第5話 謎の女と神様の依頼
神社を作ってからしばらく後のある日、補佐官が面会希望者がいるのですが……と言って妙齢の女性を案内してきた。
「私が駐在武官の種子島ですが、貴女は?」
「はじめまして。霧島 梓と申します」
「(わたしよ、たーくん。お久しぶり♪)」
と挨拶の裏側で聞き慣れた声が頭の中に聞こえてきた。『ターちゃん』呼びはやめてくれたみたいだけど『たーくん』呼びも微妙だ。オレも表の声での会話と頭の中の思考での二元会話を始める。
「はじめまして、霧島さん」
「(なんですか、テンちゃん。っていうかすごい美人になっちゃって……)」
「わたくし、父の貿易の事業を手伝うため、日本からこちらに移住して参りました」
「(力が使いやすくなったから、こんな姿にもなれるようになったのよ♪)」
「大使館で伺って、こちらにもご挨拶にと思いまして」
「(これから、欧米人で使えそうなやつを引っ張ってくるから、よろしくね~)」
「えっ。そ、そうですか」
「(たーくん、動揺が声で漏れてるわよ)」
やばい! やっぱり慣れないことをすると失敗するなぁ。
「(し、失礼しました。……『引っ張ってくる』から役立てろってことですか)」
「はい。わたくし、これからパリを中心に手広く事業を進めてまいりたいと思っています。時休様のようなお国のために頑張っていらっしゃる方のお役に立てればと思いますので、今後ともぜびご懇意にお願い致します」
「(御名答。……まずは現地工作員かしらね)」
何やら不穏な台詞を残して、霧島梓さん(中身はテンちゃん)は去っていった。
テンちゃんに触発されたわけではないけど、オレもこっちの情勢を調べて、輸入のコネを作らなければと考えて、ドイツの駐在武官事務所に顔を出すことにする。ドイツの駐在武官事務所はフランスと違って規模も大きいし、いろいろな話を聞けると思う。流石に陸軍は敷居が高いので、まずは海軍の駐在武官事務所を尋ねる。
「はじめまして、在仏駐在武官の種子島と申します」
「ようこそ。私が在独駐在武官の小島だ」
小島中佐は六歳年上で『ドイツ小島』と言われるくらい親ドイツな人だが、同じ親ドイツの陸軍の大島駐在武官とは犬猿の仲らしい(大島武官は親ドイツというより親ナチスらしいが)
「小島中佐は、ドイツにとても詳しいとお聞きしまして、折り入ってお尋ねしたいことがあるのですが」
「おう、何でも聞いてくれ。と言っても最近のドイツはいろいろやりづらいことが多いから手を貸すには難しいこともあるかもしれんが……で、なんだ?」
オレは、帰国して新型エンジンを開発するために、精密加工の出来る機械をドイツから輸入したいこと、できればそれに使う材料である希少金属の輸入も仲介できる会社なり人物なりを紹介してほしいことを伝えた。小島中佐は、
「まず希少金属だが、ドイツ自体がそういった原材料が不足している。他国に回すなど無理だろう。それが可能なのはイギリスとかアメリカだ。それに比べれば工作機械はまだ簡単な問題だ。ドイツでは精密加工機械を作っている会社は幾つもあるし、輸出に熱心なところもある。紹介してやろう」
と言ってくれた。
小島中佐は早速、幾つかの会社に連絡をしてアポイントを取ってくれると昼食後に車でそれらの会社に連れて行ってもらえることになった。昼食は近くのレストランに行くことになり、小島中佐と共に街中を歩いていった。
しばらく行くと、通りの向こうの方で騒ぎが起こっているようで、怒鳴り声や手に棒やら何やらを持っている人が何人も集まっていた。聞こえてくる声によると、口々に『ユダヤ人は出て行け!』とか『お前らは死んだほうがマシだ』とか汚い言葉を叫んでいる。
「しまった。ポグロムが起こっているな……すまんが道を変えよう。遠回りになるがしかたない」
小島中佐は、事故でも避けるような当たり前の口調でそう言うと道を変えて歩き続ける。
「あれは、暴動ですか? 大丈夫でしょうか」
オレの不安そうな問い掛けに、
「ドイツにいると時たま見かけるが、巻き込まれなければ何ということはない……暴徒が、といっても普段はまともな住人なのだが……こちらでは示し合わせて、ユダヤ人の家を襲うことが時々起こる。日本人に対するものではないので大丈夫だ」
オレは、しばらく声が出なかったが、地震などが起こるとアメリカなどでも商店が襲われることがあるのと同じかと理解した。普段から起こるところが恐ろしいが。
「(……よろしいか?)」
何と珍しいことに、シロちゃん(あの無口な青年風の白狐様)の声が頭に響いてきた。例によって頭の中の思考で会話をする。こうすれば他の人にはわからない。
「(どうしました?)」
「(これは、使命とは別なのだが……あの者たちを助けてもらうわけにはいかないだろうか?)」
「えっ、ユダヤ人を?」
「どうした種子島中佐? ポグロムを見るのは初めてだろうが、ちょっかいを出してはならないぞ……まあ、見て気分のいいものではないが、下手なことをすれば外交問題になってしまう」
しまった、また声に出してしまった。
「はい、気をつけます小島中佐殿」
外面上は、もう口出ししないと答えてからシロちゃんに理由を聞いてみる。
「(どうして、シロちゃんは彼らを救いたいのですか?)」
「(…………これは、遥か古の因縁なのです。我らが大神は今の地に辿り着くまで永く遠い旅をしてきたのですが……彼らは、我らと道を違えた、共に一つの国を成した同胞だったのです)」
こうして教えられた話は、とても長いもので小島中佐と同行しながら、シロちゃんの話を聞き続けるのはとても大変だった。会社の訪問が終わってホテルに帰ってから、話の内容を思い出し、整理しながら、どうすべきか考えた。
日本帝国の軍人としてはドイツとの関係悪化になりそうな行動はするべきではない。一方で他ならぬシロちゃんの願いなら叶えてやりたいのはやぶさかでないし、個人的にも困っている人はなんとかしてやれたらと思う……けれど、同じ日本人すら多くの人の行動を変えさせるのは難しいのに、他国の人々の行動をやめてもらうなんてどうしたらいいんだ? それこそ前に言われたみたいに命を供え物にして……いや、そこまでして首を突っ込まなければいけない問題じゃあないと思う……思うんだけど、やっぱり簡単に捨てておけるもんでもない。このまま行くと暴動程度じゃなく、民族虐殺に発展してしまうんだよな、この問題って……。




