第4話 公式調査と非公式訪問
そろそろ本来の仕事もしないとなあ。
「スイスのブラウン・ボベリー社に出張に行ってくる。期間は一週間ほどだ」
オレは補佐官にそう告げると、荷物をまとめ列車に乗った。
実は種子島氏は、駐在武官になる前もブラウン・ボベリー社に来たことがあるようで相手はオレのことをよく知っていた。
「ミスター種子島は、タービンエンジンにご執心ですね」
そんな事を言ってくるのは、この会社の技術担当重役のミハイル氏だ。この人は自分でタービンエンジンを開発して来たので、その話を熱心に聞いて来るオレにも好意を持っている。
「はい、ミスターミハイル。私はこのエンジンの将来性を高く評価しています。できればもっと小型で高性能化して飛行機に使えるようにしたいのですが、御社ではそういった開発はしないのですか?」
「Oh、イギリスのホイットル氏の研究ですね。我社では発電用と鉄道用が主流なのです。でも航空機の需要が増えればそちらも開発するでしょう。その時はぜひ日本にも輸出したいものです」
「そうですね。ところでミハイルさんはドイツのタービンエンジンの研究はご存知ですか?」
「ドイツ? 彼らもタービンエンジンを開発しているのですか? 彼らはディーゼルエンジンに取り組んでいると思っていました」
「ええ、主流はデーゼルとか液冷レシプロエンジンですが、飛行機用のタービンエンジンを研究している人もいます」
「ミスター種子島は情報網が広いですね。何か面白い情報があったら教えて下さい」
「はい。その時は」
そんなやり取りをしながら、この日の調査を終了した。
◇ ◇ ◇
スイスのガスタービンエンジンは径が大きく燃焼温度もジェットエンジンほど高くはない。しかしレシプロエンジンより効率がよく、連続して動かすのには良いエンジンだ。オレはメモを整理しながら考えた。
「でもなぁ飛行機用には大きすぎるし回転が遅すぎるんだよなぁ」
スイスでの調査を終えるとオレはフランスに戻る、西行きの列車ではなく、北。つまりドイツ行きの列車に乗った。そろそろイギリスのホイットルを出し抜いて世界最初のジェット戦闘機を飛ばした、ハンス・オハインがジェットエンジンの開発を始めた頃のはずだからだ。
「えーと、住所からすると、この辺のはずなんだけどな……」
ハインケルの大きな工場の一角で開発しているんだと思って工場を探しているんだが辺りは普通の街中で、そんな大きい会社はない。
「この辺でタービンエンジンを作っている人なんか知らないかな?」
腹が減ったので街中の軽食屋で、ソーセージとパンのセットらしきものを買ったついでに店員のおばさんに聞いてみたら
「タービンエンジン?? なんだかわかんないけど車のエンジンならその先の工場で修理している人がいるわよ」
とあまり役に立ちそうにない情報をくれた。
散々探したがそれらしいものが見つからないので、もう諦めて帰ろうと決めたところで偶然、さっき言われた工場の前を通りかかった。工場って言うより自動車修理屋さんだけどね。
「だから、こんな材料じゃお前の言うような圧縮ファンなんて作れないって!」
「いや、頼むよ。もうお金がないんだよ、お前の腕ならなんとか出来るって」
大声で話しているから、外の通りからでも会話の内容が聞こえる……そしてオレは『圧縮ファン』の一言を聞き逃さなかった。
「グーテンターク ジェントルマン。少しお伺いしたいことがあるのですが?」
勝手に中に入って、口論しているふたりに声をかける。
「誰? お客さんなら、そっちが社長のマックスだから」
そう答えたのはいかにもドイツ人らしい、鼻が高くスラリとした青年の方だった。
一方、社長と紹介された方は体格ががっしりした工場が似合う感じの男だった。
「おう、オレがこの自動車修理工場の社長のマックス・ハーンだ。修理の依頼かい?」
まいどあり、と俺がやってやるぜが混ざったような自信満々の表情で答えてくれた。
でも、オレの話したいのはそっちじゃない
「いえ、クルマの修理ではありません。先ほど話されていたのが聞こえてきたのですが、おふたりはもしかしてタービンエンジンを開発していらっしゃるんですか?」
「タービンエンジン? なんだこいつの客かい、ずいぶん物好きなんだな。えーと……」
「トキヤスです。タネガシマ トキヤス、どうぞよろしく」
「トキヤス? 東洋の人ですか? あ、失礼。私はハンス。ハンス・オハイン。よろしく。ところでアナタは何処で私の事を知ったのですか?」
自信満々の社長は、がっかりしながら青年の方にバトンを渡すと、彼は怪訝そうにそう訊ねてきた。
……まずいなぁ、そう聞かれるとは思わなかった。まさかインターネットで、とは言えないし、まだジェット機の開発に成功する前のハンスは完全に無名の人間だ。
オレは焦った末、前の仕事で、困った時の必殺テクニックを思い出しながら答えた。
「さて、どこでしょうか? 貴方はどう思います?」
あとは自信ありげに微笑み返す……必殺、質問返し。アイデアが思いつかない時の逃げテクニックだ(笑)
「まあ、大学の研究室か、僕の論文を読んだかだろうね。それくらいしか思いつかない。どうだい?」
「御名答ですね、ハンスさん。さすがいいアイデアを思いつく人だ……もう開発は進んでいますか? もし可能なら見学させて欲しいのですが」
(あとは相手をおだてながら話題を逸らす、と)
会社で働いていた時、何度このやり方でピンチを逃れてきたことか。
「それがねえ……見せられる程の物はまだないっていうか」
「俺はこんなファンじゃあ、こいつの言うようなことは絶対ムリだって言ってるんだが、もう金がないの一点張りでなあ」
となりで話を聴いていた社長のマックス氏が我が意を得たりと話し始める。
「圧縮器は大事ですからねぇ。ホイットルさんもだいぶ苦労しているようですし……」
オレの話にリアクションが返ってこないので、不思議に思ってハンスの方を見てみると、彼はキョトンとした表情をしている。
「失礼ですがホイットル氏はご存知ないですか?」
「ええ、あまり人付き合いは得意じゃなくて……」
自信なさそうにハンスが答える。典型的エンジニアって感じだ。
「イギリスでタービンエンジンの研究をしている人です。なかなか優秀な方ですよ」
そう話すと、ハンスは表情を暗くして
「そんな優秀な人が頑張っているのに、僕はまだこんなところでつまずいている……アイデアを思いついた時はすごくいいと思ったんだけど、これじゃあ」
と落ち込みはじめた。いかん、オレの余計な一言でこの人がジェットエンジンの開発をやめてしまったりしたら、日本に帰ってからやらなきゃいけない負担が増えてしまう。オレは彼を元気づけるためハインケルの話をした。史実なら彼の大学の恩師がハインケルに紹介してくれて開発は一気に進むのだが、誰が紹介したっていいよね?
「大丈夫ですハンスさん、自信を持って。ハインケル社には行かれましたか? あそこにはあなたのアイデアを気に入ってくれる人がいるはずですから一度、話に行ってみるのをお勧めします。それでもダメなら私と一緒に日本で研究をしますか? 大歓迎しますよ」
と励ました。
「ありがたいけど僕はゲッチンゲンを離れたくない。ハインケル社には行ってみるよ。アドバイスを有難う、えーとミスター……」
「タネガシマです、種子島 時休。よろしく、ミスター オハイン」
なんとか元気を取り戻したようなので、オレはそこを後にした。それにしてもまだ形も出来ていなかったなぁ……本当にあと三年で完成するんだろうか? ひょっとしたらオレが世界初のジェット機を作ってしまうかも……この世界だと。




