表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/131

第73話 大祖国戦争と破壊の神

 T34の開発は1939年の冬戦争時に始まる。その頃のソビエト軍にはT26とBTシリーズと呼ばれる戦車があったが、いずれも装甲が薄くフィンランド軍の対戦車ライフル、そしてモロトフカクテルと呼ばれる火炎瓶で容易に仕留めることができた。


 ソビエト軍ではBT20、T28といった新型戦車を次々とテスト投入したが、最終的にBT戦車やT26両方の後継となる、より重武装、重装甲な戦車の開発を計画し、前面装甲を32ミリ、45ミリ砲または76.2ミリ砲を採用したT32を作り出した。そしてさらにその装甲や備砲などを強化してT34に発展させた。


 たった2両だけ作られた試作車は、貨車ではなく自走で工場のあるウクライナからモスクワまで踏破し、クレムリンの指導者に披露された後、フィンランドの前線へと送り込まれた……後の伝説を彷彿とさせるようなタフさの証明だった。しかし、それでも陸軍保守派は、この戦車の優秀さを認めず政治的圧力を加え、旧式のT26やBT戦車の生産が継続され、T34の量産は先延ばしにされた。


 1942年春、ドイツ軍のソビエト侵攻(バルバロッサ)作戦が開始され、多数のT26やBT戦車がドイツ軍により破壊される中、ウクライナで細々と生産されていたT34が補充の分として戦場に送り込まれ始める……そしてドイツ軍はそれに恐怖することになる。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


 ガキンッという金属音と共に、こっちから撃った砲弾がはじかれた……これまでのソ連戦車より、のっぺり、ずんぐりとした姿に見えるソビエト軍の新型戦車は、信じられないほど硬く、斜めになった車体装甲はⅢ号戦車の37ミリKwK 36では撃ち抜くことができない。せいぜい大きなハンマーで殴りつけた程度のものでしかなかった。

「くそっ!」

「側面に回り込むぞ! 10時方向、全速前進」

幸いなことに戦車の扱いについては、我々の方がよほど上手くやれるようだ。敵が車体をこちらに向け砲撃を返してくる前に、我々は易々と視界から逃げ去ることができる。それでも遮蔽物もない遠距離から狙われたら危ない……事実、今日もたった数台の新型に我々中隊は為す術なくやられ続けている。


 口の悪い連中は戦車のことを5人乗り棺桶とかいう。まあ自分たち全員の命が1台の戦車の運命と直結しているという意味では、その通りだ……だから性能の悪い戦車で戦うことになったら高い確率で5人用棺桶になってしまうのは否定できない。


 というか兵士の戦いに対する考えは、使う武器に依存する……例えば歩兵は個々の命は自分の行動による。近代戦ではもっとも原始的な戦い方だ。飛行機乗りは飛行機の性能に依存してしまう面はあるが、それでも自分自身が操縦するという意味では他人に委ねてはいない。しかし戦車は、それに乗った5人は、ほぼ完全に運命共同体であり、自分がいかにうまく戦ったとしても敵の砲弾が当たったらどうしようもない……それでもまだ車長なら自分の判断で何とかなる部分も多いが、他の乗員にとっては自分の運命をほぼ完全に他人にゆだねることになる。『この車長になら自分の命をあずけられる』と思えなければやっていられない戦い方だ。


「4時方向、敵戦車の履帯を狙え! 発砲したらすぐに前進して死角に回り込む」

先ほどより、かなり近い距離で砲塔を回転させ、タイミングを合わせて前進を停止する。ドォツ! という衝撃と共に車体が揺れた途端、すぐに操縦手が移動を開始させる。


「やったぞ! 敵戦車が動けなくなった。真後ろからゼロ射程で撃ち込んでやる」

まだ敵戦車は履帯が切れただけで砲塔は生きている。ぐずぐずしていたらヤラれるのはこっちだ! 乗員5人がまさに一体となったように敵戦車の後部に回り込みつつ砲塔が回転し、まさに撃つ直前、狙いが狂わないように一息だけ停車する。


 ドゴォ! 近距離特有の跳ね返ってくる発射音に一拍遅れて轟く爆発音。

「よし! 敵戦車撃破。次は……九時方向、急げ」


 その日の戦闘で、我々ドイツ東方軍集団、第17機甲師団は戦力の12%を失い前線の主力から外されて、左翼の補助兵力へと回された……まったく、たかだか数台の新型戦車に手痛い目にあわされた。とにかくあいつを何とかしないと、これからとんでもないことになる。俺は嫌な予感を感じながら次の戦場へと移動を始めた。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


 同じ頃、ドイツ軍参謀本部では増え続ける戦車、特にⅢ号戦車の損害に対して対策を取るべく緊急に会議を持った。

「鹵獲した敵、新型戦車を調査したところ、車体装甲はこれまでのソ連戦車の倍以上の厚さとなり装甲自体につけられた傾斜により砲弾の貫通を避け易くなっています。これを我が軍主力のⅢ号戦車の37ミリ砲で撃ち抜くには至近距離からの命中弾が必要となります。一方、敵戦車は76.2ミリ砲を持つことにより、400メートルからでもⅢ号戦車の前面装甲を撃ち抜くことができるようです」


 あまりの性能差に参謀達は声も出なかった……後にT34ショックと呼ばれることになる事実だった。

「……目下、この新型戦車に対抗できるのはⅣ号戦車の長砲身モデル、G型と呼ばれるもののみと考えられます」

「G型? 聞いたことのないタイプだが?」

この当時のⅣ号戦車はD型やE型が主流で、G型はおろかF型さえ国内生産はまだ開始されていなかった。

「国外生産分のものです。イギリスと日本で併せて2、300両ほど生産されています」

「なぜ、そんなことが……」

「わかりません。クルップ社の担当によると、現地で長砲身型の生産を強硬に主張された結果とのことですが……」

「300か……全戦線を支えるには不足だが、ともあれ新型が現れている場所に重点配備して対抗させよう」

「……まさに、救いの神といったところか」

「しかし、これだけでは全戦線にはまったく足りていません。早急に別の対策が必要です」

「配備されている車両の砲を可能な限り長砲身砲に換装させていこう……後手に回った対策だが」

「それと、すぐにVK2001、VK3001の次期戦車開発計画を見直し、これに対抗できる大口径砲と装甲を搭載した戦車の開発に移るべきだ」

参謀本部の決定は早急に実施に移されたが、如何せん前線では次々と新型がドイツ軍の主力であるⅢ号、そしてⅣ号クルツ(短砲身)戦車に被害が広がりつつあった。



 徐々に戦場での数を増やし続けるT34は、ソビエト軍にとっては大祖国戦争(第二次大戦期のヨーロッパ戦のソビエト側名称)における『守護神』あるいは『救国戦車(ロジーナ)』と呼ばれるようになる。一方、ドイツ軍にとってはそれは悪夢であり、もはや名前を聞くだけで恐怖をもたらす『破壊神』的存在となりつつあった。唯一の救いはまだ生産体制が整わず、その数が少ないことであったが、戦場での成果が認められ、いよいよ全ソビエトをあげての大量生産へ向けての準備が始まりつつあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こうなれば日本は大量に和製パンツアーファウストを作りフィンランドとドイツに送ろうノイマン・モンロー効果地雷も良いよ小型でも車体下部を焼き切り中は火の海だ!踏めばキャタピラ切って鹵獲できるし!…
[気になる点] T34ショックか。 コーシュキンはこの時代人なんだよな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ