第9話 作戦決行「D day」
第二次世界大戦でのノルマンディー上陸(オーバーロード作戦)の決行日は、後の世でD dayと呼ばれている。もちろん、この時代ではまだ起こっていない。なので、オレはこの作戦のことをD作戦と名付け、決行日をD dayとした(ほんの茶目っ気だ)。この作戦が成功して世の中に裏話が広まれば、もしかしたらノルマンディー上陸作戦の方はD dayと呼ばれなくなり、世界の歴史は少しづつ変わっていくのではないだろうか。そんな願いが少し込められていた。ちなみに、あっちのD dayは特に意味はないそうだが我々のD dayはDebut day、つまり新兵器のお披露目の日という意味だ。
さてD day、というかD作戦について話すと1936年12月12日、張学良は西安郊外の華清池に滞在する蒋介石を襲撃、拉致して共産党との共同歩調をとるように方針転換することを強要し監禁する。13日後の12月25日、蒋介石は開放されるが、彼は共同抗日路線に転換し、国共合作がなされるようになった。
この監禁中に実際何が起きたかは、当事者しか知らないことだろうけれど、日本と国民党の関係が決定的になる事件であることは確かだ。そして我々は、この張学良の率いる部隊を襲撃し蒋介石を保護、開放する作戦を行う。これがD作戦だ。
作戦場所の西安は、日本軍の行動範囲からは遠く離れているし、周囲に展開する国民党軍の数を考えると、到底我々が手を出せるところではない……この新兵器がなければ。
我々の新兵器「鉄機兵」(スイスで開発されたパンツァー・ドラグーンことTR 8を極秘ルートで陸軍に導入するため日本軍での名称(キ✕✕とかではなく、愛称の方)を決めてもらおうとしたところ、出てきたのが「弁慶」とか「鉄人」だとかで、なんというかもうセンスのない名前だった。もうちょっとスイスのワクワクできる命名センスを見習えよ! 仕方なくオレが強権を発動して「鉄機兵」にしてもらった。これでもイマ2くらいだが)は、一日に700キロ強移動できる。本当は給油してすぐに移動継続すれば黄海沿岸から直接侵攻できるはずだが、さすがに新兵器でやるのは余裕がなさすぎるし、いずれにしても現地周辺で補給が必要なので、移動は夜間だけにして途中に中継基地を用意することにした。
作戦機数は8機。もう少し待てばもっと機数を増やせるのだが、この作戦では救出が行える日程が限られている。ということで実行部隊8名、中継基地設営に別動部隊(こちらは中国国内で活動している日本軍の工作機関にやってもらう)、黄海沿岸に配置する輸送船(というか実体は特殊揚陸船だが)1隻、あとは全体をまとめる作戦司令官という陣容になる。
この話を日本にいる、陸軍中枢への交渉役の華子さんに伝えたところ、
「ずいぶん大胆な作戦ですね。これができる人間は……石原さんか辻さんといったところでしょうか」
「石原莞爾と辻 政信か……前回、石原さんは無理やり板垣さんと交渉させた挙げ句、終わったらそのまま放り出してしまったしなあ……でも、辻大佐も自分勝手に突っ走りそうで、あんまりいい印象はないよなぁ。だいじょうぶか? 新兵器を知ったら舞い上がって、そのまま中原打通作戦とかにならないよね?」
オレの心配を伝えると
「……では、石原大佐にお願いしますか」
華子嬢はあっさりと言った。
「え~、でもなぁ……だいじょうぶかなぁ。前回のことで怒ってないかなぁ」
とオレが心配すると
「大丈夫ですよ。石原大佐は元々中国と戦い続けるのは反対でしたし。ちゃんと背後関係が理解できるようフォローもしておきましたから」
と返ってきた。背後関係って……まあ既に話が着いているならよかった。
作戦機を日本(というか中国)に運ぶのに10日間ほど、実行部隊の訓練に1週間使って、いよいよD作戦の火蓋が切られた。黄海沖に8機の鉄機兵を載せた特殊揚陸船「神州丸」が到着する頃、特務機関「楠」「柏」は鄭州市郊外の黄河川岸と信陽市山中に補給基地を設営し、D dayの到来を待ち受ける。
1936年、12月13日、西安で張学良クーデターとの第一報が世界に発信され、翌14日には、中国各地から張学良の暴挙を批難する声明が上がり始める。
「まずは、予定通りだな」
オレはパリでニュースを目にしながら考える。
16日には国民党の討伐軍が組織され、17日には周恩来が西安に交渉のため到着するはずだ。それまでには、蒋介石を保護しておかないとその後の身動きが取りづらくなる。
「もう、現地では鉄機兵が上陸して、黄河を遡っている最中のはずだが……」
そう、まさにその時、中国では真夜中の時間、黄海沿岸1kmに接近した神州丸から、タービンエンジン音を轟かせ(本当は轟かせてほしくないのだが)鉄機兵が次々と海上をホバークラフトで疾駆し、そのまま黄河上を時速120キロで遡上していた。
目指すは500km先の鄭州郊外の補給基地。鉄機兵の航続距離を考えれば随分余裕がとってあるが、夜中のうちに移動を終了させないと人目についてしまう。もちろん、いくら真夜中だと言っても人目がないわけではないが、今まで聞いたことのない大音響は数分のうちに通り過ぎていくので、実際何が起こったのか分かるものはいないはずだ。
早朝5時前、予定通り鄭州に到着した鉄機兵はエンジンを停止させ、樹の葉等で偽装してから整備確認にはいった。
「報告! 鉄機兵1から4まで、補給整備完了。続いて5から8の補給整備に入ります」
「了解。くれぐれも周囲の警戒を怠るな。不審者は躊躇せず排除しろ。今は選んでいる時間はない。それから5号機から8号機の搭乗者は休息しておけ、6時間後には交代して、俺たち1号機から4号機の搭乗者が休憩するからな」
「はっ、伝達しておきます!」
冬の最中、寒風厳しい河畔の隘地にやってくる人間はそうそういないと思われるが、もしものことがあれば作戦が頓挫してしまう。もちろんそのような事態の起こらないように特務部隊は慎重に場所を選定しているはずだが。
「隊長! 先遣偵察班からの連絡では、現地の状況は予定通り、張学良の親衛隊が蒋介石を側近数名と共に拘禁中。他所からの部隊が到着する様子はないとのことです」
「本部からの連絡、作戦の変更はなし。予定通り進めろとのことです」
「鉄機兵1号機から8号機、搭乗員共に準備完了。いつでも出立できます!」
部下からの状況報告が次々と上がる中、赤井隊長は懐中時計を確認すると懐にしまい、号令を発した。
「搭乗員、鉄機兵に搭乗! 予定通り目的地に向け出発する! 我々の出発後、楠はここを撤収。痕跡を残さぬように! 以上、行動開始!」
「(((はっ!)))」
次々と鉄機兵の搭乗口に乗り込み出入り口が閉鎖され、数秒後タービンエンジンの透き通った稼働音が響き始める。
鉄機兵内では近距離無線による隊長機からの指令が入る。
「各機、最終確認点呼始め! 一号機よし!」
「2号機よし!」
「3号機よし!」…
8号機までの点呼を確認した後、隊長機からの号令が掛かる。
「よし、進路西南8時方向、我に続け!」
補給基地設営隊に向け、隊長機が手を一度振った後、ホバーの強烈な排気音が轟くとともに、滑るように鉄機兵各機が移動を始め、ほんの数秒で小さく消えていった。
静けさを取り戻した中で、楠隊の隊長が腕をさっと振ると、声もなく各人が動き撤収作業を始めた。
◇ ◇ ◇
「おい、交代だ」
「助かった、今夜も随分冷えるからなぁ」
西安の街中の一角にある国民軍辦事処(駐屯地)の入り口では、歩哨の交代が行われていた。駐屯地と言っても、西安の元の市街区画を数個分を使っているだけの小さなものだ。とは言っても、そこに立つ建物は立派なもので張学良の親衛隊120名が入っても充分、余裕があった。
最奥の指揮官室には学良と側近数名が詰め、その横の副官室に閉じ込めた蒋介石と側近を監視しつつ、百名余りの兵士を周辺の大広間に待機させ、残りの二十名程度が建物周囲の警戒についていた。
もちろん、警戒要員は時間ごとに代わっていくが、大多数の者たちは大広間で半ば警戒を解き数日前の襲撃の勝利に酔っている状態だった。
「張将軍、まだ蒋殿は我々の要求を飲まないのか」
「ああ。まったく強情なことだ」
「早くしないと、他の国民党軍がここを襲撃したら、ひとたまりもないぞ!」
「そんな事はわかっている! それより共産党軍はなぜ援軍を出さないんだ。最初の予定ではすぐに増援隊と共に南京に戻る予定だったのに」
国民党東北軍の張学良と、共産党十七路軍の副官が言い合いをしていた。
「我々もいろいろとしなければいけないことがあるのだ。コミンテルン寄りの同志の中には我々の行動に批判的な者もいるのだ」
「何をバカな! そんな事をしているから国民党軍に次々と攻勢をかけられ、ジリ貧になっていくんだ。今は力を一つにして日本軍に対抗しないと!」
「何を大声で騒いでいるのだ?」
「楊同志!」
十七路軍を率いる楊虎城が二人の言い合いを静めるため現れた、しかし学良は静まるどころか虎城にも不満をぶつけ始める。
「南京はなぜ、動かないんです!」
「落ち着き給え、張同志。大丈夫だ、あと2、3日すれば、周同志がやってくるそうだ。彼が動けば、何もかもうまくいく」
「しかし、楊同志、国民党軍が動けばこんな僅かな兵ではひとたまりもないですぞ」
言い合いをしていた副官も心許ない兵力を気にしてそう発言する。ちなみに彼らの率いてきた十七路軍は僅かな手勢以外は街中での徴発、略奪に繰り出していた。
「僅かな兵とはなんだ!私の兵達は強者揃いだ。現に蒋介石の兵を簡単に蹴散らしたではないか!」
「あんなもの、戦いのうちにも入らん。しかも終わったら酒を飲んで騒動を起こしている、野盗もどきではないか」
「何をっ! なら、そっちの十七路軍はどうなんだ!」
「だから、そう熱くなるな。中央委員たちが工作しているから国民党軍はまだ動かない。そして彼が来れば我々の仕事は終了だ。まあ、一杯飲んで少し気を落ち着けろ。我らの革命に乾杯だ!」
「((乾杯!))」
場所は変わり、こちらは南京市内の一流ホテルの一室。蒋介石夫人である宋 美齢は顧問のW.H.ドナルドと共にいた。
「……それで、張学良は何と言っているのですか?」
「ミスター蒋が、こちらの提示した条件を飲めば、すぐにでも開放する。それまでは何度でも交渉しつづける。と」
「……そうですか。まだしばらく掛かりそうですね」
「ほう、どうしてそのように?」
「あの人は強情です。一度決めたことは簡単には覆しません……つまり、何かを決断するのに時間がかかるのです。それでは時代を進めるのには向いていないというのに……」
「マダム。あなたが出向けば彼の心を変えさせることができるのでは?」
「……うまくいかないかもしれませんが、私は厭いません。ですが、可能なのですか?」
「ミスター張は、交渉を続けると言っています。命の危険は高くないと思います。もちろん、そうは言っても保証はできませんが……マダムがOKしてくれるなら、こちらの飛行機を用意しますが?」
「……ええ、そうね。時代を動かすには多少の危険はつきものです。Mr.ドナルド、飛行機を手配していただけますか? それと、孔義兄さんに言って攻撃は待ってもらえるように伝えて。国民党軍を動かしては、まとまるものもまとまらなくなります」
もう一度、西安の国民軍辦事処に視点をもどす。門の前で警備をしていた兵は遠くから近づいてくる聞き慣れない音に首を傾げていた。
「……うん? 何だあの音は?」
「飛行機か? しかし聞こえてくるのは空じゃなく、道の向こうだ??」
『ダン!、ダン!、ダン!、ダン!』
そんな疑問を打ち砕くように遠距離からの大口径銃弾が門扉を破壊した。
「た、助けてくれっ!?」
兵が慌てて逃げようとするところに、大きな鉄の塊が大通りの向こうから滑るように殺到した。
「1号機から6号機は門を突破して中に突撃! 7号機、8号機は門の外で敵襲来を警戒しろ!」
無線でそのように命令すると、1号機は先陣を切って半ば壊れた門を突破していく。
「ん?、何事だ!?」
外の騒ぎに残りの兵たちが気づき始めたときには、既に鉄機兵は大広間に向けて対物ライフルを撃ち建物の壁を壊して突入できる広さを確保しながら、反撃する敵に向けて頭部機関銃を応射する。
『ダ、ダ、ダッ! ダ、ダ、ダ、ダッ! ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダッ!』
スイス製SIG MKMS 7.6ミリ短機関銃が目の前の敵を掃討した頃には、殆どの兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていた。
「右手の奥の部屋に蒋将軍が監禁されているはずだ。発砲は十分注意して将軍に危害を加えることのないように。2号機はオレに続け。3号機、4号機は部屋の周囲で敵兵を警戒。5号機、6号機は建物の外で退路を確保しつつ警戒を行え」
そう発令すると、赤井隊長は奥の右の部屋のドアを開ける。もちろん、鍵がかけられてはいたが、鉄機兵の強化された腕には何の抵抗にもならなかった。
『バキッ』
「何者だ?!」
中にいた男は写真を何度も確認した蒋介石本人、となりはおそらく付き人ではないかと思われた。
「蒋閣下とお見受けします」
「何者だ君は?!」
「故あって身元は明かせません。が、国民党に味方するものと言っておきます」
もちろん、日本語ではなく流暢な広東語だった。
「……我軍にそのような兵器は存在しないと思うが?」
「もちろん、国民党ではありませんが、友軍はいろいろと新兵器を投入しているでしょう?」
「……アメリカ軍か? ならば身元を隠すことはあるまい」
「上官から情報を厳しく制限されていますのでご容赦を」
「…………」
その時、隣の部屋から数発の銃声に続いて機関銃の発砲音が響いた。遅れて同じような大型の移動機械がもう一台入ってくると、しばらく無言で立ち尽くしてた。
もちろん、鉄機兵内では無線により状況の報告が行われていた。
「(隊長、隣室の様子を調査していたところ隠れていた上級士官と思われる敵から突然発砲を受けた為、機関銃で応戦し制圧。敵3名は死亡しました)」
「(わかった。戻って周囲の警戒を続けろ)」
その間に蒋介石の副官が彼の耳元でささやく。
「あの機関銃音は欧州の国で使われているもののようです。日本軍や共産党軍、ソビエトのものではなさそうです」
双方が内密の会話を終えたところで、蒋介石が再び質問を始めた。
「……それで、何が望みだ? こんな首の一つ手に入れたところで仕方あるまいに」
蒋介石はそう言って相手の反応を見る。今は僅かでも判断するための情報が必要だ。
「まさか。我々は閣下の救出を命令されています。それ以外は何もしませんし、できません」
「その割には、随分強引なやり方だが?」
「時間がありませんでしたので。今なら我々のような小部隊でも作戦を成功できると確信があったので」
「君が判断したのか?」
「これは……閣下は誘導尋問がお得意なようです。これ以上は喋りません」
「……で、どうしたい? 隣室の学良のように我々も蜂の巣にするか?」
「(ちっ、隣室にいたのは張学良だったか)閣下。我々は閣下に危害を加えることはありません。安全なところまでお連れするだけです」
「なら、私の希望する所に連れて行ってくれるのか?」
赤井は蒋将軍の予定外の依頼に焦りつつも、何とか話を合わせた。
「閣下のご希望の場所……どちらです?」
「……洛陽だ」
「ここからあまり離れていませんが、洛陽で閣下の安全は確保できるのでしょうか?」
「洛陽は我々の拠点の一つだ。ここが安全でなければ中国のどこに行っても安全な場所はない」
「……しばらくお待ち下さい」
すぐに機内の無線を通して各機から意見が出される。もちろん機外には、その音は聞こえない。
「どうします隊長、本機の無線では本部と連絡は取れません。それに洛陽を経由したら補給拠点まではかなり厳しくなるように思います」
「本部に連絡して指示を仰ぐため鄭州補給拠点まで戻りましょう!」
「鄭州の補給拠点にはそれほど燃料は残ってなかったぞ。一機だけ戻って連絡を取り、それまでここで待機しているしかなかろう」
「いや鄭州の補給拠点はもう撤収しているだろう、今から戻っても燃料や大型無線機が使えるかどうか……」
各機からの意見を聞いた後、最後に赤井隊長が下した結論は、
「我々は作戦通り、蒋将軍を連れて信陽補給拠点に移動する。信陽で本部に蒋将軍の依頼を伝え本部の決定を仰ぐ。それまでは蒋将軍には洛陽に向かうと伝えておこう。なにちょっと寄り道するだけだ」
赤井は、再び外部音声を接続し、目の前の蒋将軍に結論を伝えた。
「お待たせ致しました、蒋閣下。貴殿の提案を受け入れますので我々に御同行頂きたくお願い致します」
「……受け入れるのか? ならば是非はない。洛陽まで連れて行っていただこう」
「……では、早速。少し窮屈と思いますが、この移動用ケージに入っていただけますか?」
蒋将軍の前には別の鉄機兵が持ってきた、人がひとり入れるくらいの箱が置かれていた。
「これは……」
「申し訳ありません。本機には一人しか搭乗できません。このケースを抱えるようにして移動しますので中にお入り下さい」
まさか、そんな方法で運ばれるとは思ってもいなかったのか、将軍はかなり躊躇したが結局無理やり中に押し込まれた。
「予備のケージを持ってきてよかったですね。まさか従者まで運ぶことになるとは」
「仕方あるまい。ここで従者を残すと行ったら将軍がまた決断を翻しかねない」
そう、赤井たちは蒋介石を運ぶための箱が万が一、銃撃戦などで壊された時のために予備を一つ持ってきていた。おかげで8機いる鉄機兵の2機は手がふさがってライフル射撃は6機しか行うことができなかったのだった。
「よし、信陽に移動するぞ。各機発進!」
ほんの1時間位の時間で西安辯事処を後にした赤井たち鉄機兵作戦部隊は風となって信陽に去っていった。




