前世とは違う私達
「す、すみません私……!」
やっとのことで理解し慌てて飛び退くと、マオは「いや、俺もまだまだ青いな」と頬を掻き、
「今は側にいられるだけでいいって思ってたんだけどな。けれどつい、こうも近いと触れたくなってしまう。ああいや、茉優が俺を好いてくれるまで、絶対そうした触れ方はしないぞ。茉優に嫌われたくはないし、怯えられるのも嫌だからな」
「マオさん……」
「あ、引いたか? すまん、こんなこと言われたら気が休まらないよな。だが誓って! 誓って護衛としての境界は越えないから……! 頼むから、出ていけなんて言わないでくれよ? な?」
上目遣いで手を合わせるマオがなんだか可愛くて、私は「いいません」と笑みを零す。
明らかにほっと胸をなでおろすマオ。私はためらいに視線を落としてから、重い口を開く。
「……でも、マオさんは、出ていきたくなると思います」
「茉優?」
クルミっ子を小皿に置く。
小さなハートの断面に、これが恋の叶うおまじないだったらよかったのに、なんて。
「私は、"ねね"じゃありません」
「……茉優、なにを」
「魂は確かに、ねねさんの生まれ変わりなのかもしれません。ですが今の私は茉優です。ねねとは生活も思考も、そしておそらくは容姿だって違います。同じなのは、魂だけ。それだけなんです」
膝の上で両手を握り込め、動揺するマオの瞳を見つめる。
「マオさんだって気づいているはずです。なのに魂さえ"ねね"だったなら、他はどうでも良いのですか? マオさんの愛は、前世で交わされた約束のためだけに強要されるものなんですか? もう、いいんです。無理して私の中の"ねね"を探して、愛を捧げなくて。この身体は"ねね"ではなく、私のものです。"ねね"ではないんです。マオさんはもう……解放されて、いいんです」
(ああ、言ってしまった)
目の奥に湧き上がってくる熱を知られたくなくて、顔を伏せ奥歯を噛みしめる。
マオはなにも言わない。沈黙の中に、鳥の声だけが遠くに聞こえる。
それでいい。どうか、このまま逃げてほしい。
叶うなら微塵の優しさなど残さず、私を憎んで、恨んでほしい。
これまで捧げてくれた優しさは全て、心の奥底に愛しい思い出として眠らせておくから。
「……ああ、そうだな」
「!」
肯定する声に、思わず肩が跳ねる。と、
「茉優は"ねね"じゃない。だが、俺だって、前世のままの"マオ"じゃない」
「……え?」
優しい声色に誘われるようにして顔を上げる。
と、マオは優しい笑みを浮かべていた。
(どうして、そんな顔を――)
「茉優、先にひとつ確認しておきたいんだが」
「は、はい」
「茉優の"逃がしてあげたいのに、逃がしてあげられない"相手って、もしかして俺のことか?」
「! は……はい。その、"ねね"の魂を持っているからって、マオさんの想い人ではないのに、ずっと黙って甘えてしまっていたので……。本当に、申し訳なく」
「いや、違うんだ、茉優。謝るのは俺だ。それに……そうか、俺は俺に嫉妬してたってことか。情けないことこの上ないな」
「へ? マオさんがご自分に嫉妬……ですか?」
わけがわからないと戸惑う私に、マオは「ああ」と両手で自身の顔を覆って、項垂れながら盛大なため息をひとつ。
「てっきり、茉優に想い人がいるのだと思った。そうか、俺だったか」
「!」
(あ、あれ? もしかして私、とんでもないことを言っちゃったんじゃ……!)
今更気が付いて、顔に羞恥が上る。
心なしか、マオの耳も赤く染まっているような。
「なあ、茉優。俺、うぬぼれてもいいんだよな? "逃したくない"って悩んでくれるくらいには、茉優は俺を好いてくれているんだって」
「そっ、れは……! ですが、私がいくらマオさんを好きになっても、そもそもマオさんが愛してらっしゃるのは"ねね"さんですし!」
「あーと、その点については、本当に悪かったと思っている」
マオは居住まいを正して、
「俺は確かに"ねね"を愛している。いや、愛していた、だな。なぜならそれは、前世の俺の話なのだから」
「……前世の、話?」
「茉優がねねではないように、俺だって、ねねの愛してくれた"マオ"じゃない。記憶はあるが、それはしょせん記憶であって"俺"の話ではない。茉優になら、わかるだろ?」
「なら……それなら、どうして……っ」
「はじめはおそらく衝動だな。前世の記憶が幼い"俺"と同化して、あたかも自分の体験のように感じていたんだ。だが年月を重ねるにつれて、俺もやっとこさ気が付いたんだ。俺は、あの"マオ"じゃないってな」
マオは昔を懐かしむようにして、窓の外を見遣る。
「時代も違けりゃ立場も違う。ましてや俺は人間ではなく、あやかしだ。途端に今度は、怖くなってきてな。会いたいというより、会わなければになっていた"ねね"と再会した時、あまりの違いに、拒絶されるんじゃないかって。なぜなら俺はマオだが"マオ"じゃない。"ねね"の愛したマオには、俺はなってやれなかったからな」
だから、とマオは私に瞳を向けて言う。
「茉優に"ねね"の記憶がないと知って、落胆よりも安堵が勝った。"マオ"を知らないのなら、俺を見てもらえる。比べられて失望されることはないってな」
「…………」




