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さまーほーむわーく

Integration.

作者: 豆内もず

挿絵(By みてみん)

「そこのお嬢さん。占いでもいかがですか?」

 帰り道、不意に声をかけられた。驚いて振り返ると、五メートルほど先でぼんやりと光る街灯の下から、黒い影がこちらを手招いていた。

 深い時刻ということに加え、そもそも人通りが多い場所ではないので、辺りを見渡してみても私以外に人の姿は見られない。

 数秒前にその街灯の下を通ったはずなのに、私はあんなに怪しい黒ローブに気が付かなかったのか。走って逃げようとも思ったけれど、慣れないヒールが気掛かりになって、私はとぼけたふりをして言葉を返した。

「え? あたしですか?」

「はい。占いに興味がなさそうなあなたです」

 どうあがいても私で間違いないようだ。わざわざ怪しい登場をした挙句、興味がなさそうな空気を察した上で声をかけてくるだなんて、いい度胸をしているじゃないか。

「興味もなければお金もないですし結構です」

「お代もいただきませんし、時間もそれほど取りません。何分修行中の身でして、試行機会が欲しいのです」

「は、はぁ」

 矢継ぎ早に言葉を並べられ、私は困って頭を掻いた。

 私は基本的に占いというものを信じていない。胡散臭いとか根拠がないとか言うつもりは全くないけれど、自身の感覚を何より重視しているから、自分の感覚を介さない不確定な情報をなるべく信じないようにしているのだ。

 そんな私が彼女のもとに足を寄せてしまったのは、直感としか言いようがないのだけれど、なんとなく話を聞いてみようと思ってしまったから。

「話を聞くだけですよ」

「ご協力ありがとうございます」

 ここまでが予定調和だったかのように、彼女は静かに言葉を置いた。

 すぐ近くまで寄っても、深く被ったフードが彼女の顔を隠していて、同じくらいの背丈の女性だという情報くらいしか得られない。まあ、不審者だったら思いっきり蹴り飛ばしてやろう。

 物騒な思考を遮り、黒い塊は言葉を吐き出した。

「お仕事帰りですか?」

「あ、はい」

「では手短に。私が行う占いは、こちらのカードを使います」

 長い袖から細くて白い指が伸びる。目の前に差し出された十枚くらいのカードは、暗がりでもわかるほどほどまっさらな背表紙だった。カードというよりは、模造紙を適当に分割したような見た目をしている。

「この中から3枚、どうぞお好きにお選びください」

 私は言葉に従い、適当な三枚を束から抜き取った。こういうカードはしっかりとした素材だという認識だったけれど、抜き取った瞬間へたりと頭を垂れるほど安っぽい作りだった。

 裏返してみても何かが描かれている様子はない。私は思わず声を上げてしまう。

「って全部白紙じゃん」

「素人にはそう見えるかもしれませんね」

「……インチキだったら怒るからね」

 もはや敬語を使うことすら放棄した私の口は、ふるふると震えながらへの字に曲がった。

 一日仕事を頑張って、ご褒美のアイスが入った袋を片手に帰路に着く私が、なぜ足止めを食わねばならないんだ。いや、興味を持った私が確実に悪いんだけど。

 残った紙を乱雑に袖にしまい込んだ占い師は、私の手にある三枚の右端を指でなぞった。

「あなたが今引いたカードは、今後のあなたに課せられた三つの宿題を暗示しています」

「宿題?」

「前世やり残した宿題が今世における人生のテーマになっている、というお話をご存じですか?」

「知らない。そういうスピリチュアルなのは信じないことにし――」

「そうですか。では素敵な来世のためやるべきことを、宿題という表現を用いてお話をすると思っていただければ」

「……まだ話の途中だったんだけど。まあいいや。どうぞご自由に」

 よし蹴ろう。占いが終わった瞬間に。というか、どうせなら今世のための話をしてほしい。

 話を早く終わらせるため、私はあえてそれ以上言葉を発することなくカードに目を向けた。指を向けられた真っ白の紙が、夏の空気を吸ってじっとりとこちらを見つめ返す。

 未だ顔つきすら見せない占い師は、薄く息を吸って言葉を吐き出した。

「まずは一枚目に描かれた宿題。三日後、琴川の花火大会が始まる少し前、先輩の煙草休憩に必ず着いていってください」

 私はうっかりと開きそうになった口を急いで閉じた。私の周りの喫煙者は、職場の先輩である雪さんただ一人。その姿が鮮明に浮かんだことで、不覚にもドキリとしてしまった。

 いや落ち着こう。たまたま直属の先輩が喫煙者なだけで、それ以上のことは当てられていない。しかも三日後は土曜日、公休だ。

 私は一つ咳を挟んで口を作り直した。

「あいにく、その日に喫煙者と会う予定はないよ」

「職場の先輩がいるでしょう?」

「会社が休みだから会わない」

「仕様変更によって休日出勤になるでしょう。雪乃(ゆきの)さんも付き添いで手伝ってくれます」

「えっ。あたし雪さんの話したっけ?」

 したわけがない。こんな怪しい占い師にわざわざ大好きな先輩の情報を流すわけがない。よくあるコールドリーディングかと思ったけれど、それにしては吐き出される情報がいちいち具体的過ぎる。

 困惑する私を無視して、彼女は二枚目のカードの淵をなぞった。

「それでは二枚目」

「ちょ、ちょっと! まだあたしの疑問が解消されてないよ⁉ 話を聞かない奴だなぁ」

「それはあなたも一緒でしょう? 徳井沙由(とくいさゆ)さん」

 彼女はカードの淵をなぞっていた人差し指を私のほうへ向けた。名前を言い当てられた私は、首を絞められたように声も出せなくなってしまう。

 名乗っていないし、フルネームが書かれた小物なんて身に着けてもいない。それどころか、知人しか知り得ない名詞がぽんぽん出てきている。脳内で知り合いをソートしてみたけれど、該当する人間も見つからない。

 占い師の指が、ふらりと真ん中のカードに向けられる。街灯のうなりが耳に届くほど、辺りは静寂に包まれていた。

「四日後、いとこの麻衣子ちゃんからお茶の誘いがあります。どれだけ疲弊していても、誘いに乗ってください。これが宿題その二です」

「麻衣子のことまで……。何で知ってるの? 本格的に気持ちが悪いよ」

「むしろ私の占いが本物だと理解していただけたのでは? さあ、ご褒美で買ったアイスが溶けてしまう前に、最後の宿題のお話をしましょう」

 湧き出た汗が頬を伝い、ぽたりと地面に落ちた。

 これは異変だ。友人がドッキリでも仕掛けてきているんだろうと思ったけれど、いくらなんでも視られ過ぎている。私がご褒美でアイスを買ったことなんて見抜かれてたまるか。

 私の脳は、目の前の彼女のことを常人だと認識することを諦めた。

「そして三つ目。これは一週間後。五年会っていない幼馴染と会うことになります。彼が持っている懐中時計を回収してきてください。以上です」

「い、以上……?」

 彼女は私が黙ったのを確認したあと、無言のまま踵を返して闇のほうへと足を進める。

「あっ、ちょっと! もう終わり?」

「終わりです」

「こういうのって、結果どうなるとかそういうことも教えてもらえるもんじゃないの?」

「私の占いはエゴイスティックなんです。ただただカードからあなたがすべき宿題を読み取ってお伝えするだけ。それでは」

「待ちなさいって!」

 勢いよく踏み出そうとした足が、かくんと落ちた。ヒールを履いていたことをすっかりと忘れていた。初速を失い体勢が崩れる。

 慌てて顔を上げたけれど、もう影は見えなくなっていた。私の手元には彼女から託された三枚のカードだけが残っている。

「もうなんなのぉ!」

 私は夢でも見ていたのだろう。そうに違いない。

 そんな心持ちで家に帰ったが、日が経過するごとにその結論が間違いであったことがわかっていった。

 雪さんと煙草休憩、麻衣子からの誘い、幼馴染との再会。彼女の言葉通りの出来事が実際に起こってしまったのだ。

 もはや予言を受けたとしか言いようのない状況が、嫌でも彼女が本物であったことを告げていた。

 

 そうして一週間が過ぎた頃、言葉のまま宿題をこなした私の前に、再び占い師が現れた。

「そこの可愛いお嬢さん。調子はどうですか?」

 前回と変わらない様子で現れた彼女は、平坦なトーンで私に声をかけた。今日はスニーカーを履いているからすぐにでも逃げ出せたけれど、私は深呼吸を挟んで彼女に身を向けた。

 彼女が異質な存在であることは、一週間の体験でしっかりと脳にぶち込まれてしまっている。だから今日は目的を突き止めてやらないと。

「宿題、ちゃんと全部こなしたよ。種明かしはしてもらえるんでしょうね?」

「種明かし?」

「あたしに未来を教えた目的くらい話してもらっていい?」

 彼女は頭をさげたまま、くつくつという笑みをこぼした。ただでさえ不気味な黒い塊が、街灯の下で気味悪くうごめいている。

「目的……ですか。私の宿題でもあったから、とでも言いましょうか」

「また宿題の話?」

「はい。回収しないといけないものがあったので」

 彼女は細い指を私のバッグに向けた。今夏のために買ったストローバッグ。中には財布と携帯電話と、飲み残したペットボトルと――。

「懐中時計。元々私の物なんです。返してもらえますか?」

「えっ」

 心の声に合わさる言葉を聞いて、心臓が貫かれたように飛び跳ねた。もはや心の声まで読まれているのかとぞっとしてしまったが、よくよく考えればこれを回収して来いと言ったのはこいつだった。

 最初からこれが目当てだったということは、私は宿題という体でお使いをさせられていたのか。まんまと騙された。そんなに不思議な力があるなら、時計くらい自分で回収しろバカ。

 私はしぶしぶバッグから懐中時計を取り出し、それを彼女に手渡した。

「これを回収したいからあたしに宿題を出したってわけ?」

「まさか。たまたま目的と合致しただけで、占い自体はあなたに向けたものですよ」

 ならバカという言葉は撤回しよう。しかし宿題によって何かが身に付いた感じは今のところない。

 私は手渡した懐中時計を眺め、大きく息を吐いた。

「あんまり実感がないんだけど」

「では、少し具体的に」

 彼女は少し顔を上げて指を立てた。街灯に照らされ、黒衣の隙間からわずかに口元が見えた。どこか見覚えのある口元だったけれど、そんな感覚を飲み込むように彼女は言葉を吐き出した。

「あなたが火をつけなければ、誰かの花火は打ち上がらなかったかもしれない。あなたがシロップを注がなければ、誰かの青春は苦いままだったかもしれない。二人と話をしていなければ、あなたは遠くの景色に流れ着いていたかもしれない。ここに懐中時計を持ってくることもなかったでしょう。宿題をこなしたおかげで、実感はなくとも後悔をしない未来を選べたと思いますよ」

 淡々と語られる言葉はお経みたいで理解が難しかったのに、簡単に耳を通り抜けてはくれなかった。

 もちろん選択一つで人生が大きく変わるなんてことはわかっている。ただ、彼女の言葉が芯を食い過ぎていて、もう一つの未来を見せつけられたような気分になった。

 私はごくりと唾を飲み込んで、一歩言葉を踏み込ませた。

「……まるで、そうなった未来を見たみたいな言い方に聞こえるよ」

「もしもの話ですよ。ちょうど、私もそういう経験をしたことがあるので。自分の感覚を疑って後悔した経験というのは、思いのほか深く身を刺してくるものです。やり直したいと何度も願うほどに」

 音を閉じ込めたような籠った笑い声が返ってくる。どこかで聞いたことがある笑い声。そうか、近すぎて気が付かなかった。彼女の笑い声は、私と似ているんだ。

「さて、そろそろ頃合いですね。お土産に一つだけなら疑問に答えてあげますよ」

 私の思考時間を無視して、彼女は踵を返し暗がりのほうへと足を進めた。なんとなく彼女とはもう二度と会うことがないような感じがしたけれど、今日は追いかける気にならなかった。

 私はゆっくりと息を吸い込んで、彼女の背中に向けて声を放る。

「じゃあ……。占いって信じてる?」

 彼女の足が止まる。振り返ることはなかったけれど、大きな笑い声と良く知った言葉が返ってきた。

「信じてないよ。あたし、自分の感覚を介さない不確定な情報をなるべく信じないようにしているから」

 懐中時計にしては大きすぎる音がかちりと鳴った。それと同時に、彼女の姿が闇に溶けていく。去り際の後姿は、やはりどこか私に似ていた。


 不思議な体験を連れて夏が過ぎ去っていく。感覚としか言いようがないけれど、宿題のおかげで今まで以上に自分の感覚に正直に生きようと思えた。

 いつかの自分が後悔の念を抱かないように。

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