗚咽が止み、されど動く気配は無く。


 ふむ、と一声作ってから、店主は腰掛のポケットから携帯機器を取り出す。


「ここら一帯の正気は定期的に双侍君が払ってるから大丈夫だし、今の所そんな依頼モノが入ってきたわけではないな……」


「そもそも、人狼アレが自然発生したものとは思えん。奴らは大体、日本の風土が合わんはずだろうが」 


 蓄積された情報を検証し、条件に見合うだけの異常を検索する。

 人狼、異常、怪奇、二週間前、永栄優美子――。

 一つ、はたと気がついた。


「……永栄、先程私と言っていたな?」


「……ッ」


 少女は目を見開き、しかし俯いたまま息をのむ。

 大当たりだジャックポットと、男は内心苛立ち混じりの舌打ちをする。


「――何をしたのか、何があったのか、詳細残らず吐け」


 鋭い威圧感が少女を刺す。

 横目で眼光を受け止めることは、少女には不可能だった。


「……その、実は、こっくりさんをやって……」


「こっくりさん? あの?」


 頷く少女に、店主は頭を抱え、男は舌打ちを漏らす。


「それで、そのこっくりさんは一体どういうものなのかな?」


 微かに思案顔になり、紙を借りて良いですかと尋ねる少女に、紙とペンを渡す店主。

 少女は首を捻りながらも、紙面に文様を書き込んでいく――


 数分と立たずして、ソレは完成した。

 店主の顔は苦々しげに歪み、男は無表情、少女はあわてたままだ。


「これは……」


「えと……な、何か、悪いことでも……?」


「おい、永栄」


「は、はいっ?」


 剣呑な声音で言葉を出したのは男だった。

 既にマグカップ内のコーヒーは無くなり、それはカウンターに置かれている。

 親指で弾かれた五百円硬貨が、呆けるほど綺麗にカップ内へと消えた。


「二つだけ聞く。イエスかノーで応えろ」


 男が立ち上がる。

 漆黒のコートを身に纏い、己が敵へと打ち込む弾丸を携えて。


「そのこっくりさんは、人から聞いたものかどうか」


「……イエス」


 ハッ、と軽い嘲笑。

 しかしそれは、少女を嘲る為ではない。


「最後だ。それは学校中に蔓延してる。違うか?」


「イエス……」


店主マスター、後始末は頼む」


 微かに苦笑する店主は無言で頷く。

 訳の判らぬ少女は、しかし男に手を引かれ。


「え? え? あの、一体……!?」


「お前の学校へ案内しろ。下手すれば二桁の死人じゃすまん」


 その言葉に顔を青くした少女は、しかし止めの一言で更に顔を青くする。


「お前達がやっていると言うそのこっくりさん。それはな――」


 一瞬。


「――人を触媒にした、蟲毒を用いた交霊術だ」

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