第83話 満蒙電撃作戦、その2
モンゴルからの要請を受けて、ソビエトのヴォローシロフ国防委員が急遽モンゴルに派遣され、それまで指揮をとっていたイヴァンコフ、クーシチェフ参謀長および前線指揮官であるブイコフが更迭された。さらにスムフェケビッチ少将下の熟練パイロットが派遣され、空軍の再構築が開始された。
そしてモンゴル国内に展開する兵力のほぼすべてを使って、ウランバートルから日満連合軍の侵攻地点のチョンバルサンの線上にあるウンドゥルハーン郊外に反撃作戦の主力として、それまでのモンゴル守備隊の中心の第11戦車旅団本隊および新しく動員された第8、第14装甲師団の戦車合計633両、装甲車59両が配置された。
対する日本陸軍第三軍は、電撃戦を行ってきたツケがここにきて重くのしかってきた……すなわち追撃を急ぐあまり全体の兵力の進軍具合を整えることができず、先行する部隊から順次戦場に到着する形になり、最前線へは戦車80両、兵員2000名程度しかない状況だった。
「とにかく、早く前線に兵力を集めろ! 遅れている部隊は夜通しでも行軍させろ! 使えるものは何でもいいから搔き集めて敵に対抗できる数をそろえるんだ。ここで負けるわけにはいかん!」
鈴木参謀長が檄を飛ばして各部隊の集結を急かせる。当然、華子さんの第13独立部隊も右翼の中核としての参加を要請された。何しろこの部隊は鉄機兵だけとはいえ40機を有している……数だけで考えれば先行部隊の1/3に匹敵する戦力だ。しかし華子さんは主力会戦への参加を拒否する。
「我々の部隊は移動速度と足の長さを活かした神出鬼没な戦闘が本分です。本隊に組み込まれたら足を縛られたような状態になり、全軍の衝突時に戦場にいれば得意とする接近攻撃中に味方からの砲撃に巻き込まれ被弾してしまうことも避け得ない……それよりも我々は自らの利点を生かした奇襲攻撃をさせて頂こうと思います」
「何!? 貴様参謀本部の作戦に異議を唱えるのか!」
華子さんの正しいが可愛げのない発言に鈴木は気色ばみ声を荒げるが、本間司令は冷静に華子さんに問いかけた。
「何か考えている作戦があるのか?」
「はい、敵が出撃する前に我々の鉄機兵部隊で奇襲攻撃を行います。こうすれば敵が十分な反撃態勢を整える前に攻撃できるので、敵兵力を大きく減らした状態で主力決戦に持ち込めると考えます」
「どれくらいの数を減らすことができる」
「敵の集結具合にもよりますが300から500両は可能と思われます。一方、決戦に参加した場合は100から200両程度……」
「どう思う?」
本間司令官は、今度は幕僚に意見を求めた。
「前半は判断が付きかねますが、決戦時に100から200両の撃破は順当な線だと思われます。我々の判断でも同程度の分担を考えていますから……」
「一般的な奇襲による撃破成果を二倍と考えるのは順当なところです」
「……ですが、それでは本隊の方が」
華子さんの意見は概ね受け入れられたが、鈴木参謀長の本体の数を心配する声には誰も解決策を見いだせないでいた。
「わかった……第13独立部隊については、奇襲作戦担当としてもらう。本隊の補強については我々で何とかしよう」
結局、本間第三軍司令官の決断で華子の作戦が了承された。会議が終了した後、華子は一人本間司令官と会っていた。
「先ほどは私の考えにご賛同頂き有難うございました」
「あれは俺が決断したことだ。長年、軍の指揮をやっていると、多少は他人が何を考えているか読み取れるようになったつもりだ。貴官はこの戦いをより高い位置から考えているように思える。願わくは君の作戦が失敗しないことだが……」
「本間司令官……必ずや敵の戦力を激減させて御覧に入れます。小官から二、三提案があるのですが」
そう言って華子は、奇襲以外に本隊が有利に戦闘を進められる作戦案を上奏した。
「申し上げにくいのですが、第三軍の作戦は敵に漏れている形跡があります。真の作戦計画についての情報は信用できる者のみに限定するのをお勧めします」
「なに?! …………特殊工作部隊も束ねる貴官なら、情報戦も詳しいか。提案感謝する」
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「思ったより、会議に時間がかかりましたね……作戦はどうなりました?」
帰りを待っていた赤井少佐が華子に声をかける。
「作戦は打ち合わせ通り、我々は部隊に帰り自らの作戦を続ける。急げ!」
「はっ!」
華子が急いで戻った理由は参謀会議での奇襲作戦とは違う、本来の補給破壊活動……そしてもうひとつ、ウランバートル強襲を計画していたからだった。むしろ第13独立部隊にとってはウンドゥルハーン郊外の敵機甲師団への奇襲は、ウランバートルの陽動の為の様なものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日から日本軍独立輜重部隊は第三軍の要請を受け、後方の兵員を前線に輸送する作戦を始める……華子が本間司令に具申した作戦だった。もちろん戦車隊等は輸送することは出来ないので自力で前線に急行してもらうしかないが、少なくとも歩兵や工兵については数をそろえることができた……そんな彼らには特別な任務が用意されていた。夜陰に紛れて敵との会戦地域に地雷を敷設することだ。もちろん通常は敵味方とも斥候を頻繁に出す為、このような事前工作は見つかってしまうものなのだが、それを可能にしたのは華子たちの破壊工作だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第13独立部隊はウンドゥルハーンの会戦が始まる数日前から鉄機兵小隊を敵地深くに放ち、ウランバートルへ向かうシベリア鉄道の支線を含めた破壊活動を展開、敵の後方任務を混乱させた。モンゴルに展開するソビエト軍は、この広範囲の攪乱工作に対処する為、工兵を復旧作業に動員し、各軍の偵察部隊は補給面の警備に忙殺された。その間隙をついて日本軍は少人数で戦場予定地に潜入し地雷をばらまいたのだった。
そして会戦当日の早朝。戦車隊が暖機運転を行い作戦開始の移動を開始する直前を見計らって鉄機兵の奇襲攻撃が開始された。
燃料が満載されエンジンの暖機が行われている状態の戦車は、まさに停止した的であり、鉄機兵は数台ごとに分散して停車している戦車に、直近からやりたい放題で噴進弾を撃ち込む。分厚い装甲を貫く必要すらなく単に車体後部のエンジンに向けて発射されたそれは、面白い様に敵戦車を火だるまにしていく。一時間余りの悪鬼来襲の後には動けなくなった戦車が、蟻塚の小山の様に林立していた。
敵戦車多数を屠った後、鉄騎兵奇襲部隊から第三軍司令部に向けて無線報告が発せられた。
「我、奇襲ニ成功セリ。効果甚大、敵戦車ノ八割ヲ行動不能トス」
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「ブリャーチ! 残った車両を搔き集めて、卑怯者の黄色いサル共を叩き潰せ!」
イヴァンコフは怒りながら残存軍へ反撃を命じた。
八割が行動不能に陥らされたとはいえ、まだ百両以上が残っている。あれから五月雨式に前線に集まってきている日本軍の全戦車数よりまだ多い。彼はモンゴル軍総司令部の日本人スパイからもたらされた情報により敵の状況をほぼ正確に把握していた。しかし、それは本間司令部が意図的に流したニセ情報が含まれていることまでは見抜けていなかった。
残存車両を再編したソビエト、モンゴル派遣軍戦車大隊はウンドゥルハーンに向けて幹線道ではなく、原野から侵攻してくるという情報の日本軍戦車部隊を包囲殲滅するため草原に展開していく。そこで彼らをもう一つの悪夢が襲った……当初の打ち合わせ通り日本軍を包み込むように展開しようと両翼を広げていくソビエト軍戦車部隊は、日本軍が敷設した地雷原にぶち当たる。
ドゥン!という鈍い音と共に一両、二両と友軍車両が擱座していく度に、疑心暗鬼に駆られた各車は先行する車両の後を追うように進みはじめ、結局包囲陣ではなく一つに集まって前進していくことになった。そこへ準備していた本間、第三軍の特四式中戦車の43口径75mm砲が十字砲火のように浴びせかけられる。
長口径砲のヒューン、ヒューンという飛翔音と共に、それが車両に命中しバゥン!!と爆発する音が彼方此方で響き、逃げ惑うように横道にそれた車両は地雷の餌食となって擱座していく。
たまらず後退していくソビエト軍戦車隊に、今度は日本軍が地雷原の中に巧妙に作られた隘路から迫り、横腹に砲撃を浴びせる……始まってしまえば包囲されたのはソビエト軍戦車隊であり、これを日本軍の戦車が包囲、各個撃破していく展開となった。その日、陽の落ちる頃、数倍の敵戦車群を撃破した本間第三軍は、いよいよ首都ウランバートルの目前に達していた。




