死神岬
__カツ、カツと靴音を立てて夜の街を歩く少女と死神。夜になり誰もいないこの街は、未だ生温い風を帯びていた。
まるで生者が皆いなくなってしまった死後の世界の様な異質さが、少女の探究心をくすぐる。
ドクドクと脈打つ好奇心に、少女はそっと深呼吸をする。
「お前、何処に向かってるんだよ。自分の兄の居場所が分かってるのか?」
「分かっていませんわ。なんとなくこっち側にいる気がするだけですのよ」
「お前、正気か?そんなんで見つかるわけないだろ」
ううん、と唸る少女。
「他に何かいい作戦があるんですの?死神センサーで分かるとか」
「そんな都合のいい機能は僕にはない」
そう言うと、少女は「そうなんですのね……」としょんぼりとした顔をした。
「……なんだよ、やりづらいな。お前が変な機能を期待したんだろ」
「そうですけど……まあでも、アテはありますの。分かっていないだけで、いくつか可能性は考えてありますのよ」
なら最初からそう言えよと思ったが、こいつは多分こういうやつなんだなと諦めた。
「あたくしについてらっしゃいな。たぶんきっと見つかりますわ!」
「たぶん、っておい、……待てってば!!」
軽い足取りでどんどんと進んでいく少女に、仄暗い影が浮かんだことに死神はまだ気付いていない。
「……ごめんなさい、約束が守れなくて」
振り返り際、ぼそりと誰にも聞こえない声量で少女はつぶやいた。
「さて、一箇所目に着きましたわ!この街で一番大きい図書館ですの。ここは生前よく一緒に来たんですのよ」
「へえ……でも夜だし開いてないんじゃないか?」
「それこそ死神パワーでなんとか……」
「なるわけないだろ」
ですわよねぇ、と少女は肩を落とす。
その瞬間、少女の姿が陽炎の様に揺らいだ様に見えた。
(霧か……?いや、違うな……、何か別の理由が……)
「どうかされましたの?」
「……あ、いや……なんでもないよ。それより次の場所に行ってみたらどう?ここは閉まってるしたぶん誰もいないよ。気配を感じない」
「そうですわね……夜が終わるまで、ですものね。善は急げですわ!!」
そう言ってまた走り出す少女。
「……だからまてってば!!」
少し、何かが引っかかる。
少女の言動は何処もおかしくないはずなのに、何か、何かが引っかかって外れない。
モヤモヤとしたスッキリしない感情を抱えて、死神は彼女を追いかけた。
__そして15分ほどたっただろうか。
着いた先は岬の灯台。
古びているがまだ稼働しているようで、きちんと整備されているように見える。今灯りはついていないので実際の所はわからないが。
「懐かしいですわ。ここもよく散歩に来たんですの」
灯台に手を触れそう言う少女は、懐かしむように目を細める。
「ここは……灯台みたいだけど、今使われてないのかな」
「ええ、数十年前から。お父様がおっしゃってましたの。内部の老朽化だそうですわ」
「へえ……じゃあ灯台としては御役御免ってことだ」
使われない灯台に何の意味があるのだろうか。ただそこに佇んでいるだけの、石の塊。
「……まあ、無いんだろうな」
意味なんて、最初から無かったのかもしれない。
ここの街に船が来たのを見たことはないし、ここの灯台に人が入っていくのも見たことはない。
装飾として造られた、と言うのが妥当だろうか。
「……あの」
鈴の鳴るような声で、少女は呟いた。
「どうした?何か手掛かりでもあった?」
「いえ、その……謝らなければなりませんの」
「謝る?何をだよ」
「嘘を……吐いてしまって」
その瞬間、彼女を取り巻くように灰が舞う。
少女は俯いたまま、ぼんやりとした目で諦めたような笑みを浮かべている。
「……なんだよ、これ」
「この街から出られないんですの、あたくし」
出られない?結界でも張られているのか……?
「その灰と、街にかかってた霧もそれなのか?」
「ええ、そうですわ。それと……明かすのがおくれてごめんなさい、死神さん。あたくし知ってるんですの、もうどうにもならないってこと」
「どういうことだよ、話が飛びすぎて分からないんだけど」
もっと順序立てて説明して欲しい、分かりづらいから。
「死神が人を殺すことによって、その魂はリィンカーネーションに組み込まれるのでしょう?」
「まあ……そうだけど」
「端的に言うと、もうあたくしはこんな事したくありませんの。ずっと繰り返すこの世界で、やっと終止符への手掛かりを見つけた……」
「繰り返す……って、それじゃあ」
もしかするとあの時頼んだ願いは、僕に殺されずここまで来る為の縛りだったのかもしれない。
延命よりも効果的だと、彼女は踏んだんだろう。
「あたくしの家系は、この街の時間を管理する家系でしたの。ですけれど、あたくしの前の管理人である実兄が亡くなったあの日から、この街、否、この世界はおかしくなってしまいました」
要約すると、ずっとループが続き今日に囚われていた……だから、夜が明けるはずがない事を知っていた……ということらしい。
「あたくしも召使い達も、ずっと今日をループしているんですの。あたくしはもう、このループから逃げたい……」
だから、と彼女は震える唇で言葉を紡いだ。
「あたくしはリィンカーネーションからはずれる。そのために……あたくしはあたくしをここで殺す」
(……ループしていたからこの街に来た時デジャヴを感じたのか……)
「でも自殺はダメだ、それは絶対にいけない。その為に死神がいるんだからね」
自らの意志でリィンカーネーションから外れることは禁忌だ。ここで彼女を止めなければ。
そう思うのに、身体が動かない。
鉛でも流し込まれたように、重く感じる脚。
やけに冷静で気持ちの悪い脳味噌。
「ッ……動かない……」
極度の緊張、及び興奮状態による脚の竦み。
金縛りのような感覚が全身を襲う。
「逃げたほうがいいですわ、死神さん。今まで一度も死ななかったあたくしがこのループで自殺することによって、この世界に予期せぬエラーが生じる。世界はもう、崩壊するしかありませんわ」
それじゃあ、と彼女は両手を暗くて高い空へと伸ばす。
「さようなら、この世界と死神さん」
そう言って、上品な仕草で御辞儀をする。
ふわりと掴んだドレスがひらひらと風に揺られている。
塞がった両の手に恐怖ゆえに力がはいり、がくがくと震える脚が露わになった。
「嗚呼、この世界は、なんて残酷で、なんて美しいのでしょう!!」
そう言った彼女の目は、救いようのないほど暗く、死を渇望していた。
その姿が美しく、つい見惚れてしまう。
ぐらりと身体が後ろに傾き眼下の海へと落ちてゆく。
ああ、止めなければいけないのに……僕は禁忌を犯す彼女を止めることが仕事であるのに……。
空を見つめるどんよりと曇った彼女の目は、最後の時まで濁っていた。
死神はずっと、ここで彼女を待っている。
自らの手で彼女を殺すまで、時の流れを失ったこの世界の片隅で。
__壊れた世界に幽閉された死神の名を、誰も知らない。
短編でした。
処女作は一応完結ですが、次回作も是非に……
次回は学園ものにしようと思っております。
以降、宜しくお願いします。