第95話 とある総統閣下の憂鬱
彼は憔悴していた。ソビエトとの戦いはとりあえず満足できる範囲で推移し、もうすぐ北の旧都を陥落させることができるだろう。冬の間はここで防衛線を構築して、春の訪れとともに首都に進撃する算段を付けている……彼がこのように考えるようになったのは理由があった。
本来なら、冬が訪れる前にレニングラード、モスクワ、そして南のウクライナを攻め落としヴォルガ川以西をすべて我が占領下に置く計画だった。しかし、その構想を考えるたび思いもよらぬ悪夢が去来し考えを鈍らされた……レニングラードはいくら砲撃を加えようと抵抗をやめず最後は包囲が打ち破られる。モスクワは膨大な兵力の消耗により絶望的な自軍の潰走が起こり、南では勝利を重ねるごとに伸び切った補給線が機甲師団の足枷となって遂には屈辱的な逆包囲による大敗を喫してしまうのが鮮明に脳裏に描かれる……計画の立案を他人に委ねてもそれは変わらず、毎夜のごとく続く悪夢にすっかり体力が削がれてしまっていた。
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戦争には正義も悪もない。所詮は自らの主義主張の押し付け合いであり勝者のみが、その行いを正当化できる。その為には如何に効果的な国家体制を構築し国力を有効に行使するか……あるいは相手の失点をうまく利用するか、である。自分はこれまでのところはかなり上手く、それを成してきたはずだ。もちろん何度も危ういことはあり、時には運命の神が味方したとしか思えないような勝利もあった……そういった勝利はやがて自らの判断を誤らせ破滅の道へと至ることに気付きつつも、爆走を始めた国家意思を制御するのは既に難しくなっていた……勝つごとに積み重なる次の掛け金。勝負を降りることはすべてを失うどころか法外な賠償金が突き付けられられることは先の大戦の結果を見るまでもない。彼が深刻な病気を患っていたのではないかと疑われる数々の症状……誇大妄想的に興奮状態に陥ったり、柔軟性の書けた作戦に固執したり、手の震えやそういった症状を抑えるために多量の薬剤を服用し続けたという事はこれに起因していた。
この苦しみから逃れようと安易な決断を下すことは、綱渡りのロープから足を踏み外すことになるのは百も承知だが……甘美な考えに誘われて正常な判断を狂わされるのも、もはや時間の問題と思われてきた。
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そんな頃である、今まで秘書官を務めていたボルマンに代わりハイドリヒという男がその役割を務めることになったのは。
親衛隊情報部だったこの男は、ヒムラーの下で保安警察長官を務め、さらにチェコの副総督としてレジスタンスによる軍需生産忌避を素晴らしい手際で鎮圧してみせた。その際、テロにより瀕死の重傷を負ったが奇跡的に回復して暫く後に私の秘書官を務めるようになった。
事前の調査では冷酷で実行力はあるが信頼できない男とのことだったが、話してみると言葉遣いの丁寧な気遣いのできる男だった……それに絵画の趣味もいい。彼が秘書官を務めるようになってから部屋に飾られるようになったのはアルノルト・ベックリンだった。それだけなら何処からか私のお気に入り画家の情報でも手に入れて、ご機嫌取りをしているのだろうとも考えられたが、その後より精緻でしっかりとしたした画風の別の風景画に変わった。誰の絵か聞いたところオイゲン・ブラヒトだと教えてくれた。さらにクロード・ロラン、コートニ・カランの風景画など、私の見たことがないものに代わったが、どれも心が癒やされ束の間、前向きな思いを取り戻すことができるものだった……私は次第に絵画から、その男自身へと興味を移していった。
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「今度の絵は南仏の辺りかね? 随分明るい風景だが」
私が執務室に向かう途中、彼にそう声をかけた。
「いいえ、これはウクライナだそうです。昔はこのように希望に溢れた様子に描かれたこともあったのですね……」
と答えてきた。
「うむ、そうだな……今はソビエトの軍需生産拠点だがな」
私は参謀連中が示したウクライナでのソビエトの生産力の図表が思い出されて嫌な気分になった。
「そうですね……東方民族の約束の地という説話もありますから良い場所なのでしょう」
彼の話しぶりには牧歌的な情景を思い浮かばせるものがあり多少気持ちが和らいだ。
「そうか……それは早く我々の物としなければならぬな」
私は気持ちを前向きに切り替えつつ、ブラウ作戦の実施を頭に思い浮かべる。
「約束の地に至るには順序があるようです。焦らず着実に路程を進めるのが良いかと」
「……ほう、君はそれに詳しいのかね?」
「子供の頃聞いた話です……北方聖都から旅をする聖騎士でしたか」
ひょっとしたら有意義なことが聞けるかと思って期待したが、私は彼の答えに落胆した……この様な無駄話をする男だったか。……私はそのまま総統執務室に入った。
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今日も参謀本部の連中がタイフーン作戦とブラウ作戦の裁可を得ようと執務室に押しかけてきた。私は暫く彼らの話を聞いていたが以前の内容の繰り返しで成功するビジョンの浮かばないものばかりだった。
「……取りやめよう」
私はポツリとそう話した。
参謀たちは互いに顔を見合わせた後、
「どちらをですか?」
と問い合わせてきた。
「両方だ……タイフーン作戦もブラウ作戦もリスクが高すぎる。焦らずに路程を進めることにしよう」
元は、と言えば北方軍集団の侵攻がはかばかしくないために私が提案した作戦だったが、ここは初心に戻るのも良かろうと思えるようになった。
「西方および南方に向ける予定の戦力を北方軍の補充に回せ。冬を迎える前にレニングラードを落し、そこに兵力を結集して敵を迎え撃て」
そう伝えると、参謀たちを部屋から追い出し椅子にもたれ掛かって、もう一度考えを反芻した。
レニングラードはその後、包囲戦から侵攻戦へと方針が転換された。少しずつではあるが新開発のパンター中戦車が補充されてきたのも意味があった。秋雨で泥濘みになった平原で履帯の狭いⅢ号戦車やⅣ号戦車が立ち往生する中、敵戦車に対抗できる重要な戦力となった。また、本来なら赤軍守備隊を立て直すはずだったジューコフが東シベリアでの日本軍との戦いによりレニングラードに戻れなかったのも大きな意味があった。
11月。物資の欠乏したレニングラードに凍結した東のラドガ湖から命の道を通って市内へ物資を運び込もうとする直前、増援により厚みの増したドイツ第18軍、第16軍が南方からレニングラードへの突入を敢行。さらに史実では中央戦線に引き抜かれてしまった第2航空部隊が消耗前の十分な航空戦力で支援を行えたことも相まって、市内のレニングラード守備隊は東側に押し出される形で一掃されていった。
1942年12月史実より2年以上早く、レニングラードはドイツ軍の手に落ちた。その後、何度となくソビエト軍は奪還を企てたが、ドイツ側の防衛拠点と化したレニングラードへ送り込まれた潤沢な物資は、ソビエト軍による攻勢を跳ね返しドイツ軍の橋頭堡として完全に確保された。




