第97話 試作機の行方
アーロンが第1装甲遊撃隊々長として山岳旅団本体とは別の任務に就きしばらくした頃、大型の荷物が技術者と共に送り込まれてきた。今までの機体と違い、前もってブロックごとに工場で作られたパーツを組み付けることによって完成するようになったため、これがバラバラの状態で送られてきたのだった……こうすれば戦闘で一部が壊れても、その部分だけ交換すれば修理できるため運用性がより向上するらしい。
「成原技術中尉です。神威……ラプトルMarkⅡ試作機の組み立て、操縦技術伝達、機能改善作業の為、参りました。よろしくお願いします」
流暢な英語を話す日本人が装甲遊撃隊に送り込まれた新型機の技術担当として送り込まれてきた。
挨拶もそこそこに一緒に来た作業員と共に組み立てを始めようとしたが、そこは個性的なメンバーの集まった遊撃隊、いきなり歓迎の飲み会が始まった。
「ナリハラ中尉、ようこそ不用品部隊へ。こんな損な役回りで申し訳ないが、しばらく我々に力を貸してくれ!」
それから、MarkⅡの開梱前の大きな木箱の脇での酒盛りは延々夜中まで続いた。
翌日から荷物の開梱、組み立て作業が始まると、早速アーロン隊長が興味深そうに見に来て、あろうことか作業を手伝い始めた……成原は困惑し『組み立て作業は、自分たちに任せて下さい。完成したら呼びますから』と何度も言ったが、『機体について詳しく知れば、実際に戦場で使う時も役に立つから』と言いって手伝いを止めなかった……翌日の計器を使った調整が始まると、さすがに何日も隊長が業務をさぼれるほど暇はないようで他の隊員に文句を言われ渋々業務に戻っていたが……それでも空き時間を見つけてちょくちょく作業場に顔を出していた。
「アーロン隊長お待ちどうさまでした、組み立て及び動作確認が完了しました。新機能の説明はいつから始めますか?」
成原は他の業務もあるだろうからスケジュールを調整してもらうためにそういったのだが、アーロンは即答した。
「もちろん、今すぐ。だ」
彼は横で副官が睨んでいるのを気にするそぶりも見せなかった。
「基本は|旧機種と同じですが、脚部操作用に膝操作が増えます。これで脚部の動きを制御します。個々の動作はプリセットされていますからペダルは動く速度の加減をするだけで十分です……」
ハッチを開放した状態で上から成原が説明しながら操作の仕方を教えていく。
「……詳細はマニュアルに書かれていますが、分からない所があれば質問してください。アーロン隊長は旧機種の操縦になれているようですから、すぐに使えるようになるでしょうけれど」
彼の言う通り、アーロンは数日後には新型機の操縦をマスターし、実戦で運用し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「くっ、隊長スピードがノッてるな……」
「オレ達のラプトルより機体が軽いらしい。おかげで偵察範囲がぐんと広くなったって言ってるぜ」
「ああ、オレ達が走っている間にさらに先の方まで巡っているからな」
「早くオレ達にもあの機体がまわってこないかな」
だが隊員たちに羨ましがられる試作機も、アーロンにとってはまだ不満が感じられる物のようだった。
「なあナリハラ、MarkⅡをもっと馬のように自由自在に乗りこなせるようには出来ないかな?」
ある日、アーロンは成原中尉に、そんなことを言ってきた。
「ウマ? ですか……それはまた何故」
彼はアメリカの西部の大地で、他部族と抗っていたころ馬に乗ったまま急峻な岩をのぼったりして敵の裏をかいたりしていた。
「うーん、ラプトルは岩登りができるようには作られていません……というか、馬だって普通、そんなことは出来ないでしょう?」
アーロンのような体験をしたことがない成原は、馬が岩を登れるなんていうのは想像できなかった……現実に氈鹿とか山羊は相当な絶壁でも行動できるので、絶対不可能ではないだろうが。
「ラプトルは手足がある分、馬よりやりやすいだろう? 何も走り回れとは言わないから……」
技術的知識がない分、アーロンは簡単に言ってくれるが、そんなふうには作られていない……それでも、成原は実現できないか一生懸命考える。
「うーん……走るのでなければ、何とかなるか。いや躯体の最大傾斜が10°までだから……」
悩んだ挙句に『本国の設計担当に問い合わせてみます』ということで検討依頼を送ることになった。
他にも『腕でライフルを構えないでも射撃ができるようにないか?』と言われて成原は、『頭部につける自動追尾機銃のオプションならあります』と答えたところ『すぐに入手してくれ』という話になってしまった。
結局、関係各部に頭を下げてポーランドにある予備を一つ譲ってもらえることになり、装備させたのだが『もっと小型にならないか』とか『自動追尾は要らないから操縦者が操作しやすくしてくれ』等々、次から次に改良を要求される……半年が経つ頃にはすっかり、ベースは同じでも使い勝手は全く別の機体になっていた。誰言うとなくこれはラプトルMarkⅡではなく、アーロンスペシャルだと呼ばれるようになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、こちらは日本で神威の設計および改良を手掛けるグループ。イギリス海外派遣部隊からの改良検討事項や改造についての問い合わせが矢継ぎ早に送られてくるのに当惑していた。当初は神威から統合情報管理システムを取り除くだけのつもりが、現場からの要求とブラウンボベリー社の意向により積極的に改良に取り組む方針になった結果、想定外の操縦者による姿勢制御の実現可能性まで検討することになった。
しかし、いくら統合情報管理システム用のコンピューターが空いているからといっても、20世紀末になってようやく実現できたロボットの二足歩行のバランス制御のようなことを、この時代の技術でできるはずもなく、どうやったら足りない技術でそれらしいことができるかといった、まるで史実の日本軍の軍用機設計部門のような涙ぐましい設計者の努力が行われていた。そして人間というものは窮すれば何かしらの方策を考えつくものらしく、とある技術者がコロンブスの卵的ひらめきを得た。
機械にできないことは人間にやらせればいい……こう書くと簡単でバカバカしい話に聞こえるかもしれない。だが、この方法は後のコンピューターの分野ではよく使われる考え方だった。プログラムで実現が難しい処理は後回しにして、とりあえず全体を作り上げ出来ていない処理部分は人間がダミーの値を渡すようにする。この状態ではダミーの部分は他の部分から見てプログラムがあるのと同じように扱えるようにしておく。そして最初はプログラムで実現できない部分は人間が処理し、後でプログラムで実現できるようになったら置き換えていくというプロトタイピングのやり方だ。
もっとも今回の場合、機械で処理できない部分は恒久的に人間任せで処理されることになる。具体的には機体バランスを操縦者が把握できるにして、実際のバランス調整は操縦者がやるという事だ。こうすれば、設計者はバランスセンサーと実際の機体バランスを変えられる機能だけを用意すれば事足りる……設計的にはとんでもない手抜きだと言われそうだが、ちゃんと動くかわからないもので作るより現実的な方法だろう。
他にも機体バランスを変えるための操縦機能。つまり、手綱的なものと馬の胴を人間が脚で締めたり緩めたりして制御する機能……後に指操縦と呼ばれるものと腿操縦と呼ばれるものを追加し、とりあえずアーロンの要求したことが実現できる機体ができたのはすっかり春の近づいた頃になっていた。




