ハマユウの似合う人
「すき、あいりが、大好きだよ。大好きだから逃がしてあげなきゃって、考えて。けど、やっぱり、出来なかった」
ねえ、あいり。里香さんがあいりさんの額に自身の額を当てる。
「アタシ、独占欲強いよ。あいりのこと、束縛して、自由になんてしてあげらないと思う」
「いいよ。いっぱい縛って。あいり、里香にだったらどれだけ縛られたって、嬉しいだけだもん」
互いに手を重ね、微笑み合う二人。
私はほっと胸に手をあて、
「和解、されたようですね」
感動にうっかり泣きそうになっていると、
「どっちが"蜘蛛"なんだか。まあ、茉優が喜んでいるのなら、なんでもいいけどな」
「ねえ、ちょっと」
声に、私達は揃って玄関を見遣る。
そこには里香さんと手を繋いで立つあいりさんが、剣呑な目つきで私達を睨み、
「あいり、これから里香とだーいじな話をしたいから、全員出てってくれない? で、もうここには誰も来ないで」
「……ったく、誰のおかで収まるとこに収まったと思ってんだが」
帰るか、と。
マオに促され、私も「ご利用ありがとうございました」と里香さんに会釈して、部屋を出る。
里香さんは優しい笑みを浮かべ、
「色々、ありがとう。アンタも、上手くいくといいね。逃がさなくていいほうにさ」
「ありがとうございます。頑張ってみますね」
と、私に続いて玄影さんが部屋を出た。
手には黒色のボストンバッグを持っている。
「では、これにて契約終了ということで。ご主人様、お世話になりました」
首輪を外し、恭しく一礼をする彼に、
「うん、元気でね。次はいいご主人様と会えるといいね」
「おや、ご主人様も、とてもお優しい主人でしたよ。どうか、お幸せに」
「……ありがとう。キミもね」
扉が閉まる。階段を降りた私たちは、なんとなしに足を止め里香さんの部屋を見上げた。
これからひとつずつ、拗れた糸を解いていくのだろう。そして、今度は二人で結びなおす。
もう二度と、互いが離れてしまわないように。
「せっかく教えていただいたのに、ビールの裏わざ、必要なくなっていまいましたね」
口を開いたのは玄影さんで、私が目を向けると彼は微笑み、
「飲み切れないビールは、元々、彼女が飲んでくれていたそうです」
「……そうだったんですね」
なるほど、だから。
里香さんはあのビールを残しては、捨てられないままシンクに置いていたのだろう。
「本来、掃除の道具ではなく飲み物ですから。美味しく飲んでしまえるのなら、それが一番に決まってます」
「ふふ、お優しいんですね。そんなお優しい茉優さんに、折り入ってお願いしたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「僕のご主人様になってくれませんか?」
「へ!? 私ですか!?」
「なっ! 駄目だ駄目だ!」
両手を広げたマオが、私と玄影さんの間に割り入る。
「お前の妙な趣味に茉優を巻き込むな!」
「ですが主人がいなくなってしまったものですから。このままでは、今夜は公園をお借りして寝ることに」
「え……? 玄影さん、ご主人様がいらっしゃらないと寝る場所もないんですか?」
「プロのペットなもので」
「んなプロやめちまえよ……」
呆れ顔のマオは、はっとしたようにして私の肩を掴む。
「茉優、駄目だからな。こーゆーヤツは同情したが最期、あの手この手で居座りやがるタイプに違いないからな……!」
「おや、僕のような人間と関わった過去がおありで?」
「誤解を招くような言い方をするな。人生経験が豊富なもんで、色んな厄介者を見たことがあるってだけだ」
「ふふ、それはあやかしと人間、どちらだったのでしょうねえ」
朗らかな笑みを浮かべる玄影さんに、私は思わず「え」と零す。
玄影さんはそんな私の反応に「可愛い反応ですね」とご機嫌に笑みを深めて、
「茉優さんは人間ですが、彼はあやかしですよね。詳細までは判別できませんが」
どうして、と焦る私とは対照的に、マオが「やっぱりな」と心得ていたように呟く。
「さっきの……里香の告白を聞いた時、お前はちっとも驚いた素振りなんて見せなかった。すでに里香から聞いている線も考えたが、どうにもお前からは、いけ好かない匂いがする」
「奇遇ですね。僕もアナタが嫌いです」
「ちょっ、二人とも……!」
玄影さんは「大丈夫ですよ。僕は常識ある人間ですので」と宥めるようにして、
「生まれた時から、人間ではないものに敏感でして。あやかしであると暴いたからといって何をするでもありませんので、ご安心ください」
玄影さんは私へと視線を移して、
「茉優さんとはぜひとも交流を深めたいものですが、今回は引き下がりましょう。再び僕に会える日を、心待ちにしていてください」
「いや、清々しいほどに図々しいな。つーかもう二度と茉優の前に現れるな」
「そのお約束はしかねます」
「なんだと!?」
(駄目だこの二人、一緒にいたらいつまでも言い合いになっちゃう……!)
なんとかマオの意識を逸らそうと、私はえいやとマオさんの右腕に抱き着く。
「ま、茉優!?」
「ええと、それでは玄影さんは、またお会いできます時に。出来たらホテルなどに泊まってくださいね」
「茉優さんからそう言われてしまっては、無碍には出来ませんね。分かりました、お約束しましょう」
では、と背を向けた玄影さん。
けれど数歩を進んでから、「花言葉といえば」と振り返る。
「茉優さんはやはり、ハマユウの似合う人ですね」
「はま……?」
聞きなれない言葉に首を傾げた私の横で、マオが息を呑んだ気配がした。
見上げると、驚愕に見開いた目で玄影さんを凝視している。
「では、また近々」
優雅に会釈してみせた玄影さんは、今度こそ歩いていってしまった。
私はマオの様子がおかしいことが気になりつつも、くっと唇を引き結び、
「マオさん、私達も帰りましょうか」
笑んで見せた私に、マオは誤魔化すようにして「そうだな」と笑った。




