第72話 継続戦争と銀狼作戦
1942年4月、ソビエトはフィンランドとの外交交渉を打ち切ると、『原因はフィンランドの不誠実な対応にある』と一方的に非難し大使を召還、輸出を停止させ国交を断絶した。これに対しフィンランド政府は国内に緊急動員令を発令、実質的にソビエトとの戦闘状態に入った。
フィンランド軍は一年前の冬戦争でソビエトに割譲を強いられたカレリア地峡の奪還に向けて兵力を集中させ、他はドイツやイギリス軍の派遣軍と地域防衛隊に任せた。対するソビエトはフィンランドを三方向から取り囲むように、中部カレリアや北部の白海に面したラップランドにも軍を配置していた……だが兵力の大半は、やはりカレリア地峡に送り込まれていた。
史実ではフィンランドはイギリスと戦争突入を回避するため、ドイツとの共同作戦ではなく、あくまでソビエトに奪われた領土を回復するための戦いであると主張する努力を行っていたが、今回はそこに腐心することなく奪われたフィンランド領と第二の都市、ヴィーボリの奪還のため行動した。
しかし、それでもカレリア地峡を埋め尽くさんばかりに集められたソビエト軍の物量の前にフィンランド軍は圧倒されていく……RAF派遣空軍やフィンランド航空隊による支援爆撃で敵の侵攻を部分的には抑え込んでも、多量のソ連軍航空機が反撃に押し寄せる。そして戦線が徐々にフィンランド側に押し込まれていき、ソビエト軍の補給線が延びた頃、フィンランド派遣ドイツ軍が見計らったように行動を開始した。
「フィンランド軍参謀本部に伝達、これよりドイツ派遣軍はソビエト機械化部隊に向けて電撃作戦を展開する」
ファルケンホルスト大将は高らかにそう宣言するとカレリア湖沼の森林地帯に隠していたⅢ号戦車を主力とするドイツ機甲師団群を一気に南下させ、ソビエト機械化部隊主力の横腹を食い破った……そしてそこに留まることなく進軍を続け、背後にあった赤軍諸部隊を叩き潰しながらレニングラードに向けて駒を進る。わずか2日のうちに彼らはカレリア地峡のソビエト軍を半壊に陥れた。
「我々はこれよりレニングラード占領に向けた行動に移る。フィンランド軍に於いてはカレリア地峡地域の残存敵勢力の掃討および占領地域の維持にあたられたし」
ファルケンホルスト大将は再びフィンランド軍に、そう打電するとドイツ本国に向けて『銀狼作戦』の初動の成功を報告した。
駐フィンランド・ドイツ軍の報告を受け、東プロイセンに集結していたドイツ東方軍集団は、ソビエト領化されていたバルト三国を一息で踏み潰すと、目標であるレニングラードを西南方向から囲い込むように進軍していく。
「いいか、目標はレニングラード! これを完全に占領すること。余計な色気を出して戦線を広げるんじゃないぞ」
また、これに先行してヨーロッパまで遠征してきた遣欧日本軍艦隊はバルト海に進出すると、ソ連バルト艦隊の主力、第123独立潜水艦大隊を自慢の対潜哨戒部隊で行動不能に抑え込み、フィンランド湾の最奥のレニングラードに向けて連日、艦砲射撃を繰り返した。もちろんソビエト赤軍も黙っているはずもなく空軍機を日本艦隊に差し向けるが、対艦戦を想定していないソビエト空軍では思うように攻撃を加えられず、日本軍の旗艦日向から飛び立った直掩機に追い落とされた。
「航空長、鶚も随分活躍しているな」
小沢艦隊司令の言葉に松田航空長が答える。
「はっ、爆装していなければそこそこ速度も出ますし、強力な機銃も持っています。もとより巴戦はお手の物ですから。惜しむらくは本艦から発着艦できない震星ですが……早くその力を試してみたいものです」
「震星については秘匿兵器だ。ドイツおよびイギリスとの交渉が終わるまで実戦に出すわけにはいかん。残念だがしばらくは我慢してくれ」
「はっ!」
一方、元ホビ族のアロこと、現イギリス陸軍アーロン・ハミルトン中尉が所属するグルカ山岳旅団はフィンランド北方のラップランド地方で、バレンツ海に面するペツァモのニッケル鉱山を確保するための作戦に参加していた……トナカイ作戦である。
「おい、あれは何者だ?」
本隊に先行して偵察行動中の小隊の一つが、ソビエト軍でも友軍でもない集団を発見する。
「軍隊ではないようだが……この辺りに住民の集落があるとは聞いてないが」
「とりあえず、確認しよう。その前に本隊には連絡を入れて……」
近づいてみると、銃火器ではないが槍や蛮刀のようなものを持ち、独特な民族的装飾を施した衣装を身にまとっている……その姿に故郷のインディアンに近いものを見出しアーロンは通訳と共に対話を試みる。
「この辺りにソビエトの軍隊がいる可能性がある。戦争になるかもしれないので、すぐに避難したほうがいい」
そう話しかけると、
「戦いの気配は感じている……しかし我々は誇り高いタルタリアの末裔だ。戦から逃れるのではなく、このいくさに乗じて敵に奪われた祖先の地を取り戻すために来たのだ」
と答えが返ってきた。
「……敵って誰だ?」
アーロン中尉は、再び通訳を通して聞いてみる
「我らの敵はロシア皇帝……そしてその継承者であるソビエト軍」
通訳から返ってきた答えを聞いてアーロンは少し安心した。まったく時代錯誤な人々ではなく、世の中の移り変わりも多少は知っているようだったからだ。
「ソビエトになったのは知っているんだ……しかしそんな武器では絶対殺されるぞ」
アーロンはついつい彼らに肩入れしてしまい、そう話しかける……そんな彼の様子を見て、話すに足る者だと分かったのか彼らはこう言ってきた。
「我らに力を貸してもらえないだろうか……貴男からは我らが大地の息吹に似たもの感じる……そうすれば我々も貴方達に協力しよう」
結局、この辺りの地理について協力してもらうことと引き換えに彼らを保護することにして、そのまま本隊まで帯同することにした。
「中尉、いつも言っているでしょう! 斥候なんて役目は我々に任せて貴方は本隊にいてください。もしもの事があったら取り返しのつかないことになるんですから!」
本隊に戻ってきたアーロンに、世話役の兵士がそう言ってくる。
「いや、すまない……だが、ずっと本隊にいると、どうもカンが鈍ってな」
アーロンはあまり悪いと反省する様子もなくそう答える。
「確かにアーロン中尉のカンには、いつも助けて頂いていますが……」
何しろ、風に含まれる匂いで敵の待ち伏せを見抜いたり、地形が地図と変わってしまって進路を見失った時も正しい帰路を探し示してくれたり彼の貢献は枚挙にいとまがない。
「あれで軍隊は初めてだってんだから信じられないぜ」
別の兵士が世話役に話しかける
「お前知らないのか? 中尉はうちに来る前は、アメリカの荒野で現地人戦士だったんだぜ」
「へぇー、そりゃあ我々グルカ兵旅団に相応しい人物ってことだな」
「ああ、ロシア野郎なんて目じゃないのさ」
そんな話をされるほどに彼は兵士達に馴染んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃、ソビエト軍では当初のドイツとの戦いで消耗した従来の戦車に代わり、工場から送り出されたばかりの新型戦車が戦場に送り込まれ始めていた……T34である。




