第77話 オペレーション・メテオ、その1
「ようやく震星が飛べるんですね」
航空戦艦日向の飛行甲板で震星のパイロットである生島大尉が松田航空長に言う。
「まあ、最初は肩慣らしだ。あまり気合を入れるなよ」
そう言いながら、松田も自然と笑みがこぼれている。
目の前では、日本で積み込まれて初めて、飛行甲板に引き出された震星が発艦準備を行っている。
「しかし、本当に大丈夫なのか……こいつは鶚よりずいぶん重いぞ」
「大丈夫です……爆装してなければギリギリ射出機の運用範囲内です。日本にいた時も試していますし」
松田の心配をよそに、生島は不安など無いといった様子で返した。
「目的地のレヒリンにはドイツ軍の試作ジェット戦闘機もいるようだ。日本製ジェット機の素晴らしさを自慢してきてくれ」
松田がそう言うと、生島は姿勢し答える。
「はっ、日本海軍の優秀さを示せるよう、精一杯頑張ってまいります」
そういって敬礼をすると、準備の整った震星まで駆け足で向かい搭乗していった。
生島の搭乗機も含めて8機の震星は、順に飛行準備を整えると、射出機上に移動し、爆音とともに射ち出されていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
震星が、ベルリンの近郊にあるレヒリン空軍テストセンターに到着して数日後、オレは性能評価テストの視察と打ち合わせのために顔を出していた。
「種子島閣下、ご無沙汰しています」
いきなりの閣下呼びで、何事かと振り向くとドイツでジェットエンジンを研究しているハンス・オハイン氏がいた。
「これはお久しぶりです、ハンスさん。そんな他人行儀な呼び方は止めてください」
オレはそう言ったがハンスさんは、
「いえ、知らない事とはいえ今まで申し訳ありませんでした。まさか将軍閣下だったとは……しかもこんな素晴らしいジェット機を完成させていますし」
ハンスさんは凄く恐縮しながら話しているが、そんな大層なものではないので止めてほしい、ホントに。
「いえ、ハンスさんは、もっと早く実用化に成功しているではないですか……多分、世界初ですよね。今の時代は情報が隠されているのでよくわかりませんが、いずれすべてが明らかになれば、あなたの偉業は歴史に刻まれますよ」
オレはそういってハンスさんの偉業をたたえると
「ありがとうございます。そう言っていただけるのは大変な名誉です」
と若干、声を震わせていた……ドイツ軍のジェット機と言ったらMe262の方が有名で、彼の作った機体は冷遇されている感じだから、他人から認めてもらえるのは嬉しいんだろうな。
「この機体のエンジンはターボファン型という一部の気流が燃焼室をバイパスするように作られています。そのおかげで燃料効率が非常によくなっています」
「すばらしいアイデアです。こうすることで機体外の空気とジェット噴流の間のギャップを減らすことができるのですね。これはジェットエンジンを実用的に使う上で画期的な方法です」
さすがハンスさん、たった一言でターボファン型の要点を言い当てた。わかってらっしゃる。
「さらに、このタイプの利点はバイパスしたエアフロ―を逆方向に誘導することによりエンジンの燃焼状態を変えることなく速度を落とすことができるのですよ」
オレはハンスさんの近くで小声で教えた……これこそがターボファンの、もう一つの重要な利点だ。この時代のジェット戦闘機は敵機との速度差が大きすぎて戦闘が難しい……なので後ろをとったら敵機に合わせて速度を落とすことが必要なのだが、ジェットエンジンの燃焼状態を変えるのは難しい。さらに一度、低速にすると、そこから再加速するのに時間がかかってしまう……この点、バイパス空流だけ変えるのなら速度の変更が容易でエンジン異常も起こしにくい。
さすがのハンスさんも、こっちの利点は気づいていなかったようで、話を聞いてびっくりしていた。
「……そんな方法があるとは。あなたこそ実用ジェットの父と呼ばれるようになるでしょう」
いえ、すみません未来知識のパクリです……オレも最初は知らないで試作機に『直線番長』なんてあだ名をつけられてしまったんだけど。
「時間があれば、ぜひ一度日本にもいらしてください。他にもいろいろ、お見せできると思いますし」
「ありがとうございます。機会があればぜひ伺わせてください」
昔はゲッチンゲンを離れたくないと言っていたが、これなら日本にも来てもらえるかもしれない……将来はぜひ世界の優秀な技術者を、アメリカじゃなくて日本に集めたいというオレの夢も、ひょっとしたら実現できるかもしれないと思うとうれしくなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「すばらしい性能です。これなら護衛戦闘機がいなくても問題ない……しかも、この航続距離! 今すぐ我々ドイツ空軍も運用したい機体です」
装甲材料は微妙な評価だったが、こっちは手放しで褒めてもらえた。まあ、この時期ドイツ製ジェット戦闘機のMe262は、初飛行は終えたがエンジンが不調でいろいろ問題が頻発しており、速度はまだしも航続距離も1/3だし(ドイツの戦闘機は伝統的に航続距離が短いけど)さらに総統に高速爆撃機にしろと命じられて、開発が迷走したりする……その意味では震星は、まさに喉から手が出るほど欲しい機体だというのも頷ける。
視察を終えて基地官舎に戻り、ドイツでの運用方法についての意見交換のため高官専用の会議室に連れてこられた。ドイツ側では、この新型機の運用について考えていることがあるようだ。
「新型爆弾……それは、どんなものですか?」
さらに意見交換の中で極秘情報として、そんな話を切り出された……オレは、まさか原子爆弾?と一瞬緊張したが、そうではないようだ。
「通常の大型爆弾のように単一弾体ではなく、多数の小型爆弾を上空から撒くことで、広範囲を爆撃したのと同様な効果を得ることができます。もちろん破壊力という面では単一弾体に及ばないので、中規模の弾体も同時に使用し破壊力も維持しますが……小型爆弾は信管を変更し数日から数年にわたって散発的に起爆するようにすることで、爆撃を受けた場所を長期間にわたって利用不能にすることを目的としています」
……これは、クラスタ爆弾か。まさか、そんなものを考えていたとは。
「何しろ急造なので、小弾体は手榴弾を改造したものですが、これでソビエト軍の新型戦車工場を爆撃すれば、戦車の生産を長期間にわたって遅らせることができると考えます」
……なんだ、応急対策で考えたものだったのか。たしかにパンターが揃うまで、T34対策は必要だけど、工場を爆撃して生産を遅らせるつもりか。
「なるほど。確かに震星の使い方として非常に有効であると思います。ただ現在、震星は8機しかありません……大規模工場を使用不能にするには少し心許ないですね」
オレがそう言うと、突然後ろから声がした。
「日本には、あと何機あるかね? それをドイツに売ってもらえないだろうか」
振り向くと、そこにはヘルマン・ゲーリングがいた。
「げ、げっ……」
「ゲーリングだ(ニヤッ)」
オレが驚いていると彼はニヤリと笑いながら自己紹介して、強引にオレの手をとり握手してきた。
ドイツ空軍総司令官。国家元帥(この世界では、まだ叙せられてないけど)。大鉄十字章の唯一の受章者。幼年士官学校からのバリバリの軍人で第一次大戦ではエースパイロット。ナチス初期から重要なポストを占め、人気と実力を備えたドイツ軍の大立者。さらに経済でも「ヘルマン・ゲーリング鉱山・製鉄」会社というドイツ第三位の大会社の所有者でもある。ナチスドイツの高官たちを太陽系に例えれば、その中で木星クラスの存在感を持つ大物……が唐突に現れて、オレに問いかけてきた。
「それは……4、50機はあるでしょうが、私の一存では何とも……ライセンス生産なら認めてもよいことになっています。見返りに得られる技術次第ですが」
オレはドギマギしながら、そう答えると
「そうか。俺は官僚のような腹の探り合いは嫌いだ……軍人同士、簡潔にいこう」
そう言って、オレの背中に腕を回して肩を叩きながら
「何が欲しいんだ?」
と耳元で囁いた。
「……アグリガット計画。特にA2からA4までの技術共有……何なら共同開発でも」
ゲーリングの顔を横目で見ながら、前々から考えていたことを伝える……つまりV2ロケット技術のことだ。
彼は、組んだ肩を離すと、
「……それは陸軍の計画だな。まぁいい、俺が総統に掛け合ってやる。そのかわりジェット爆撃機の件をすぐに……明日からでも始めてくれ!」
そう言って、こんどは両手で握手を求め、凄みのある顔でこう言って去っていった。
「よろしく頼んだぞ、日本の友人」
完全に毒気に当てられて棒立ちしているオレを見ながら、ゲーリング元帥のために、せっかく用意していた決め台詞を言うタイミングを逸していた将校は、付け足しのように言った。
「震星という名を考慮し、この作戦は『オペレーション・メテオ』と名付けられました……どうぞ、よろしく」




