第66話 イギリスの願いと白いインディアン、その6
「おい、おい、待てよ! 肝心なところで、お預けはないだろう!」
ジョーンズはそう言ってルーシーに食い下がるが、
「こんなこと教えられるわけ無いでしょう!」
と言い返しただけで後は何も教えてくれない。そして、取り付く島もなく客人用に割り当ててくれた家まで来るとそのまま中に入ってしまった。もちろんルーシーとジョーンズは別の場所なので、ジョーンズはそれ以上話は続けられない。
その夜……ルーシーは、なかなか寝付けなかった。今回の任務は純粋にイギリスの為だけのはずだったのだが、思わぬつながりが出てきたからだ。
「鉤十字はナチス、クロスはキリスト教。つまりナチスとキリスト教をひとつにする存在……太陽は、多分あの東洋の国に関わる者たちだ……これから神の意志を持つ者をイギリスに連れ帰ったとして、この男がホピ族の予言を果たすためには、イギリスはドイツと日本と協力関係を保たなければならない。
そして、さらに気になるのは使命を果たせなかった時の予言だ……もし、うまくいかない場合、西から現れるものが、大嵐のように冷酷非情に、この国を蟻のように覆い尽くす……つまり間違いなくアメリカが侵略されるということだ。戦争に巻き込まれるくらいなら考えられないこともないが、この内容ではアメリカ国土に戦火が及ぶということだろう。アメリカの西から現れるというのは……日本くらいしか思い当たらない。
つまりは、状況によればイギリスはアメリカと敵対する側に立って戦争に巻き込まれることになる……本当に、この男を連れ帰ることがイギリスの為になるのだろうか? ルーシーは答えの出ない自問を繰り返し続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜が明け、昨日の女性の家に行く。長老の話を聞いた結果を伝えて、女性から石板の話を聞くためだ。
「おはようございます」
三人は心象を損なわないようにフレンドリーに挨拶して入っていく。家の中は昨日は居なかった人物がいた。
「おはようございます……長老から石板について教えてよいと言われたのでお話したいと思います。その前に、この子と会うのは初めてですよね?」
ルーシーたちは、その男を見ながら頷く……『この子』というには随分、歳がいっているように見える……大体30代くらいだろうか。もう立派な大人だ……昨日の少年とは逆の意味で、この女性の子供というのには無理を感じる。
「この子の名前はアロと言います」
「はじめまして、アロさん。私はイギリス……ここから見て日の出の方向の遙か遠方の国から来たルクレチア・レイブンクロー・ロスチャイルド。こちらは考古学者のジョーンズ教授、その隣は我が家の家令のワタリです」
双方とも紹介が終わったところで、早速ルーシーが切り出す。
「あなたが、長老のお話の『白い兄』ですね?」
ルーシーの問いかけに対して、アロは複雑な表情で返す。
「『白い兄』というのは言い伝えであって、私がそうであるという証拠は何一つありません……ただ、村の中ではそんなふうに噂されてきたことは知っています。なにしろ私の父も、祖父も、その前の者もずっと、そう言われ続けてきましたから」
随分、理知的な話しぶりだ、風貌からはもっと戦士のような印象を持ったのだが。
「随分紳士的な方なのですね……もう心は決まっていると判断してよろしいかしら?」
ルーシーはそう言いながらアロを見つめる。もちろん今まで話をしている彼の心は読んでいるので、今更なのだが。
「父からホピ族の言い伝えを教えられたときから心は決まっています……ただ一つ約束をして頂きたいことがあります」
ルーシーは、なんとなくそうするべきだと思い姿勢を正して聞いた。
「どんな事ですか?」
「私が戻るまで、このホピ族の村と私の家族を守って欲しい……私の代わりに」
……これは気安く請け負っていいものだろうか。例えばここで『ああ、任せてくれホピとキミの家族は我々が責任を持って守ろう』とか口約束して、アメリカが急に方針転換してインディアンを弾圧したとする……ほんの4、50年前まではやっていたことだ。その時、われわれはこの男にどんな顔を見せられるのだろうか……
ルーシーが考え込んでいるとワタリが肩をたたいて、交代という様に話し始めた。
「もちろん、我々は最善を尽くして約束をお守りすると誓いましょう……しかし、これから貴方が東の国で為されることはとても大きな仕事です。我々より貴方自身が、大きな力を持って地の果てからこの地と家族を守ることができるようになるでしょう。これから我々と共に行くことで、その願いを自分で為せるようになれるのです」
その言葉は下手な約束よりも彼の心に響いたようだった。心配そうに見つめる彼の小さな弟の頭を撫で母親に微笑みかける姿は、既に彼の決意を語っていた。
「アロは、あなた達と一緒に行くことを決めているようですから、私もそれを応援しましょう」
そう言って彼の母親は、包みを差し出した。結構大きい、米国に着いた時に見た自由の女神が左手に抱えている独立宣言のような厚みのある石板だった。
「これは、ヘブル……いやアラム文字か? えーと。汝、心を尽くして神を愛し……国に、義を打ち立てよ……掠れてて、よくわからないな。次は、民を慈しみ……敵を討ち滅ぼすより……何だ? 祈れ……。次は産み増やせ……地に満て……わからん!」
ジョーンズは書かれている文字を読もうとするが、途切れ途切れにしか判読することはできなかった。
「これが、聖ヘレナがエルサレムから隠してイギリスに持ち帰った、最も重要な聖遺物。そしてブリタニア列王史で予言者マーリンが語った王家の相克を終わらせる魔法の石であり、また王権神授説を唱えた王を廃して認めさせた権利の章典の原典たる、王権に優越する『神の意志』と呼ばれるものだ」
ルーシーが静かに言った……
「ピューリタンは単に王権に優越する権利の証として国外に持ち出したのだろうが、まさか別の隠された意味があるとは思ってもいなかったのだろう……おかげでその後のイギリス王室は惨憺たるものになってしまっているんだが」
目的のものを見つけた安堵感からか、いつもより饒舌に種明かしをするルーシーにジョーンズが食い付いてきた。
「それじゃあ、石板さえあればイギリスとしては、この人を連れて帰らなくてもよいということか?」
ここまできて、石板だけ渡せとか言えるわけないと思うのだが空気を読まないとヤツという気がするが、それを言ってしまうのがジョーンズ教授らしいという気もする。
「いや、彼をイギリスに連れ帰るのは大きな意味がある……」
その後に、ユニコーンの軛を取り去るために。という部分は敢えて言葉にせず、飲み込んだルーシーだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
来た時と同じように、ニューヨークの港からロンドン向けの客船に乗る、ルーシーとアロとワタリ。ジョーンズ教授は、既に新しい調査に向かうということで別れた。
別れ際、彼は他人に聞かれないようにしてルーシーに囁いた。
「あの時の答え合わせなんだが……」
「なに?」
「鉤十字とクロスは、ドイツとキリスト教だ。太陽のシンボルはラー神、つまりドイツがキリスト教関係のモノをエジプトのタニス辺りで見つけるということだと思う。どうだい、俺の推理は?」
ジョーンズ教授は得意そうに言っていたが、ルーシーは彼の見当違いな推理に安堵しながら、
「どうして……忠告しておくが、それを誰かに話すなんてことは絶対しない方がいいぞ。わかったか」
と忠告した。ジョーンズ教授は会心の笑みを浮かべながら、
「当たり前だろ! 誰がお宝の貴重な情報を、他人に教えるもんか」
と言っていた。ルーシーは笑いものになるから止めておけという意味で言ったのだが、まさかその後、それが大々的に映画化される事になるとは知る由もなかった。




