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HOUND -Lock-  作者: 無碍
1/6

Opening

この作品はMercurius先生原作、A++との世界観共有作となります。

そういった作品物等が嫌いな方、嫌悪を持つ方等は御覧にならないで下さい。

それを踏まえた上で、本編を御覧下さい。

 疾走。

 夜という闇に包まれた無人無音の『死んだ』街を、ただ只管に、走る。

 高層ビルに囲まれたここは、微かな街灯だけが寂しく立っている。

 深夜さえも過ぎた漆黒の夜は、美しさなど備えず、ただただ生物の原始的な恐怖しか呼び起こさない。

 星の光さえも落さない分厚い曇天は、完全に自然の光を一篇たりとも許さない。


 そこに在るのは造られた光だけ。


 少女は走る。

 後ろへと振り向かず、ただただ身を前へと蹴りだして。

 一心不乱に、死んだ街の中を駆けて行く。

 そう、足を緩めてはならない。速度を落としてはならない。

 

 ――そう。追いつかれてはならない。脆弱なこの身などは直ぐに引き裂かれてしまうだろう。


 故に、走る――否。逃げる。


 それは疾走ではなく、逃走であった。


 伝統と威厳を重んじる制服は、彼女にとっての逃走を意外なほどに妨げる。

 その外見からは想像も出来ないほどに、ブレザー型の冬服というものは動きにくく、その分見栄えと保温性を追及している。

 故にこそ、彼女の足が上がっても、服の重さが枷となり、全力で走れない。

 それが彼女の焦りを増加させる。

 息は荒く、迸る汗の量に反し、その身体は意外なほどに前へと進めない。

 両目には涙すら溜まり、彼女の焦燥と恐怖を物語る。


「や、だ……! なに、っよ、あれ……ッ!!」


 震える唇から漏れ出る、嗚咽とも間違えそうなか細い声は、ただただ恐怖に塗り潰されていた。

 恐怖、怖い、嫌だ、嫌悪、拒絶、来るな。

 ただただ負の感情を詰め込んだ頭には、この後己がどうなるか等は考える余地が無い。否、考えてしまっては終わるのだ。

 考えた瞬間にその足は恐怖により縫い止められ、その腕は嫌悪によって固められ、全ては絶望によって終りを迎えてしまう。


 そう。だから考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。考てけない。考てはいけない。考えてはいけ考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいえてはいけ考えてはいけ考えてはいけない考てけない考えてはな考えてはいえていけ考えてはいけない――!!


 そうだ、まさか、まさか、まさかあんなバケモノ・・・・が居るなんて――




 ――――ガサリ。




「っ!?」


 喉が干上がった。彼女の形相はまさにソレが正しいだろう。

 彼女の横手に在る街路樹からその音は発生した。

 身体は硬直し、眼だけで樹上を凝視する。


「……」


 吐く息は白く、硬い。

 かたかたと間断無く続く音は、恐怖による歯音か。 


 身を押さえる手は白くなる程に力が込められ、一時の間さえ、瞬きを許さない。


 直後。

 樹上より、ソレは出でた。

 色は夜闇に勝る黒。

 体調は優に三メートルを超え、突き出た爪牙はそこらの鉱物等バターのように容易く切り裂くだろう。

 血走った両目は確かに少女を狙っている。


 -―無論、その赤き口元も、だ。


「い、いや……!!」


 声は震えていた。

 じりじりと身体は後退してはいるが、それは逃げる為ではない。眼前の恐怖を己の中の現実から拒絶する為だ。


 ――なんでこんな事に。


 ただ、進学塾から帰っていただけなのに。

 ただ、今日の夕食の献立はなんだろうと、そう期待していただけなのに。

 ただ、少し気になる先輩の事を思っていただけなのに。

 ただ、ただ単に、明日の体育の事を考えて憂鬱になっていただけなのに。

 ただ、毎日の日常を考えていただけなのに――


 それが、いけなかったというのだろうか。

 自分には、何かを思考することすら許されない存在だったのだろうか。

 だから、だから自分には、罰としてこんなバケモノが向けられたのだろうか。


 でも、と。

 死にたくはない。否、絶対に死にたくない。

 でも、己ではどうすることもできはしない。


 故に、声を上げた。

 悲しみも在る。嘆きも在る。涙も在るだろう。

 それでも、彼女は声を上げた。


 たすけて、と。


 何度も。何度も、だ。

 最初は小さく、呟くように。徐々に大きくなり、最期には絶叫するように。

 抗いきれない目の前を打倒するために、力を貸してくれと。

 意志の声が響き渡る。


 だが、人狼にとってそのようなことは関係無い。

 ゆっくりと、だが確実に獲物を追い詰める動きで、その眼を欄と輝かせ、舌なめずりを舌先から赤い液体が道路を汚しては逝く。

 微かに感じられる地響きは、巨体の質量の大きさを物語る。


 しかし、少女は何度も叫んだ。

 たすけて、たすけて、たすけて。


 人狼の右腕が振り上げられる。

 集められていく闇は夜よりも深い。それは瘴気。闇。魔力。霊気。妖力。なんとでも言いようは在る。

 だが、それが確実な死を、少女へと齎すことは明確であった。


 それでもなお、彼女は諦めない。

 たすけてと、その声だけを上げ続ける。 




 ――気が付けば。


 人狼が、少女の前にまで迫っていた。


 その口から溢れ出る唾液は、コンクリートの舗装された歩道を簡単に溶かしていた。

 血走り、充血によって鮮血の赤に染まった両目は、これから食すであろう少女の肉の柔らかさを想像しているのか、喜悦に染まり、弧の様にしなっている。

 開かれ、持ち上げられた右手の爪牙は、笑ってしまうほどの暗闇に包まれていた。


 しかし、それでも。

 彼女は助けを呼ぶ声を上げた。

 眼前の恐怖に竦みながらも、己が意志を曲げずにただ只管ひたすらに。


 だが、無情にも振り上げられた腕は降下し、その爪を彼女へと届かせ――


「――助けてやる。最期まで諦観しなかった、その意気に応えてな」


 ――爆音が大気を叩いた。

 ガォン、という音が鼓膜をぶん殴ったのと同時、人狼が横っ面を弾き飛ばされた。

 声も上げられず吹っ飛び、二転三転と跳ね――向かいのビルの中へと叩き込まれる。

 扉に使われていた硝子が一瞬にして透明から白に転じ、破砕する。


「――ったく、ただの人狼か。はした金にもならん。とんだ外れ籤だ」


 ごつ、ごつ。近付いてくる足音は重低音の革靴。

 呆然とする少女の前に、一人の男が立つ。


「最期まで声を上げていたのは僥倖だったな。お陰で位置が楽に掴めた」


 鋭い眼の男だった。

 黒のライダージャケットの下は、やはり黒のインナーで、下のジーンズも、皮を用いた靴も、全てが真っ黒。

 眼は漆黒で、髪は夜闇を体現させたかのような真っ黒。

 胸元に耀く銀のロザリオだけが、真っ黒な容貌の中で耀いている。

 ついでに言ってしまえば、その容姿も端正で、ほったらかしにされた髪はやけに綺麗で、鋭い眼もそれだけの意志が在るということだ。長身痩躯では在るが、体が鍛え抜かれているのが服の上でさえ判る。


 ここまでは、在る意味非日常染みているとは言え、何とか彼女の日常に入るものであったろう。

 しかし、その両手には彼女の日常を壊すものが握られていた。


 拳銃。

 分厚いフレームは凡そ一般的な人間では握り込めず、またその反動から手首が吹っ飛んでしまうだろう。彼の身に合う様に塗装された、メタリック・ブラック。

 銃の銘はデザートイーグル。史上最強の自動拳銃。砂漠の鷲。

 五十口径と言う化物は、成る程、化物を屠る道理に徹しているだろう。

 しかし、それは本来両手で構え、打つ物である。ましてや、片手で打ったとなれば、どれだけの熟練者でも骨を外すことは明白の理。


 ――だが、少年は、ソレを片手に一つずつ、左右合せの砂漠の鷲を従えていた。


 その内、左からの鷲からは、その鋭い口から煙が吐き出されていた。


 平然としている男は、酷く面倒くさそうだった。


「別に俺は人助けが趣味じゃあない。むしろ苦手だ。面倒だ。大嫌いだ。だけどな、アンタみたいな人間をほっとくほど冷血でもない。運が良かったよ、アンタは」


 つらつらと引き出された言葉は、以外にも重く、渋みの在る声だった。

 しかし、内容はどちらかといえば彼女を安心させるような言葉ではなく、寧ろ皮肉に溢れており、少女を絶句させるには十分であった。

 冷徹に見下ろす眼には一遍の感情の動きが無い。

 在るのはただ、猫か犬を見ているという、そんな認識だ。


「――ッ!!」


 少女の頭が沸騰する。

 こうも貶されては誰でも憤るというものだ。

 反射的に何かを言おうとして――言えなかった。

 何故ならば、男の大きな手が少女の頭を抑えていたからであった。


 恐る恐る少女は見上げた。

 男は口元を微かに引き、シニカルな笑顔を浮かべた。


「――良く頑張ったな」


 それを機に、少女の不安が解けた。

 一気に落ちていく視界と意識の中で、彼女は一言だけ、言葉を呟いた。


 ――ありがとう、と。


 その言葉に、男は照れ臭そうにソッポを向いたのであった。




「――さて、餓鬼の子守はお終いだ。準備は良いか糞野郎。その腐った頭に弾をたらふく詰め込んでやるよ」


 崩れ落ちた少女を背後に、怒れる人狼を目の前にして男は一切の気負い無く言う。

 指の先で縦横無尽に降られる砂漠の鷲は、いつでもその弾劾を吐き出せるだろう。

 それを目の前にして尚、人狼はうめき声を漏らすだけであった。

 男は唇を歪めた。先程の笑顔ではない。

 獣が獲物を狩る時の形相。


「――ショウタイムだ」


 ――牙を剥いた。




やー、ついに書いてしまった。

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