第60話 誘導魚雷と水中戦CIC(戦闘指揮所)
対潜水艦用の主武装として考えている音響誘導装置について開発状況を聞きに行く。すでに受動追尾については一応の完成を見ているが、敵味方が入り乱れた状態だと誤って味方艦船を追尾してしまうので、これを回避するのが目下の課題だということだ。
今、考えているのは味方に識別音を出させて、その音源には一定以上近づかないようにすることだが、単純な音だと敵に真似されてしまうため、どうしたらいいかを考えているそうだ。
「うーん、いっそのこと探信儀の音に識別信号を紛れ込ませておけばいいんじゃないかな」
敵潜水艦との戦闘中は大概、探信音を出して水中の状態を探っているが、その探信音に暗号化した識別情報を紛れ込ませておくということだ。しかし話を進めているうちに、どうせなら信号中に操縦コマンドを入れられるようにすれば、魚雷の遠隔操作できるのではないかという話になった。これはかなり重要な発見だと思う。
つまり敵が魚雷を上手く回避しても、Uターンさせてもう一度敵に向かって進むようにできるし、最悪自爆させることもできる。史実のバタビア沖海戦のように重巡の放った魚雷が流れ弾となって味方輸送船を沈めてしまうようなことも回避できる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これはもう、我々のチームだけでなく海軍工廠も巻き込んだほうがいいということになって、呉工廠水雷部長の朝熊利英少将を訪ねた。酸素魚雷を作った魚雷設計の天才と呼ばれる人だ。
「話は聞いた。そんな夢物語のようなことが本当にできるのか?」
これは、魚雷を発射した艦から遠隔制御できるという話のことだ。オレは今まで開発した音響式の追尾機能、さらに味方攻撃防止のための識別信号の話から、最後は装置を遠隔制御するための制御装置の話になった。
「本来、電子計算機というものはプログラムにより、非常に自由度の高い処理を行うことができるのですが、大きさがまだかなり大きいものなのです。これを、敢えて機能を制限し固定回路化することで、小型の機器制御装置とすることができます」
「……よく分からんが魚雷に組み込めるならそれでいい。組み込むのは九三式魚雷でいいのか?」
「それなのですが、九三式魚雷と共に、航空機用のもっと軽い魚雷を作って欲しいのです」
オレはアメリカの航空機用の短魚雷(アメリカ軍ではこの時代、防諜目的で敢えて『Mk24機雷』と呼んでいる)の話をした。これはまだ300kg以上あるのだが、我々はこれを半分以下の重量にしたい。そうでないと新開発の小型攻撃機には載せられないからだ。
「アメさんはそんなものを作るのか……日本も負けちゃいられないな」
朝熊さんは乗り気なようで助かった。やっぱり魚雷技術は日本の方が優れているという自負があるのだろうか。でもおかしな方向に行かないように念の為、釘を差しておく。
「注意してほしいのは、これは対潜用であって水上艦艇を攻撃するためのものではありませんから……空気式じゃなくて電動モーターで十分ですから」
「電動モーター? そんなもん速度が遅すぎるだろう」
いやいや、アメリカとかドイツはそれで作ってるし。それに気室とか機関部とかがあると魚雷の重さが数百kgくらいになってしまうし……
「いえ、潜航中の潜水艦を攻撃できれば十分ですから。とにかくできるだけ軽量化して下さい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうして、出来上がった魚雷のテストを行ってみることになった。当然、テストなので炸薬は入れずに頭部は標的船にぶつかっても問題ないようにしてある。
「んっ? 誘導されずに他所に行ってしまったぞ……」
「どうしたんだ? 今までは上手く追尾していたのに……何かやったか?」
「えーと、魚雷を振り切るため増速したんですけど」
調べた結果、標的船を増速したことによりスクリュー音が変わって誘導魚雷が検出している周波数の成分がとても少なくなってしまったようだ……これは敵艦が速度を変えても上手く追尾できるようにもっと広範囲の周波数を検知するようにする必要があるな。っていうか、もし敵艦がスクリューを止めたら追尾できなくなるってことか……飛行機はこんな事考えなくてもいいけど魚雷はアクティブソナーじゃないとダメってことか? いや、ソナーじゃなくても磁気探知機があればいいか。
他にも、哨戒機からの投下だと遠隔操縦で指令コマンドを送ることができないので、海上にソノブイを投下して、それ経由でコマンドを送るようにするとか、いろいろやるべきことが出てきた。もう戦後の哨戒機でやっていることは全部必要という感じになってるな……まあ精度とか能力は違うだろうけど。それと敵潜水艦や味方の魚雷の位置を管理してコマンドを送るためのCIC(戦闘指揮所)が必要だな。今のTKT計算機で実現できるか難しいところだけど。
計算機のチームに相談したところ、位置情報の管理は今のTKT MarkⅡで問題なく処理できるのが分かった。むしろ複数の哨戒機やソナーから得られる情報を同一目標か別か判断する部分とか、攻撃目標の表示と指示を行うユーザーインターフェイスの方がプログラムとして大変だそうだ。
そうして高柳氏に協力してもらい、ブラウン管上に敵座標と味方魚雷の位置を表示するという画期的なものが出来上がった。これ画面の表示さえ大きくできれば本当に未来のCICじゃん。攻撃指令はさすがにメモリーが足りなくてコマンド文字列で指定する方法になってしまったが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これはもう、みんなに自慢したい。各機能がうまく動作するようになってから、小笠原の透明度の高い海まで出かけて、誘導魚雷が動く水中の様子をフィルム撮影することにした……海中と言っても陽の光が届く範囲なので高々10mくらいだが。それでも標的艦の動きに合わせて魚雷が弧を描いて進んでいったり、数発の魚雷が水中で指示通り動くさまは見ていて心躍る。
出来上がった映像を関係各部に送ったところ、また参謀会議に召喚された……やっぱり。
「これは通常の水雷艦艇攻撃にも使用できるのか?」
「いえ、現在のところ対潜水艦用の艦船搭載型と航空機搭載型です」
「何故だ。高速で航行する水上艦艇こそ魚雷を回避することが可能なのだから、それに対抗して自動追尾能力を付与したものにすべきではないか」
……まあ、そういう考えもあるだろうけど。この人達、艦隊決戦のことしか考えてないんじゃないかな。
「可能ですが、今喫緊の課題は敵潜水艦との戦闘ですので。水上艦との戦闘では水中戦戦闘指揮所から制御するような時間もないでしょうし……」
そう答えたところ『水中戦戦闘指揮所』とは何だとツッコミが入った。山本長官からも『貴様は注意していないと、いきなりトンデモナイことを言うからな』と言われてしまった……人を危険人物みたいに言わないでほしい。
「水中戦戦闘指揮所とは、敵潜水艦の探知位置と味方魚雷の誘導を電子計算機で集中して管理、攻撃指揮する機能です」
当時の戦艦には主砲射撃指揮所あるいは防空指揮所はあったが、水中戦戦闘指揮所などという言葉はなく、主砲射撃指揮所においては測距儀の測定結果に各種補正を加えて主砲に砲撃諸元の指示を出す場所、防空指揮所は敵空襲に対する操艦司令を行う場所で、レーダーやソナーで得られた電子的情報をコンピューターで集中管理し、どの目標を攻撃するか指示するものではない。
「なんだそれは?! 電子計算機で管理? どういうことだ、説明しろ」
そう言えば、映像には水中の魚雷の動きばかりで指揮所の様子はなかったことを思い出して、慌てて持っていた紙の資料を見せた。その場にいた参謀や指揮官の人たちは誘導魚雷より水中戦戦闘指揮所の方に興味を惹かれたようだ。たしかに、これは今までにないもので、レーダーと誘導弾とか自動追尾式の機銃とかと組み合わせたら自動防空装置も作れるかもしれない……オレも魚雷の方に意識がいっていて、こっちの有用性をちゃんと見抜けていなかったかもしれない。
結局、オレは前に連合艦隊司令部に設置したTKT MarkⅡで水中戦闘指揮所の動きをデモするために、表示用のブラウン管やらソフトの準備に奔走するはめになった。
そして戦闘指揮所の機能をデモする公開演習を行った結果、電子計算機による戦闘指揮機能を各種戦闘に合わせて利用することを考える組織の立ち上げと、必要な各艦に新しい戦闘指揮機能を搭載するための改造計画の立案に強制参加させられることになった……せっかく小笠原で頑張って撮った映像も忘れ去られてしまったのかと心配になるほどだった。




