第44話 交渉の後始末と戦時標準船と誘導魚雷
日本からの客が帰った後、ロスチャイルド家ではこんなやり取りが行われていた。
「お嬢様、あのようなお話は事前に、ご当主様に話を通しておかれないと……後始末に少々手間がかかります」
「わかっています……まったくあのキツネらめ。養父様に面会の手続きをお願いします……チェンバレンの叔父様にも話をしないといけないかしら?」
「さっそく」
翌日、無理を言って三代目ロスチャイルド男爵、ナサニエル・メイヤービクター・ロスチャイルドに時間を作ってもらい、ルーシーは昨日の話を説明した。
「すると、日本の皇族の婚約者のお嬢さんが『ドイツに首輪をつけるから、それまで手出しをしないでくれ』と?」
「はい。前回の仕事の手際を見ますと、それなりに使える者たちの様子なので、暫くやらせてみるのも良いかと考えます」
「ふむ。ドイツでのユダヤ人の扱いが決定的にならなかったのは良かったが……シェルバーンやハプスブルグに連なる方々が煩くなりそうだな。まあいいだろう、いずれ行かなければいかない道だ。もしヒトラーを抑えることができるなら、その分あっちへ力を回せるしな……これは存外、上手い解決手段になるかもしれない。引き続き対応を任せる」
「はい。仰るとおりに」
「議会は押さえておくように伝えておこう。チェンバレン殿には一言、お願いしておくといい。あの人のお気に入りだからな、キミは」
「はい。なるべく時間をおかず、お話しておきます。それでは他の方へは、どうぞよしなに」
「ああ、わかった」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、日本側では今後の対策について話し合いが行われていた。
「幾つかステップを踏めば、なんとかなると思うのよね……」
そう言ったのはテンちゃんだ。
「どんなステップを?」
オレは、ドイツの考えを変えさせる方法なんて思いつかなかったので、そう聞いた。
「えーと、まず外務大臣を親ソ、反英のリッベントロップから変えること。あとは、秘書のボルマンを別の人に変えて情報を上手くコントロールすれば判断も変わってくるんじゃないかと思うのよ。最後は保安警察長官のラインハルト・ハイドリヒね……これは存在自体が危険ね」
ハイドリヒ、ひどい言われようだな……リッベントロップはまあ分かるとして、ボルマンを変えるのが、そこまで意味があるのかな? オレがそんなふうに考えていると、ハクちゃんも
「これは、なかなか難問だな……」
とつぶやく。
逆に華子さんは顎に手を当てて、しばらく考えていたが
「順番からすると、まずリッベントロップですかね。外交で失敗したところを狙って上手く代わりの人を用意すれば出来ないことはないと思います……代わりは、そうですね」
と言って、シロちゃんをしばらく見る。
「いや、私はそんなことは出来ないぞ!」
シロちゃんが慌てて否定する。いきなりナチスの主要ポストに入れと言われても無理だというのはそのとおりだ。それにシロちゃんは外交官という感じではないな。
「じゃあ、天狐殿?」
そう言って、今度はテンちゃんを見つめる華子さん。
「私もガラじゃないわね……そうだ、前にやりたいって言ってた人がいるわ。あの人なら大丈夫じゃない?」
テンちゃんには誰か当てがあるようだ。しかしやりたいって言ってたって……そんな簡単にできる仕事じゃない気がするけど。
「そうですか。ではその人にやってもらう方向で……あとは日本のことも進めていかないと。せっかく資源が輸入できるようになるのですから、これに合わせていろいろやらなければいけないですし……」
華子さんは、ドイツのことはテンちゃんに任せて、自分は日本の対応をしたいみたいだ。
ということで、海外から資源を輸入するための輸送船を大量に作る。戦時標準船、いわゆる戦標船というやつだ。史実の戦標船は作業工程や構造、艤装を簡素化したため、耐久性、速度、信頼性が犠牲にされてずいぶんボロボロだったらしい。もっともアメリカでも似たような船を作り、そちらも沢山沈没していたそうだから、この手の船が粗製乱造だったのは日本だけではないようだ。しかしどうせ作るならもうちょっとまともな物にしたい……幸いまだ戦時にはなってないし。
前に、華子さんにアメリカの潜水艦に狙われても、逃げられるように速度を20ノット以上出せるようにして欲しいと言ったのだが、検討の結果、却下されてしまった。20ノットも出せるような動力機関は軍艦並みのものになってしまい、到底経済的に見合わないそうだ。仕方ない……でも簡単に沈まないように設計はちゃんとしてもらおう。船倉に仕切りを付けて防水区画をつくるのも、縦隔壁は止めて簡単に転覆しないようにするとか、機関を複数持つ場合は配置を分散して一箇所攻撃されても能力喪失が起こりにくくするとか……なんか輸送船というより軍艦にこそ必要な話になってしまうが、できるところは考慮してもらおう。
それにしても戦争状態になった時、どうやって潜水艦から守ったらいいんだろう。対潜能力のある艦艇か哨戒機が積める船を随伴させて、船団を組んで行き来するのかな……でも一隻じゃなくてウルフパックみたいに集団で攻撃されたら一、二隻の護衛艦艇がついていても防ぎきれない気がする。
例によって第二次世界大戦時代の対潜水艦戦闘の資料を見てみたら、対潜哨戒機による広範囲の哨戒、レーダーによる浮上時の潜水艦の探知、対潜迫撃砲や対潜魚雷による攻撃そして潜水艦同士の無線連絡の傍受といった対策をとっていたようだ。対潜哨戒機とレーダーは別途研究を進めるとして、一番直接的なのは対潜迫撃砲や対潜魚雷だな。パッシブホーミングなら追尾式機銃で使った音響追尾装置を改良すれば作れるんじゃないだろうか? 噴進弾では音響式はあまり良い方法ではないと思ったけど、他の使い方がいろいろ出来て、実は応用範囲の広い有能な方法だったんだなと改めて思う。
いろいろ調べていくと、既にこの時代フランスで水晶の圧電効果によるアクティブソナーが作られ1500m先の潜水艇の検知が出来ていたらしい、意外なところでフランスの先進技術が残っていたんだなと感心しつつ、駐在時代のツテで探す。
でも、この分野も先に進んでいくとソナーをアレイ化して情報処理することにより高感度化したり、敵艦のスクリュー音のパターンを記録、比較したりと、データ処理能力が大きく求められるようになっていく。いくらコンピューターを作れたといっても、このレベルには全然達していない……技術の進歩は本当にきりがない。
とにかく、対潜魚雷の話を噴進弾研究グループに話したところ、水中を追尾するのも推進方法は違えど、かなり類似している部分が多く、水中のほうが現在の技術で十分対応ができるので実用性が高そうなことがわかった……近接信管の技術も応用できそうだしね。まずはこっちで誘導弾の基本的な技術を高めていくのがいいように思えたので早速、誘導魚雷研究グループも作り、研究成果を共有しながら進めていくことにした。




