第6話 綏遠作戦と味方づくり
「まずいなぁ、オレがこのままフランスで駐在武官をやっていたら日本はどんどん戦争拡大の道を突っ走ってしまう」
フランスでも日本のニュースを知ることができるが、それは大陸での日本と中国との関係が悪化するような事件ばかりだ。いや日本ばかりが悪いわけではなく、裏で手を引いている中共とかロシアの息のかかった連中のテロ事件とかなのだが、それに引きづられるよう関係を悪化させてしまう関東軍も関東軍だ。
何としても中国での関東軍の暴走的作戦を止めないと泥沼の日中戦争になってしまう。もう満州に関しては手遅れなので、せめて日華事変は起こさないようにしないと……そのためには国民党政府を反日に追い込まないことが大切で、まずは華北分離工作の為の綏遠作戦を止めさせなければならない。
綏遠作戦は内蒙古の軍閥を唆して国民党政府から離反させようとする、日本陸軍の華北分断工作の一環たけど、日本と国民党を戦わせて利益を得ようとする中共とスターリンの裏工作にのせられているのに気づいていない。
この作戦は板垣征四郎参謀長―武藤章参謀第二課長―田中隆吉参謀中佐のラインで計画、遂行されているらしい。どうやったらこれを止められるか悩み続けたが何も思いつかないので、もう帰国申請を出して自分で談判しに行こうとしたところをクウちゃんたちに止められた。
「おぬしが行ったところで何もできるわけがなかろう」
「まったくもう、自分で自分が見えてないのね」
「お前、バカだろう」
えらい言われようだ。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
若干スネ気味に、聞いてみたところ
「現地の人間に魂魄を飛ばして、こちらの意思を汲むよう行動してもらうのが良かろう」
と言われた。何だよ、ちゃんとやる方法があるんじゃん。オレが悩んでいるときに教えてくれよ!
◇ ◇ ◇
で、現地の人間は誰がいいか聞いたところ、『向こうにいる人物の霊的背景と気性をみた結果、参謀本部戦争指導課長の石原大佐がいいだろう』とのことだった。おお石原莞爾か。でも大丈夫かな……結構、癖が強そうだから素直にうんと言ってくれるかどうか。
魂魄を飛ばす方法を聞いたところ、まず自分の霊的能力を高めるため修行が必要だと言われた……えっ、オレがやるの?!
オレは元々、神様に目を付けられるほど霊的背景は良いそうだ(自慢!)でも気が弱い(性格的な意味ではなく、霊気の意味で)ので、それから毎朝(というか深夜)斎戒沐浴して瞑想を行い気を練る訓練をして、さらに意識を深いところに集中させて精神感応力を高める練習を行う。(とりあえず、練習は神使様たち相手で)
他には肉類は絶って雑霊を寄せ付けない、身体より精神が優勢になるような生活する……いろいろ生活を改めるよう指摘されてしまった。しばらく続けていると体が痩せて眼光が鋭くなった気がする。気持ちが強くなったというか、充実している感じで余計なことに気を煩わされることがなくなった気がする。でも、武官事務所の面々から怖がられるようになってしまった(ドンマイ)……そしてようやく、計画を実行に移せるレベルになった。まだ力不足なので無理はしないようにと釘を差されたが、時代は待ってくれない(涙)グズグズしてると本当に泥沼から抜けられなくなってしまう。
「掛介麻久母、畏伎天神地祇……」
詞がひとつ、ひとつ、闇に舞い飛んでいく……やがてその先に確かな手応えが返り、目標とする人物、石原莞爾の姿が浮かび上がってきた。
「お前は誰だ!」
気配を感じたのか彼がこちらを問い詰める。
「我は神の願いを為さんとする者なり……御神の御意志によりて、汝石原朝臣莞爾に告ぐる……」
オレは思いきり勿体をつけて、上位者からの命令の様に応えるが、素直に聞き入れてはもらえなかった。
「何を痴れ者! 野狐の術を用いて俺を誑かそうとするか!」
オレの気を一喝して吹き飛ばそうとする石原の精神的圧力を感じる……そうはさせじとオレは気力を奮い立たせて、逆に強く圧す。
「控えよ僭上者! 大君の御軍をあずかりながら私慮に用いているはその方であろう。剰え、幾たりも追従者を生みながら膺懲も付けられぬ不始末を如何とするか」
自分たちが以前行った独断専行による満州事変を真似したのだと公言する、今の関東軍の参謀の謗言に苦辛を受けたことのある石原は、ばつの悪そうに言葉を飲む。
「くっ……」
「板垣を諌め、武藤を退けるのが陛下に与えられた責務であろう。何を躊躇っておる!」
オレは畳み掛けるように石原を責め、こちらの要望を実行させようと強いる
「それは私の職責ではない。関東軍の指揮権は……」
「何のために板垣が関東軍参謀長の職にあると思っている。其方ならば、板垣も聞く耳を持つであろうが!」
「……できぬ」
石原にとって板垣は、自分を庇護してくれる恩ある上官であり、正すべき相手ではなかった。石原は何度言葉を重ねても頑として考えを変えない。これでは埒が明かない……石原とのやり取りで随分時間を使ってしまってオレの精魂もそう長く持たない気がする。焦ったオレは使わないほうがいいと言われていた強制感応を行うことを決意し、自分の限界を超えて石原の側に意識を送り込む。
「ぬぉぅ……!」
石原の心が苦痛のあまり呻きをあげるのがわかる……そしてオレは精神を乗っ取り、そのまま板垣中将の元に向かった。
「板垣参謀長殿、失礼します!」
「おう、石原。どうした?」
石原をみた板垣は親しげに声を掛けたが、オレが制している石原は無表情に来訪の目的を告げた。
「武藤二課長の計画している綏遠作戦について中止をお願いしに参りました」
「……ダメだ。本作戦は華北分離工作の一環だ」
急に苦虫を潰したような表情になり板垣は膠もなく拒否する。
「その華北分離工作こそ、再考の必要があります。救いようのない泥沼の中に足を取られてしまいます!」
「何をいうか!」
情勢分析や作戦計画といった面では石原に一目置いている板垣だがこれを受け入れるわけにはいかない。一括して退けようとする。
「これは、奴等の謀です。調べてみればわかりますが田中中佐の工作相手の徳王は疑わしい相手です。これに依存したやり方は非常に危険です」
しかし、なおも重ねて計画の不備を言い募る石原に、今度は将の有り様を説いて諦めさせようとする板垣
「……将は部下を信じなければ事を為せん。俺は武藤に任せたのだ、その武藤が了とした田中の作戦を上から弄るわけにはいかん」
オレはここが勝負所とみて、さらに石原に言葉を重ねさせる……石原の心がオレを拒否しようと必死に足掻くがオレは力を込めて、石原の身体から板垣へ精神的影響を与えるように切々と話しかける。
「いいですか、板垣閣下……これは我々陸軍だけでなく日本全体、いや亜細亜、ひいては世界のこれからを決める事なのです。組織云々でなく陛下や多くの民のことを第一にお考えください……華北分離工作の先にあるのは決定的な日本と国民党の対立です。それで利するのは中共とそれを背後で操るスターリンです」
石原を通したオレの必死の説得に気圧されながらも、まだ決断を渋る板垣に、もういっぱいいっぱいで倒れそうになりながら、最後の気力を込めて詰め寄らせる。
「綏遠作戦は失敗します。それは無理不実な積み重ねの上に作られたものだからです。正しい道理に沿ったものであればそのような結果にはなりません!」
「……そこまで言うならば作戦の成否を以て、我々の裁可決定としよう。これ以上は譲れないぞ」
「……しかと窺いました。閣下の御卓見に感謝致します」
石原にそう言わせて参謀長室を後にさせると、自室まで移動して倒れこませるのが限界だった。
「精神感応を遣い過ぎると戻れなくなると言っただろうが! 早く自分の身体の中に戻して、肉体と精神の絆を修復せねば!」
「もう、無理しすぎ! 自分で自分の限界がわかってないのね」
「バカだろう、こいつ」
倒れているオレを助けるために急遽テンちゃんが霧島梓の姿で武官事務所に現れ、職員に種子島中佐が倒れていると伝える。驚いた職員が俺を救護室に運び込み慌ただしく動き回る間に、テンちゃんはこっそりと消え、職員が一息ついた時にはもうその場にはいなかった。
◇ ◇ ◇
病室のベッドの上でオレは目を覚ました。見覚えのない白い天井とフランス人の看護婦。そしてよく知っている武官事務所の職員がいた。
「……オレは? どうしてここに」
「中佐殿は、事務所でお倒れになっていたのですよ。ご気分は大丈夫ですか? すぐにお医者様を呼んでまいります」
暫くするとフランス人医師が現れ、検査で問題ないことを確認してから退院の運びとなった。
「お倒れになっているのが見つけられて、救護室で休んでいただいていたのですが一向に意識が戻られないので、病院を手配して入院して頂きました」
「そうか……あれから何日過ぎた?」
「3日でございます」
帰りの車の中でそんな事を話しつつ、自宅まで帰ってくるとそのままベッドに入った。
職員が帰ると、待っていたようにテンちゃんが声を掛けてきた。
「もう、本当に! 危険ですから、こんな深い精神感応はもうしちゃ駄目ですよ!」
「ああ、オレも驚いた……ところで、満州はどうなっている? あのままじゃ、綏遠作戦が行われてしまうんじゃあ……」
「大丈夫よ。そっちの後始末はちゃんとつけますから……交渉はあれで上出来です」
テンちゃんによると、こっちの意思を汲んで行動させるには人を選ぶ必要があるが、誑かすだけなら簡単にできるらしい。特にあの田中中佐は女癖が悪いらしい。
「弱点がはっきりしてるから、簡単よ。すぐに化かして落としちゃえるわ」
と言い切っていた。
それからしばらくしても綏遠作戦は起こらなかった。田中中佐が山波某という女スパイと共にモンゴルに亡命したらしいという話が伝わってきたのは、さらに何ヶ月か後だった。
それにしても、今後もこうやって陸軍の行動に対応するのは無理だ。どうしたものかとクウちゃんに相談したら(今回は先に相談した。少しは進歩してるな、オレ)
「日本国内で、陸軍だけでなく為政者達に対応できる、霊的背景の良いものを探し出し、協力者にしよう」と答えてくれた。
どうか、今度は話しやすい人でありますように……




