ぱんつ
ひまつぶし
目が覚めるとそこには、皺だらけの老人や、タキシードの男性、漫画でよく見るようなあからさまな貴族といった感じの女性…
その他大勢の人間がいた。
私が横になる部屋は、下半身を白く塗り、金の装飾が施された真紅の壁…
大理石と思しき冷ややかな床…
それらに囲まれて静まり返っていた。
「旦那様、女の子でございます」
「ふむ…これは…」
顔を顰める老人とタキシードの男性、
ひそひそとなにかを呟く人達…
自分がなにか良からぬ状況にあることを悟った。
なにを話しているのか、ここはどこかを知るべく、私は声を出した。が、
「あ、あぅ゛ー」
自分の出した声に驚愕した。
最初はどこかに赤ん坊が居るのかと思ったが、それは紛れもなく自分の喉を通って吐き出された音だった。
ー 私は「赤ん坊」に転生していた。
今になって気づいたが、満足に体を動かすことができず、なんだか等身が小さく感じる。
転生前の記憶が残っていること以外は、他の普通の乳児となんら変わらない。
恐らく私が産み落とされて少し経ってお披露目会…といったところと察したが、しかし雰囲気が良くない。
「ちょっとねぇ。お顔が…」
「しっ、旦那様に怒られるでしょう」
顔がなんだよ…と思ったが、姿見もないし、満足に喋ることも出来ない。
転生なんて言われるものだから、てっきり"無双"とか"最強"とか…
いきなり賢者になって〜みたいなものを想像していたが、違ったようだ。
「皆様」
ざわついた部屋が、その一言で再び静寂を取り戻した。
「本日出生致しました"跡継ぎ"は、極めて内密に『廃棄処分』とすることに決定致しました」
…はぁ??
ーーーーー
暗い山奥の洞窟に1人残されてしまった。
来る道に「モンスターが頻繁に出没しています。注意してください」という文字が書かれた看板を目にしたが…
これ結構マズい状況なんじゃないか…
真っ暗だし。なんも見えん。
歩けないし…
雨水の滲み、岩を打つ音が響く。
その中にひとつ、荒い呼吸音が混ざり始めた。
終わった。
これ絶対モンスターだよもおおぉ
転生していきなりゲームオーバーですか。
あー
そんなことばかり考えていると、狼のような姿形をしたモンスターが近づいてきた。
体毛はまさに白銀といった色合いをしており、うっすらと赤い液体で湿っている。
獲物を狩ったばかりなのだろう。
ー 次は私の番だ
観念して放心するしか選択肢はなかった。
落ちている木の実を拾って食べるのと変わらないこととわかったのだろう、私という小さな餌に対して、そのモンスターはずんずんと近づいてきた。
私とモンスターの鼻がおおよそ10cmほどの距離まで狭まり、大きく口を開けたその時
音もなくその首がずるり、と下に落ちた。
「まったく、どうしたのだ、こんな所に赤ん坊を棄てるなど正気ではないな」
青年はゆっくりと剣を鞘に収めた。
その動作にさえ、一切音は伴わなかった。
「見てしまったからなぁ」
ため息をつかれた。
初対面で見下ろされて吐かれるため息は心底気分が悪かった。
助かったけどそれとこれは話が別だ。ちくしょう。
大人になったらぶん殴ってやる。
「まぁ…ここでは危ないだろう。うちで面倒を見てやろう」
ーーーーー
この世界について少しずつ知識を蓄えながら、私はあの日モンスターに食われそうになっていたところを助けてくれた青年と共に7年間暮らした。
青年の名前は「草屋」というらしい。
下の名前は7年経っても教えてくれなかった。
「草屋さん、今日は"紋章"ができる日だね
私楽しみだなぁ」
子供が7歳になる日の正午、紋章というものができるそうだ。
紋章によって魔力の量と使える魔法が決まるらしい。
「12時まであと数分だね。私も楽しみだ。
独歩にはどんな紋章ができるのかな」
昼食の支度をしながらそんな話ばかりしていた。
自分でも余程気になっていたみたいで、この話をするのは今日で9回目だと笑われてしまった。
ー 王宮に設置された鐘が鳴り、正午を報せる。
急いで手の甲を見て、手のひらを見て、手首、腕…
無理な姿勢をして背中まで、全て見てみたがどこにも紋章など出ていなかった。
ーーーーー
「ねぇタニアスくん、例の子さ、今日が紋章の日でしょう。
どんなのが出たんだい?桁違いのスキルポイントを与えられたんだ、凄い紋章が出ていれば間違いなく英雄クラスになるでしょ」
「まったく、先輩は暇なんですか?他に仕事あるでしょう…
でも確かに気になりますね、どんな感じかな…っと」
「うわっ」
「どうしたの?」
「彼女、Lを999にしたと思ったんですけど、手違いで-999になってますよ。だって顔が…ブフッ」
「意地悪だねぇ、『L』が『LOOKS』って教えてあげなかったんだ」
続くかもしれないし続かないかもしれない