第7話 北白川宮殿下と婚約者
北白川宮久永殿下は不思議な人である。明治天皇の大喪の礼の際『お祖父様(明治天皇)が雲の上にいるのを見た』と話し、陸軍大学校を卒業して配属された駐蒙軍では演習中の戦闘機の事故で戦死されたはずが翌日、兵舎に徒歩で戻られた。そして帰国し近衛部隊情報将校となり中佐を拝命している。何度もご婚約の話があったのに本人が固辞されていたのだが今回、四条家の華子様とご婚約の運びとなった。
「この、華子殿は、御年17歳で四条家傍系の羽林家綾倉伯爵のご息女という触れ込みで四条本家の養女となられ、お名前も華子と改め北白川宮様とご婚約あそばされました」
テンちゃんがそう教えてくれたけれど、何そのあからさまに経歴ロンダリングっぽい流れは……
「綾倉伯爵家というのは、何かいわくつきの家だったりするのですか?」
「……それを聞きたいですか? お教えするのはやぶさかではないですけど、けして他言無用。墓の中まで持っていって下さいね」
テンちゃんが恐ろしいことを言いながら教えてくれた。
綾倉家のご御堂は、京都府丹波綾部が出生地で、この辺りでは明治時代から大正時代にかけて、やたらに神道系宗教が生まれました。それらは皆、似通った教理で『やがて世界が作り変えられるので、それに役に立つ人間を生み出す』というようなものです。彼女のご御堂もそういった宗派の教祖で……はなこ様が生まれた時、『この娘は日本に国難が降りかかる時、それを打ち破る使命を持っている』と夢枕に神様が語られたと伝えられ、難を打ち破る鈷(密教で魔を打ち破る宝具)書いて破難鈷と名付けられました。彼女は生まれたときから英才教育を受け、非常に高い霊的能力を持っておられます。オレはそこまで聞いた段階でもう『いわくが有り過ぎだ!』と心のなかで叫んでいた。
「で、どうやって我々に協力してくれるよう説得したんですか?」
オレは恐る恐る、次に浮かんだ疑問を聞いてみた。
「……幼い頃から厳しい修行の中で育てられてきたため、甘味に執着があるようで『南蛮渡来の生糖慶姫なるものを一度食べてみたいので、それが頂けるならご協力しましょう』とおっしゃいました」
『桃太郎かよ! いいのか? そんなことで』と、また心のなかで叫びながら
「まさか、もっと美味しいものをあげたら、簡単に寝返ったりしないよね?」
と聞いてみると、
「冗談です。彼女は伝える前から、我々の来訪目的を知っていて、すぐに協力依頼を受け入れてくれました。でも甘味がほしいと言ったのは本当です」といい、最後に
「『一度結んだ約束は七度生まれ変わろうとも必ず守ります』と誓いを立てていました」と付け加えた。
お、重い……まあ、裏切るかもね、とか言われるよりは、よほど良い。
テンちゃんによると、彼女は、次の我々の打ち合わせから参加するそうだ(もちろん霊話で)……さすが霊能力の 高い人は違うなと感心してしまった。
◇ ◇ ◇
場所は変わって北白川宮様と華子嬢が初めて顔を合わせた時の話。
『いろいろお話したいこともあるでしょうから』と、ふたりで庭園を散策しながら話しをすることになった時、宮様から
「華子さん……私が今回、この話を受けたのは、じつは理由があってのことなのです。どうか笑わずに聞いていただきたい」
と切り出されて「お祖父様が夢に現れて『華子さんと結婚して国の役に立ちなさい』とおっしゃったのです」と告げた。
普通ならそこで大抵の人は驚き、そんな事があるなんて信じられない……とか言われると思っていたのだが、華子は、にっこりと笑って「まぁ、それでは私と同じですね」とおっしゃり、私も神様から「ある役目を果たすため、宮様に嫁ぎなさい」と教えられましたと宮様にお伝えされた。
北白川宮殿下は、少し戸惑いながらも、これなら話を進めてもよいかと考え、
「では、華子さんもどうするか決めているのですね?」と尋ねた。彼の意味は婚約や結婚についてだったのだが、華子嬢は別のことを答えた。
「はい。私は殿下の婚約者として、御国の組織で神様の願いが行われるように、殿下の手足として指導してまいります。殿下も神様のご意志を陛下や国の指導者の方に伝え、之が行われるようにするお仕事をなされると神様より伺っております。神様は御国を久年安寧、富国繁栄させるために導いてくださるとおっしゃっていました」
北白川宮様は、返す言葉が暫くでなかった。何故神様が自分にではなく、婚約者になる娘に先に具体的な指示を伝えたのか。彼女の言っていることは本当は神の願いではないのではないかと考えたりもする……しかし、それくらいは見破ることができるし、やがて神の御心が示されるまで、これを受け入れる度量の大きさが彼の中には存在していた。
「……そうですか、わかりました。御心の示されるままに私も勤めましょう。貴女が私の下で働けるよう手配をしておきます。最初は私設秘書といった扱いになると思いますが頑張って下さい」
「はい、どうぞよろしくお願い致します」
彼女の笑みは一点の曇りもなく希望の光を宿していた。
◇ ◇ ◇
場所はさらに変わって、パリの武官事務所。初めての華子嬢も含めた霊話会議だ。
「はじめまして、綾倉華子と申します……この度は結構な美味を頂き有難う存じます」
そっちのお礼かい!とオレが心のなかで突っ込むと、
「あら、アイスブレーキング(会議を和ませる枕話のようなもの)に丁度良いかと存じまして」
と返されてしまった……みんな、心を読む力が強力過ぎる。
「……ご協力感謝致します、華子様」
「今、火急の問題は、大陸にいる関東軍の行動です。綏遠事件はかろうじて回避しましたが、まだ華北分離工作は軍の方針として残っており、これが進められるといずれ日本と支那は全面戦争になってしまいます。なので陸軍の方針転換と関東軍の問題人物の左遷を行いたいのです」
「なるほど……了解しましたわ。陸軍には多少、ツテがございます。そうですね、梅津閣下に行って頂けるよう進言していただきます」
わぉ、いきなり陸軍上層部に進言できるのかよ! と驚いていると
「この件は、いずれ行われることでしたし多少、時を動かせば済むことですから」
と簡単そうに言っていた。どういう仕掛けで時を動かすことができるのか、知りたいような恐ろしいような……
華子さんもそれ以上話すつもりはないのか、話題を切り替えてきて
「これから私たちがいろいろ動き回るために赤狐殿と地狐殿のお力をお借りしたいのですが」
と言ってきた。オレのイメージの中ではセッちゃんはちょっとシニカルな世を斜めから見るタイプ、チコちゃんは荒っぽくて血の気が多そうなタイプという印象があるんだけど、華子さんとうまくやっていけるんだろうか? オレが心配しているのを気付いたのか
「御二方は、私と違った部分に長けていらっしゃるはずです。組織よりも巷での活動を行っていただければうまく補い合うことができると思うのですが」
と華子さんから説明された。
そして、ふたりからは
「……よく知っているな」
「おう、まかせとけ!」
という返事が。そういうのが得意なのか? このふたり、と考えていると
「ええ、赤狐は独りで機略を用いる活動が得意。地狐は数を頼んで直接的な行動を為すのが得意なのです」
とテンちゃんがオレに説明してくれた。
「わかった。赤狐と地狐は、そなたに伏侍してもらうことにしようぞ。赤狐、地狐、よろしく頼むぞ!」
クウちゃんがまとめるように声をかけ、ふたりとも声を揃えて応じた。
「((ははっ!))」
◇ ◇ ◇
こうして華子さんはセッちゃん、チコちゃんと組んで国内向け特務部隊的な活動をすることになった。
「ところで、前から気になっていたんですが、我々の話があったから北白川宮様とご婚約されることになったのですよね。急に……よかったんですか? そんなことで結婚が決まってしまって」
と聞いてみた。いくら霊能者でも年頃の乙女だし、自分の将来を突然変えられてしまって嫌な思いをしてないか気になったからだけど
「よいか悪いかで言えば……そうですね、仕事の付合いで宝くじを買ったら10億円が当たったようなものと言いましょうか(笑)」
……例えが現代的で違和感があるが、どうやらとても喜んでいるのか?
「宮様は、素晴らしく霊的に高くいらっしゃって、見ているだけでご飯三杯は頂けるくらいです。毎日が楽しくて、ついニマニマしてしまうので、母から不審な目でみられてしまいます」
……なんというか、霊能者腐女子? オレには理解できそうにない娘だ。




